3

 ヒソカとの再会は存外早いものだった。

「やあ

 あれから十日ほど経っていた。あれ以降来るわけがないと頭の中で思い込んでいたものだから、彼が店に現れた時、思わず拭いていたグラスを落としかけてしまった。
 今日も仕事終わりなのか、それとも新たな標的を探しているのか、いつもの奇抜な格好だった。いや、彼の普段着はこれなのかもしれない。人のファッションセンスに口を出す気はないけれど、目に付く格好だなあと見る度に思う。
 彼は前と同じウイスキーを頼んだ後、前と同じように客一人いない店内で、ただ静かに酒を飲み始めた。ラジオから控えめに流れるジャズミュージックと、時折私の作業で酒瓶やグラス同士がカチンと触れ合う音だけが響く。
 ヒソカは私に話しかけない。ただ一人トランプを慣れた手つきで弄びながら、ふと思い出したように携帯を見る。しかし、それもすぐにしまいこんでまたトランプに触れる。

「飽きないの?」
「何が?」
「そうやってトランプ弄ってるの」
「飽きないね

 彼からは話しかけないくせに、私が話しかけるのを待っている。そんな気がして、私は作業を止めた。どうせ今日中にやらなくちゃいけないわけじゃないし。

「もう来ないと思ってた」
「キミが寄ってって言ったから

 前も同じような会話をしたな。私が誘ったから来たと。私が前にまた寄って、なんて言わなければ、来なかったのかな。いや、別に来られて困るわけじゃないんだけど。

「ボクが来るのは嫌かい?」
「まさか」

 来られるのは別にいい。意図が読めないから警戒してしまう。私を殺したがっている相手を前にして、警戒しない方がおかしい。
 彼がその意思を曲げることはきっとないだろう。一時的に意欲をなくしても、きっと捕らえた獲物は狩るまで追いかける。彼はきっと、そういう奴。

「キミは飲まないの?」
「一応仕事中だからね。飲まないことにしてるの」
「そう、律儀だね

 別に酒癖が悪いわけではない。酒に弱いわけでも。カクテルを作ることもないから、酔っても酔わなくても業務に支障はきたさない。けど、まあ念のため。
 危ない仕事をしている自覚はある。殺しという行為を実際にしていなくても、情報屋という存在は本質に深く関わっている。だから店に奇襲が来てもおかしくはない。マフィアの首領を殺すために情報を売ってくれ、なんていう依頼も少なからずあるから。
 その時、いかに店を破損させずに自分の命を守るかが大切になってくる。面倒なことに私は酔うと派手な殺しをするクセがある。場所を守るために大金を叩いて買ったのに、自分の手で無意識に壊してしまうのはあまりにも馬鹿らしい。

「今日はなんで来たの? 雨宿りじゃないみたいだけど」

 今日の空は晴天だった。雲一つなく、星が見えるほど。だから前回のようにたまたま来たわけではない。なにか用事があって来たんだろう。
 また戦って、なんて色気もロマンも感じられない口説き文句を言われたらどうしよう。本当に戦いたくないんだけど。

「用がなければ来ちゃいけないのかい?」
「別にそうじゃないけど」
「強いて言うなら気に入ったからかな 静かに飲めるし、キミもいるから

 その言葉に目を丸くすれば、彼は可笑しそうにクスクスと笑う。きっとその言葉に甘い意味はなくて、獲物の成長具合を見たいという意味が込められているんだろうけど。

「諦めるって選択肢はないの?」
「今はね

 飽きられたら終わり。タイムリミットの分からない時限爆弾のよう。変な男に見初められたと軽く絶望するが、この職を選んでやっている以上、ろくな死に方はしない。
 彼の手によってあっさり殺されてしまうのなら、それもまた一興。ろくな死に方をしないことには変わりないけど。

「一番大切なものを壊すのって、どんな気分なんだろうね……

 恍惚。彼の表情はまさしくそれだった。身体は小刻みにピクピクと震え、興奮を抑えるのに必死という様相だった。変な奴だとは前から思っていたけれど、これはちょっと予想以上。
 話題を変えないと、今ここで殺られるのはまだ勘弁したい。

「そういえば、この間置いてった金額多かったよ。一万ジェニーも飲んでないのに」
「チップだよ
「それにしても多すぎるよ。気を遣うから、今回からは普通に払って」

 私が提供しているのは何の変哲もない酒だ。瓶から直接グラスに注いだだけの酒。手間を加えるとしたら氷を入れたりグラスを冷やしたりするくらいで、他の酒と混ぜてカクテルを作ったりだとか面白いお喋りをするでもない。
 そんな上質なサービスをしていないのにも関わらず、多めのチップを受け取るには些か罪悪感が勝った。前はあれっきりと思ったから受け取ったけれど、通うつもりなら言っておきたかった。
それより、たった少しでも彼に借りを作るのは厄介だろうし。

「キミってつくづく真面目なんだね

 揶揄うように笑っているけれど、褒め言葉として受け取っておこう。
 彼はグラスの中の琥珀を全て飲み下すと、ポケットの中からまた一万ジェニーを取り出してコップの下に挟んだ。

「話聞いてた?」
「受け取っておきなよ ボクの気まぐれはいつまで続くか分からないから

 釣り銭を出す前にヒソカは扉に手をかけていた。またね、と左手をヒラヒラと振って、彼は外へと出て行ってしまった。
 気まぐれ、ね。気まぐれと自分で語るくせに、狙った獲物には執着深い。発言と行動が一致していない嘘つきなところも、なんとも彼らしい。払われた一万ジェニーをまたポケットに入れた。
 次ヒソカと会えるのはいつだろう。そんなことを考えながら。