あくび

 お昼下がり。典明の指先が私の髪を弄んでいる。たまに頬に手が当たって、私より高い体温が流れ込んでくる。揺れるカーテンの隙間から日光が差し込んで、私の眠気を誘っている。

 くあっ、と口を開けてあくびをする。数年前の私だったら大好きな彼の前でこんなあくびなんて出来なかっただろう。はしたない女と思われるのが怖かったから。だけど、もうそんなことを気にする間柄では無かった。むしろ彼ならこんな私でも「可愛い」と一言呟いて、愛おしそうに目を細めるだろうから。そう安易に想像できるくらい長い付き合いになる。
 左上から間抜けに息を吐く音が聞こえた。見上げればキュッと目を瞑りながら大きく口を開けている彼の顔。

「うつっちゃったね」

 自分から出た声は思いの外舌っ足らずだった。目尻に少し溜まった涙を人差し指で拭いながら「そうだね」なんて彼は相槌を打つ。彼の口角がふっ、と緩んでそれにつられて私も笑う。ふふふ、なんて幸福そのものの笑い声が二人で選んだ家具が並ぶ部屋の中で響く。
 彼の肩にもたれて目を瞑ると、また頭を撫でられる。あやす様に寝かしつけるように動く手のひら。大きくて温かくて安心する。
 目を閉じたまま探るように手を彼の膝に乗せれば、彼の手のひらが重ねられてゆっくりと指を絡みとられる。
 頭に柔らかい何かが押付けられたあと、重いものが頭の上に乗ってきた。きっと、彼も私にもたれているのだろう。

 まだ洗濯も終わっていないし夕ご飯の買い物もしていない。けれど、このまま二人で眠ってしまおうか。今はこの眠気に身を任せてしまいたい。後のことは起きてから考えよう。