クリスマスプレゼントを買いに行こう!

 おろしたてのブーツに足を入れて、私は玄関の扉を開ける。途端、隙間から流れ込んでくる冷たい風が、部屋の暖房で逆上せきった体温を奪い取ってしまった。先程決めた決意が揺らいでしまいそう。萎えてしまいそうになった気持ちを奮い立たせ、思いきって外に出る。やっぱり、とても寒い。でも、今日この用事を終わらせないと私のサプライズは成功しないのだ。
 新しいブーツの履き心地は上々。一気に冷えた両手をこれ以上冷やすまいと、ポケットに入れて足を進めた。
 師走に入れば、テレビのコマーシャルや洋服屋のショーウィンドウに「Merry Christmas」という宣伝文句が散らばり始める。例年はなんとなく家族でケーキを食べてその日を過ごしていたけれど、今年は違う。
今年のクリスマスは、恋人と過ごす特別なものになるんだから。



 電車に少し揺られて、やってきたのは一番大きいショッピングモール。私なんかを選んでくれた恋人に、クリスマスらしくプレゼントをあげようと、この寒空の下、私はやって来た。
 彼が何を喜ぶのかは未だに分からない。だから、色んな物を見定めながら買った方がきっと良いプレゼントが買えるはず。ショッピングモールは暖房が効いていて、温かい空気が私を包み込む。行儀悪くポケットに突っ込んでいた手のひらは、本来の温かさを取り戻していた。

 さて、何を買おう。あまり豪華なものを渡しても彼は恐縮してしまうだろうし、かと言って安すぎるのもダメだよね。とりあえず止まっていては決まるものも決まらない。昼下がりの少し混みあった店内を、私はゆっくりと歩き始めた。
 ショッピングモール内では有名なクリスマスソングが流れ、中央の吹き抜けには大きなクリスマスツリーが鎮座している。店内はどこを見ても星やリースのオーナメントが飾られ、赤や白色が目立った。
 エスカレーターを使い、メンズ服のショップが並ぶフロアへとやって来た。服じゃあなくて、マフラーのようなこれからの寒い時期に使えるものが良いかもしれない。目に止まったお店に足を踏み入れ、綺麗に畳まれているマフラーを眺める。真っ黒なものは、かっこいいけれど彼の雰囲気には重そうだ。明るい色の方がきっと似合うんだろけど、かといって何色が似合うのかも想像がつかない。
 私の恋人、花京院くんは緑色の長ランを纏っているため緑色のイメージが強い。だけど、緑色の制服に緑色のマフラーなんてアスパラガスみたいになってしまいそう。あの色に合わせるとしたら、明るい白色が無難だろうか。そう思い、白色のマフラーを手に取る。手触りも良くて値札を見ても価格は予算内。このマフラーを身に付けている花京院くんも、きっとかっこいいんだろうなあ。そう思いながら商品をレジに持っていこうとしたところでふと気付く。

 そういえば、花京院くんがマフラーをしているところを見たことが無いかもしれない。よくよく思い出してみれば、真っ白なストールを身に付けている時もあった。普段使わないもので、同じ用途の物を持っているなら、プレゼントしても喜んではくれないかも。花京院くんにあげるものだもん。絶対に彼には喜んでもらいたい。店員さんに声をかけられる前に、私は違うショップへと足を向けた。
 マフラーがダメなら、本はどうだろう。花京院くんは勤勉な人だ。定期考査の順位はいつも一桁だし、一人でいる時はいつも本を読んでいる。一度招かれた彼の部屋に本棚が置かれていて、隙間なく本が並べられていたのを覚えている。本ならきっと、喜んでくれるかもしれない。

 フロアを移動して広い本屋さんに入る。これだけ広いなら種類も豊富だろう。入口に入ってすぐの新刊コーナーに目を向ける。○○賞受賞!、ラスト10ページで衝撃の結末!、なんてアピールするPOP達を横目に本の表紙を眺める。
こう見ると、どれも面白そうに見えてくるから困ってしまう。そもそも私は読書家ではない。たまに、花京院くんが本を読んでいる時に「それどんなお話?」と彼からあらすじを聞くくらい。本を読むことが嫌いじゃあないけれど、進んで読むことはしない。
 そもそも、花京院くんってどんなジャンルが好きなんだろう。SF?ミステリー?意外とホラーが好きだったり?花京院くんの手の中に収まる文庫本の、彼の部屋に敷き詰められていた本の背表紙を思い出そうとしてみるけれど無理だった。どれも難しそうな本だったなんて抽象的で曖昧なイメージしか思い浮かばない。

 うーん、これだとマフラーの方がまだ良かったかもしれない。それに、クリスマスプレゼントに本ってあんまりセンス無いかも。
気持ちばかりが先走ってしまって、肝心なことを忘れているような気がする。それが何か分からないけれど、兎にも角にも本は違うと思う。

 じゃあ、何がいいかな。疑問符を浮かべながら宛もなくショッピングモール内をウロウロと歩き回る。これがいいかもしれない、でも花京院くんは喜んでくれないかもしれない。付き合ってからそこそこの日数を二人で迎えているはずなのに、彼の欲しいものも好きなものも思い当たらないなんて。恋人として失格かもしれない。
 花京院くんは大人っぽくて、それでいてとても優しい人。身長も精神年齢も、私がいくら背伸びしたってジャンプしてみたってきっと届かない。そのくらい、私にはもったいない人。だから、何をプレゼントするのがベストなのかが分からない。何を渡しても喜ぶ顔が上手くイメージ出来ない。
 色んなお店に立ち寄って、彼のことを思い浮かべがら品物を手に取ってみるが、どれもこれも良いとは思えない。好きな人へのプレゼントってこんなにも決めるのが難しいんだ。友達へのプレゼントなら、いつもはこんなに悩まないのに。もういっそのこと、なにも渡さない方がいいんじゃあないかとまで思ってきた。新しいブーツは長時間履くのには向いていなかったようで、ズキズキと足が痛んでくる。その痛みが、落ちてしまった気持ちをさらに加速させているようだった。
 どこかカフェで足を休めようかと移動していると、ふと一つのコーナーが目に入る。文具店の入り口に飾られている十二色のペン。ペンなら普段使いしやすいし、最適かもしれない。このお店を見たらカフェに行こう。そう心に決めて、綺麗に並んでいるペンに目を通す。ちょっと良いお洒落なペン。綺麗に発色したボディは高級感があり、彼が持っているところは容易に想像がつく。それに、値段もそんなに高くない。安すぎず高すぎず、実用的。無難だけれど、これが良いのかもしれない。
 ふと右側に目を向けると、彼の制服と同じ色のペンが置かれていた。手に取ってみようと手を伸ばした時、いつの間にか立っていた隣の人の手とぶつかってしまう。

「あ、すみません」

 反射的に謝り、顔を上げる。そこには見慣れた特徴的な前髪に、藤色の瞳を大きく見開いた大好きな恋人の姿があった。いつもの制服とは違う色のコートを身にまとった彼は、数秒遅れて口を開く。

「奇遇ですね。君も買い物?」

 メーデー、メーデー。頭の中で警音が鳴り響く。だって今日お化粧していないし、服だって適当に組み合わせたもの。花京院くんに会うなんて想定していない格好でとても恥ずかしい。変じゃないと思うけど、彼の目にはどう映っているんだろう。そう思いながら彼の言葉に返すようにコクコクと頷いた。

「そっか。僕はまだなにも買えていないんだけど、君は良いものを見つけたようだね」

 私が見ていた緑色のペンを彼は手に取る。角度を少し変えたりして色味を見ているだけなのに、その姿は非常に様になっている。手元の鮮やかな緑色はとてもしっくりきていて、これがプレゼントに最適なんじゃあないかと感じてきた。
 突然花京院くんに遭遇したのは驚いちゃったけど、イメージが明確になったことはありがたい。あとは花京院くんに気付かれないよう購入して、クリスマスのデートで渡すだけ…!

「これ、君の好みの色かい?僕も緑が好きなんだ」
「いや、それは花京院くんの色だと思ったか、ら……」

 メーデー。また頭の中に警音が鳴り響く。花京院くんの姿に気が緩んで思わず口を滑らせてしまった。せっかくサプライズにしようと思っていたのに。目の前の花京院くんはまた驚いた表情を一瞬浮かべたけれど、すぐに意地悪い笑みを浮かべる。

「へえ、僕の色?僕のことを考えながら選んでくれていたということは、もしかしてプレゼントですか?」
「なっ!」

 思わず大きな声を出してしまった。こんなの、図星だと彼に伝えているようなもの。ニコニコと人当たりの良い笑みを浮かべ、彼は私に答えを促している。右手に持たれたままのペンは、先程よりも輝きが増しているように見えた。

「そ、そうだよ。花京院くんに今度プレゼントしようと思ってたの」

 もうこうなったら自棄だ。花京院くんは鈍感じゃない、むしろ聡明な人なことはこの数ヶ月で理解している。きっとどんな言い訳を述べたって、彼には全てお見通しだろうし。だけど、その察しの良さを今は恨みたい。

「ふふっ、嬉しいなあ。僕も君に渡そうと思っていたから」

 えっ。と声を洩らすと彼は照れくさそうに言葉を続ける。

「僕も君にプレゼントを買いに来たんです。まさか君に会うなんて、思いもしなかったけれど」

 丁寧にカールされた前髪を指先でいじりながら、彼は少しはにかんだ。花京院くんと、考えていることが同じだったなんて。偶然なんだろうけれど、とても嬉しい。胸の奥がポカポカと温まってきて、足の痛みだって吹き飛んでしまった。

「同じこと、考えてたんだ」
「みたいですね」

 お互いクスクスと笑い合う。きっと初めてのクリスマスデートにプレゼントを用意するなんて、容易に思いついてしまう思考なんだろう。けれど花京院くんと同じ日に同じ行動をしていることが、なんだか奇跡と思えてしまって仕方がない。

「そうだ。君さえ良ければ、お揃いにしないか?」

 右手に握られていたペンを私に差し出して提案してくれる。そういえば、付き合ってからお揃いで何かを買うなんてしたことがなかった。悩むことなんて一切なくて、私はすぐに首を縦に振り差し出されたペンを受け取る。

「良かった。君の好きな色は……これで合ってるよね」

 手に取られた色は正解を示していた。どこか不安げに聞いてくる彼を安心させるように、また首を縦に振れば彼はホッとした表情を浮かべる。

「覚えててくれて嬉しい」

 素直に伝えれば、彼の笑みはさらに深まった。このままレジに向かって、お互いラッピングしてもらおうか、なんて考えていると彼はまた口を開いた。

「この色、僕が欲しいな」

手元のペンをじっと見つめ、そう呟く。この色、ってことは私の好きな色のものが欲しいということだろうか。

「どうして?」
「この色を見れば、自然と君のことを思い出せるから」

 溶けてしまいそうなほど甘いセリフに体温が上がるのを感じる。なんで花京院くんは、こんなに恥ずかしいことを平気で告げてくれるんだろう。私なんて、彼に「好き」という二文字を言うことにだって凄く時間がかかってしまうのに。

「私も、花京院くんの色が欲しいな」

 お返しと言わんばかりに思いきって告げれば、花京院くんは満足気に「もちろん」と手元のペンを交換してくれた。



 赤色の背景に、クリスマスツリーやサンタクロースが白抜きされた包装袋に緑色のリボン。丁寧にラッピングされたプレゼントは紙袋の中で静かに眠っている。

「デートの時に交換する?」
「そうしましょう」

 お店から少し離れたところ。休憩用の椅子が置かれている近く辺り。プレゼントを買い終えた私は、この後どうしようと頭を悩ませていた。
 デートの時に渡すクリスマスプレゼントを買うというミッションは果たした。本当はこのまま帰る予定だったけれど、隣には大好きな恋人がいる。もう少しだけ、一緒にいたい。だけど、もしかしたら花京院くんにこのあと用事があるかもしれない。断られてしまうのが怖くてなかなか言い出せなかった。そんな沈黙を破ったのは、もちろん彼の方から。

「君のことはよく知っているつもりでいたんだが、まだまだ知らないことが多いかもしれない」

 私を見下ろす視線はどこか申し訳なさそう。彼の言葉の真意が分からない私は首を傾げることしか出来ない。

「今日君に出会えなければ、きっとなにも買えずにいたと思う」
「花京院くん……」

 彼も私と同じ気持ちだったことが嬉しくて、思わず私は頬を緩ませた。今度は、彼が不思議そうな表情で私を見る。

「私も同じだったよ。花京院くんに何を贈れば一番良いのか分からなかったの。花京院くんのこと勉強不足だったみたい」
「僕は、君から貰えるものは何だって喜ぶ自信があるよ」
「そんなこと、私だって同じだよ」

 二人で目を合わせて、笑い合う。花京院くんは、私より大人で、いくら背伸びをしても届かない人だと思っていたけれど、本当はそうじゃあないのかもしれない。私と同じように悩んだり、私が彼に向けている気持ちと同じくらい私のことを想ってくれているみたい。

「これから予定はあるかい?君のことを、改めて知りたい」
「もちろん。私も花京院くんのこともっと知りたい」

 自然と握られた手に導かれながら、私たちは歩き出す。きっとこれから話すことは、小学生の自己紹介なんかに簡単に用いられるような小さな質問だろう。それでも構わない。どんな小さいことでも私は彼のことが知りたいし、きっと彼も同じ気持ちでいてくれているだろうから。