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「タロット?」
「当たるも八卦当たらぬも八卦という奴だ。時間つぶしにどうだ?」

 インド・カルカッタへの道のりを行く船内。窓を見ても青い空と海しか広がっておらず、仲間達は各々自由に過ごしている。読書をする花京院、寝ているポルナレフ、今後の旅路を共に考えているジョースターさんと承太郎。そんな仲間達と違ってやる事が無い私。暇だ暇だと宣う私に声をかけてくれたのはアブドゥルだった。

 「……お金とる?」
「取るわけないだろう」

 ため息をつきながら私の向かいの椅子に座る。机の上にタロットを取り出してシャッフルする様子を見ながら、やはり手馴れてるなあと思った。彼の占い師としての実力は知らないし、私も占い全般を信じているわけでは無い。けれどなんとなく彼の占いは当たりそうな予感がする。

「さて、何を占う?」

 ああそうか。具体的な内容を決めなきゃいけないんだった。彼の手元を見ながら怠けていた思考を働かせて咄嗟に出た疑問を彼に問う。

「私がこの旅で生き残れるかどうか……?」

 彼の表情を見ると一瞬驚いたような表情をしたが、すぐに微笑をこぼす。

「そうか。君はちゃんとこの旅に命をかける覚悟があるんだな。安心した」

 バラバラにシャッフルしたタロットカードを器用に纏めて一束にし、机の中心に置いた。分厚く、使い込まれたタロットに彼とカードの歴史を感じる。

「この束を三つに分けて、もう一度一つの山に重ね直してくれ。順番は問わない」
「私がきるの?」
「ああ。占いの内容を念じながらな」

 言われた通りに山から三つに分け、また一つに重ね直す。彼は山の上から一枚ずつカードを取り、合計三枚のカードをテーブルの上に丁寧に並べた。タロットカードの意味はどんなものがあるんだろう。占いに興味が無いのでそれぞれどんな意味があるのか分からない。私のスタンドも別にタロットの暗示は関係していないし……。先に聞いておけばよかったかな。

「君から見て左から過去、現在、未来を表すカードだ。一枚ずつ見ていこう」

 一番左のカードを彼が捲る。現れたのは愚者だった。愚者か。名前からしてあまりいいイメージは無いにつきる。
「愚者の正位置か。これといった目的が無いまま時を過ごすが、結果的には楽しい時間を過ごしている。まあ、良くも悪くもない。普遍的と言っていいだろう」
「つまらない人生を送ってきたってわけね」

 私は苦笑を浮かべる。しかし彼は相変わらず微笑んだまま言葉を続けた。以前の彼もこうして働いていたのだろうか。過去の彼の生き方が見えた気がして少し嬉しい。

「そんなことはない。普通の日常が一番幸せだと私は思っているし、かけがえの無いものだとも感じている。だから君が過ごしてきた日々は、実に何よりも幸せな日々と言える」

そういうもんなのかなあ……。と思いながら私は愚者のカードを見つめる。平和が一番。ならこれから続く道のりを考えると平和では無いのは確かだ。争いだってもちろんある。相反する日常を示すカードは確かに「過去」を現している。

「次にいこうか」

彼は真ん中のカードを捲る。現在を示すカードは……。なにこれ。見たことない。

「なにこれ」
「ワンドの6だな。タロットカードには大アルカナと小アルカナがあってな、スタンドに付けられる名前は大アルカナのみになる。見たことが無いのも無理はない」

 へぇー、と相槌を打ちながらそのカードを眺める。凱旋のように戦士が馬に乗り、周りにいる人間も杖を掲げている。

「ワンドというのは火を司るカードでもある。燃え上がる情熱、強い感情。その中でもワンドの6は安定した勝利を意味する。頼もしいな」

 そう彼は微笑むけれど、この暗示の勝利っていったいどういう意味を持つんだろう。敵スタンドに勝つことだろうか。それともこの旅を無事に生き抜く事だろうか。それとも、DIOを倒すのは私という事なのか。
 それに、火を司るカードならアブドゥルが私を守ってくれるなんて考え方も出来る。勝つのは彼なんじゃあないだろうか。過ごした短期間でも、守護的だし仲間思いで、この中で一番優しいイメージがある彼にそんな淡い期待をしてしまう。

「どうした?」
「いや、別に。それより次のカードが気になるな。未来の暗示でしょ?はやく捲ってよ」
「ああ、そうだな」

 彼はゆっくりと最後のカードを捲る。ドキドキとなぜか緊張しながらそのカードの現す絵を見る。
それは塔のカードだった。彼らから聞いた、クワガタのスタンド使いの話を思い出す。確か暗示は……。

「旅の、中止?……リタイアってこと?」

 思わぬ結果に声が震える。アブドゥルは眉間に皺を寄せてカードを見つめていた。どうせなら死ぬか生きるかの暗示が欲しかった。リタイアってなんだ。死ぬのか、それとも再起不能なのかはっきりして欲しかった。

「まあ、所詮は占い。君の行動によって未来は幾千にも変わるさ。」

 私を慰めるようにフォローを入れたあと、彼はカードを片付け始めた。そうか、確かに。彼の占いは当たると思ったけれど占いは占いだ。当たるかもしれないし、当たらないかもしれない。最初に彼から当たるも八卦当たらぬも八卦と言われたのを思い出した。あまり気に病む必要は無いかもしれない。

「まあ、再起不能なら私は安心だが」
「……私は終わりを見届けたいし、中途半端で終わりたくはないなあ」

 そうか、と彼は呟いて手元のカードを見ていた。彼の持っているカードには何が暗示されているんだろう。開け放たれた窓から、優しい潮風が流れ込む。最初は違和感のあったこの潮の匂いにも慣れてしまった。

「死んでしまうよりはいいだろう。君が最後、この旅の終焉を見ることは無くても君が生きているのならそれで私は構わない」

 持っていたカードを山札に戻して彼は呟く。私もそう思う。アブドゥルにも、他の皆にも言えること。誰一人この旅の終わりを迎える時には欠けてほしくはない。せめて欠けるのは私だけでいい。まあこんな事、彼は自分を大事にしろと怒るだろうから言わないけれど。少し落ち込んだ気分を直そうと、私は彼に一つ提案をした。

「スタンドっていうのは全てタロットの……そう、大アルカナ!の暗示を受けているんだよね?」

 突然声色を変えた私に少し不思議そうな表情で「そうだが」と答えるアブドゥル。

「じゃあ、タロットで私の運命の相手も分かるんじゃない?」

 意地悪く答えると彼は呆れたような顔をしてため息をついた。「なんだよ」とこちらも口を尖らせる。

「あのな、スタンド使いは敵側の方が数が多いんだぞ?それに対して運命の相手だの……」
「お遊びだよお遊び!当たるも当たらないも分かんないでしょ!」

 ムキになって反論すると、また彼はため息をついた。変なところで真面目なんだから……。それに、私だってまだ若いんだ。スタンド使いであれ、恋や愛や運命の相手に興味はある。
 ほらほらと山札を差し出すように彼に手招きすると、しぶしぶ彼がタロットカードを差し出す。無造作にカードを一枚引き抜いた。

「あ……」

 思わず声を出してしまった。そんなことあるのだろうか。タロットの確率は二十二枚分の一なのに。

「なんだったんだ」

 覗いてこようとする彼に見えないようにタロットカードを自分の胸に押し付ける。いや、彼に見せられるわけなんて無かった。しかし彼は見せろと言わんばかり私に顔を近付ける。

「いや、これはプライバシーっていうか……」

 私がごねても彼はなかなか引き下がろうとしない。なんでそんなに知りたがっているんだろう。上昇していく体温を感じながらカードを握る指に力が入らないようにする。彼が私の手首を掴む。

「見せるんだ」

 こんな強引な彼は知らない。見られてしまう。暴かれてしまう。羞恥と少しの怯えから目を瞑った時だった。

「二人とも、ジョースターさんが飯にしようって……」
「ご、ご飯!食べる!食べたい!」

 ポルナレフが私達を呼びに来てくれたらしい。眠そうな目を擦って私達を見下ろしていた。突然の登場に怯んだアブドゥルの手を振り払い、私は部屋を出る時にポルナレフにタロットカードを押し付けた。

「おい!話はまだ……」
「あ?魔術師のカード?なんで俺に?」

 とぼけたポルナレフの声と、少し焦りの混じったアブドゥルの声を背にして私は食堂へと駆ける。
 私が引いたのは魔術師のカード。
 炎。燃え上がる情熱。彼の先程の視線を思い出して、再度顔に熱が集まるのを感じた。現状の暗示ってそういうこと?

 だけど運命の相手が彼だとしたなら……少し、当たって欲しいかもしれない……。