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 そんなある日、放課後私は近所のゲームショップの一角を見つめていた。

「六千円、やっぱりそのくらいするよね……」

 『NEW!!』と赤い文字でデカデカと貼られたポップのコーナーには新入荷されたゲームソフトが並ぶ。昨日発売されたお目当てのゲームソフトには、一女子高校生のお小遣いでは到底払えない金額が値札に記載されていた。
 先月買ったあのゲームを我慢していれば……。いや、でもあのゲームは遊んでて楽しかったし普通に名作だった。後悔するのは失礼だ。でも、このゲームだって遊びたい気持ちは本物。
 大きくため息をついて、財布の中にある三枚の青い紙幣を見つめる。これじゃあさすがに、足りないか。しょうがない。我慢して来月に買おう。そうしよう。込み上げてくる悲しさを無理やり抑えてショップを出ようとした時だった。

「あれ、君は……」

 背後から声をかけられて、振り返るとそこには花京院くんがいた。優等生の花京院くんでもゲームショップなんか来るんだ、なんて思っていると彼は私の隣まで歩いて来る。

「何を見ていたんですか?」
「あぁ、この新しいゲームソフト。買おうと思ったんだけど値段が高くて」

 苦笑を浮かべながらゲームソフトを見せると、彼はそれをじっと見つめ何食わぬ顔でこう告げた。

「僕、持ってますよ」
「え!」

 思わず大きな声を出してしまった。近くの棚を見ていた男性が驚いたのか一瞬こちらを振り返り、すぐに棚へと視線を戻した。なんてことない口調で彼は告げたけれど、私にとっては羨ましいことこの上ない。

「良かったら一緒にします?丁度、協力プレイのマップを埋めたかったんです」
「いいの!?」

 大声の再放送。今度は慣れたのか近くの男性は振り向かなかった。花京院くんは口元に手を当て、クスクスと笑っている。ハッとして咳払いをし、改めて彼の家に遊びに行っていいのか確認すると彼は快く了承してくれた。

「時間が大丈夫なら、今から来ます?」
「行く。行かせていただきます」

 時計はまだ午後四時を示している。門限の七時までは三時間もある。それまでにゲームに軽く触れることは可能だろう。

「じゃあ、行きましょうか」

 そう彼の後ろを着いて行くと、案外近いところに彼の家はあった。それに、私の家からも近い。こんなご近所さんだったなんて知らなかった。
 二階建ての一軒家への中へと通されると、丁寧にスリッパまで勧めてくれた。彼らのご両親に会釈して、短い階段を上がり突き当たりの部屋に案内される。
 勉強机と緑の布団が敷かれたベッド。左側にテレビが置かれていて、そこには見慣れたゲーム機が繋げられていた。本棚には学校の教科書や参考書、それと同じ、いやそれ以上の量のゲームソフトが並べられていた。

「花京院くんもゲームなんてするんだね」
「僕だって男子高校生ですから。ご多分に漏れず嗜んでいますよ」

 私の持っているゲームソフトはもちろん、買い逃してしまったものや、まだ買えていないゲームソフトまで並んでいる。どうやら花京院くん、相当なゲーマーらしい。

「ほら、始めますよ」

 差し出されたコントローラーを受け取り、花京院くんの隣へと座る。初めて見る『NEW GAME』の画面。初めて聞くBGM。そして、私にとって初めての協力プレイ。そのどれもが新鮮で胸踊るものだった。
 ゲームを始めて早三十分。ここで一つ分かったことがある。

「花京院くん、ゲーム上手すぎじゃない?」
「そうかな」

 ゲームに対しては、私もそれなりの腕前があると思っていたけれど、花京院くんは遥か上を行っていた。
 今のところ、私が操作ミスをしてしまっていて彼の足を引っ張っている状態だ。彼だったいつも一人でプレイしているから、もしかしたら苛立たせてしまっているかもしれない。

「ごめんね。まだ操作に慣れなくて……」
「構いませんよ。あ、そこ防御しないとダメージが、」

 彼が指摘すると同時に、ダメージを受けたことを知らせるSEが耳に届く。私の操作しているキャラは倒れてしまい、花京院くん一人で戦わざるおえなくなってしまう。この三十分のうち、何度このシーンになったことだろうか。
 しかし花京院くんは嫌な顔一つせず淡々と敵を倒して私に復活魔法をかけてくれる。嫌な顔はしないのだけれど、逆に笑いもしないから花京院くんの感情が読めなくて少し怖い。

「花京院くん、楽しい?」

 次のステージへと行く前。レベル上げの周回。ただただ淡々とした作業に移った時、私は恐る恐る声をかける。

「楽しいですよ」

 こちらを見下ろして、優しく微笑んで彼はそう告げた。その言葉に胸をなでおろし、私も画面に向き直る。レベル上げの作業はひどく単純な作業でいつもなら飽きてしまうのだけれど、今日は全く飽きなかった。初めて遊ぶゲームだからというのもあるだろうけど、もしかしたら花京院くんが隣にいてくれてるかもしれない。
 しばらくレベルを上げ、またボスへと向かっていると足元に置いていた目覚まし時計が鳴り響いた。ゲーム中は時間を忘れてしまうから、と帰る時間に合わせて設定したものだ。

「良いところなのに」

 目覚まし時計を止め、ため息をついた。あと一人ボスを倒せば、このステージはクリアだった。でも門限を遅れてしまえば怒られるのは私だ。それは避けたい。
 最初に比べると上がったレベルを見つめ、ここまで頑張ったのにともう一度ため息をつく。

「また来てください。明日でも僕は構いませんよ」

 ゲームデータをセーブしながら花京院くんは呟く。その言葉に思わず驚くと、花京院くんは不思議そうな顔をした。

「どうかしました?」
「いや、私花京院くんに比べて上手くないから、もう遊んでくれないと思ってて」
「気にすることないですよ。それに、本当に楽しかったですから」

 花京院くんは私の荷物を持って部屋のドアを開ける。どうやら外まで見送ってくれるらしい。彼の厚意に甘えて私は玄関へと歩く。靴を履いて、花京院くんからカバンを受け取って、玄関の扉を開けた。

「じゃあ、また明日」
「うん。また明日」

 花京院くんから告げてくれた言葉が嬉しくて、確かめるように同じ言葉を口にする。扉の隙間から見える彼の姿を見逃すのも惜しくて、扉が締まりきるまで私は家への帰路へと足を踏み出せなかった。