魔法少女☆メルティローズ


 シルバープリンス


 カメラに向かって軽く手を挙げ、笑顔を見せる男がいる。深紅のヒーロースーツに身を包んだ、金髪の男。恵まれた体格に、爽やかなスポーツマン風の整った顔立ち。見目に違わぬ、拳を使った正々堂々とした戦い方。カメラ映えなど考えずとも魂が彼をヒーローたらしめる。

『アーサーさん、今日も素晴らしい活躍でした!』
『ファンの皆様へ、一言お願いします!』

 強盗に遭った銀行をバックに、メディアが詰めかけている。マイクを向けられると困ったように眉を下げて手を振って見せ、目元を隠すサンバイザーをまるで帽子の鍔のように摘まんで引いた。その照れくさそうな表情さえもメディアは過剰に持ち上げ、ファンは諸手を挙げて歓喜する。

『大きな怪我人が出なくて、本当に良かった。皆、いつも温かい応援ありがとう。皆の声援が僕の力になっているよ』

 何のヒネりもないコメントに、通行人から拍手と歓声が送られる。
 中継を終えると、ヒーローランキング番組のスタジオへとカメラが戻された。既にランキングは一位まで発表し終えており、上からアーサー、カイン、ヘラクレスと続いている。

「……ふん」

 リモコンを向けてテレビを消し、ドカリとソファに座る。背を預けて足を組み、額に手を当てて深く息を吐くと、男は人知れず歯噛みをして髪をくしゃりと握り締めた。
 高層マンションの一室。広々としたリビングには、高級ソファとホームシアターさながらの薄型テレビが、部屋の主であるかのように堂々と置かれている。大人でも悠々と横になれるほど大きなソファは、テレビに向き合う形でコの字形に配置されていて、その正面に男は座っていた。
 甘い顔立ちに長い手足、すらりと伸びた背と、色気のある低い声。圧倒的な美貌に恵まれたこの男は、それでも先ほどまでテレビに映っていたヒーローランキングに強い苛立ちを覚えていた。

「どうして……俺じゃないんだ……」

 この男の名前がなかったわけではない。彼の名は、二位の欄に銀の箔押し文字で刻まれていた。
 無数にいるヒーローの中で二位というランクは、誰にでも取れるものではないのだが。それでも彼にとって、この地位は不満以外のなにものでもなかった。
 ヒーローランキングは、最終的に年度末発表のものが最終結果となる。現段階のランキングは、あくまで参考程度でしかない。毎月のランキングもあるが、それは単にその月の給料に反映される数値でしかなく、アイドル兼モデルとして多額の給料を既に得ている男にとって、ランキングでの額は興味の範囲外にあった。
 目的は、金ではない。ほしいのは地位と名声。トップであることに意味がある。二位以降など、彼にとっては全て選外も同然なのだ。
 デビューのきっかけとなった、アイドルオーディションでもある『ネオプリンスコンテスト』で一位を獲得して以降、常に業界の頂点に君臨してきた。だというのに。

『今回も、男性アイドルヒーローカインは二位でした!』

 まるで予定調和とでも言いたげな司会の言葉が、脳内を反響する。同時放送をしていた、生放送動画サイトでは『知ってた』『安定のシルバー王子』『実家のような安心感』といったコメントが流れており、更に一位の発表がされると其方も当然のような反応が流れていた。
 カインはアイドルとしてのデビューが先で、ヒーローとしてのデビューは遅かった。異能調整に手間取ったのもあるが、ヒーロー業に然程魅力を感じなかったというのが一番の理由だった。だがマネージャーの『変異種なら、ヒーローとして活動していたほうが好感度は上がりやすい』という言葉に納得し、あくまで好感度稼ぎのために始めたのだった。
 だが、やるからには手を抜いていられない。なにせヒーロー活動には大抵カメラがついていて、言動一つ、振る舞い一つ、表情一つ、全てが撮影されている。人命救助の場が撮影現場に等しく、一瞬たりとも気が抜けないヒーロー活動は、カインにとって苦行でしかなかった。
 それでも何とか安定してランキングに載るようになり、デビュー三年目にして、漸くランキング一位も狙えるかというときがきた。それなのに。

『アーサー! なんと、一位はアーサーです!』

 キングアーサー。いつの間にか現れ、いつの間にか男を――カインを抜き去っていたヒーローの中のヒーロー。彼の前に立つ者は無く、彼のあとに続く者は多い。昨日まではカインのアイコンを使用していたファンが、アーサーのアイコンになっていたという状況を何度も見てきた。
 アーサーは芸能活動には手を出さず、ヒーロー業一本で活躍している。しかしカメラの前に立つときは笑顔を絶やさず、ファンサービスも欠かさない。
 嫌々ヒーロー活動を始めて、仕方なく続けているカインの無愛想ぶりと比較されることも多く、本人がそのつもりもないのに太陽と月、光と闇、正統派ヒーローとダークヒーローといった、妙なキャラ付けをされることも増えてきた。
 永遠の二番手。シルバープリンス。不名誉な称号が、エゴサーチするまでもなく目に入る。

「アイツがいる限り、俺は永遠にトップには立てない……クソッ……!」

 そう思ってしまうこと自体、敗北宣言に等しいというのに。どうしてもアーサーが邪魔だという思いを拭い去ることが出来ない。彼に落ち度はない。見る限りは欠点もない。なにより、明らかに目の敵にしているカインに対してさえ、彼は平等に友好的なのだ。
 これがもし、一位であることをひけらかすような傲慢な男だったり、トップになっていながらも見え透いた謙遜をするような謙虚をはき違えた嫌味な男だったら、カインも心置きなく恨むことが出来ていたのだが。
 彼が一位になってから今日まで十年。キングアーサーの名にふさわしく、一週たりとも一位から陥落したことがないヒーロー王。専門誌の表紙は専らアーサーが独占し、稀に違う表紙になったと思えば女性ヒーロー特集だったりと、その地位は盤石だ。
 いつからだろうか。ファッション誌の仕事ばかり舞い込むようになったのは。カインがヒーロー専門誌の表紙を飾らなくなって、十年が経とうとしている。
 インタビューの依頼が来たと思えばアーサーと共同で、記事の内容は二人の比較ばかり。
 対談を断り続けていたら、アーサーが単独で依頼を受けていて「カインの向上心は素晴らしい。芸能活動との両立は誰にでも出来るものではないよ。僕も見習いたい」と語っており、結果として相手の好感度を上げる手伝いをした形になっていた。
 チラリと、傍らに投げ出して開きっぱなしになっているヒーロー雑誌を見る。其処には、先月のヒーローランキングが載っており、一位にアーサー、二位にカインの名が記されている。そして、六位に先ほど中継で見た、魔法少女メルティドールの名前があった。

「そういえば、あの魔法少女とやらも最近上り調子だな……」

 変異種管理局が運営する孤児院で育ち、変異種専用学習院で中学生として生活しながらアイドル活動もしつつヒーローとしても本格的に働き始めた、いま日本で最も多忙な中学生と言われている少女たちだ。
 ピンクのツインテールがトレードマークのリーダー、ローズ。
 水色ショートカットのチームのブレイン、アイリス。
 底抜けの明るい性格を表すかのような金髪の、デイジー。
 紫の髪を縦ロールに巻いた、如何にもな令嬢、ヴィオレッタ。
 長い白髪を緩く編んだ、おっとりした性格の雪女、リリー。
 それぞれ色に対応した花の名前を持ち、制服をモチーフにした衣装を纏い、奇妙なマスコットを連れている。魔法少女アニメの設定そのものなコンセプトのグループで、主に子供に人気があると雑誌には書かれている。だが、子供人気だけでランキング十位以内に入れるほど、ヒーロー業界は甘くない。現にメルティドール公式アカウントのフォロワーは、六桁に至る。十三歳以上でないと作成出来ないSNSでさえこうなのだ。其処に子供人気も加えれば、上位も当然といえる。
 上に立ち続ける者がいて、下から追い上げてくる者もいる。このままでは、いずれ二位でさえも安定と言えなくなってしまうのではという不安が、カインの中に渦巻いていた。



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