シナプスの不通を医者に問う。
※前前コンビと四天宝寺中
CP要素は欠片ほど。
U17合宿所にて。




「……コシマエ?やっけ?」
「……越前っすよ、センパイ」

ふうと溜息を吐く。つい先程も自身をコシマエと大声で呼ぶ小さな野獣――四天宝寺中の1年遠山金太郎――とテニスの試合をしていた。またテニスやろうやー!と喚いていたが、もう昼前だ。勘弁してと言ったら渋々何処かへ駆け抜けていった。
越前は喧しいのが好きではない。
同年代の遠山はテニスが強いのはいいものの、喧しいのは頂けない。関西の気風故か、四天宝寺中は基本喧しいのだ。よって越前からわざわざ声をかけることは少なく、赤髪なり金髪なり向こうから絡んで来ることが多い。
そして今、合宿所に戻ろうとした矢先に、己の名を呼んだピアス男もまたあの小さな野獣遠山と同じ四天宝寺中のテニス部員だ。
喧しい四天宝寺部員にしては口数も少なく、常にローテンションの2年生である。珍しいこともあるものだと少し興味を惹かれただけだ。それに、彼なら滅多なことはしないだろうとこれまた珍しく己から寄っていく。そんな気分だっただけだ。

「財前さんは何やってんの」

この合宿が始まってから隣に来る頻度が増えた遠山金太郎がころころと表情を変えながら、その口で仲間の名を大声で呼ぶせいで覚えてしまった人物のひとりだ。(越前の中で名前と顔が一致している人物の数はそれほど多くない筈なのだが、遠山が来てからぐっと増えてしまった。)

「誰かと待ち合わせ?……ああ、遠山と――、謙也さん?」
「こん試合終わったら昼行く言うとったんになっかなか終わらんのや」
「ふーん……元気っすね、あのふたり」
「元気ちゅうかアホなだけやな」
「俺と打ったあとどこに行ったかと思ったら、まだあんな元気ありあまってたんだ」
「金太郎のスタミナは底なしやねん」
「スコアは……2-3?まだはじまったばっかりだね」
「序盤からずっとデュースしてん。何でこない昼前になってもつれ込むんや。空気読みぃ!」
「遠山に読める空気なんて無いんじゃない?」
「せやった……、まあええわ、ほな行くで越前」
「え?何しに?」
「食堂や食堂。俺の腹はもう限界やねん」
「いいけど」
「……嫌ならええんやで。うちのゴンタクレによろしゅう頼んます」

よろしくなんて全く思ってない声音で呟き、体の向きを変えるとつかつかと合宿所に向かう背中。
容赦ない。小走りでその背中を追いかける。

「待って行く行く。ねえご飯食べたら俺と打ってくれない?」
「気が向いたらな」
「えー ……、いつっ、」
「ん、どないした」
「なん、か、目に入ったみたいっす」
「あかん擦るな、目ぇ瞑り」
「ん、」
「ゆっくり瞬きせぇ」
「……ん、んー?……、……、あ、取れたかも?」

ほんま?と頬を下に引っ張られ眼球を見られる。彼は遠山と幼なじみだというし、2年ということもあって世話を任されるのだろう、意外と年下の面倒見が良いらしい。しぱしぱと瞬きをし、ゆっくりと目を開けると切れ長の目がじっとこちらを見、存外近い距離にすこし息が詰まった。もちろん顔には出さない。

「……そない目ェデッカイと大変やな」
「うっさい」
「褒めたんやっちゅーに」

目が大きいと褒められても女子じゃないんだから嬉しくない。

「……そりゃドーモ」
「ま、涙も出とるし大丈夫やろ」

流れた涙を親指でなおざりに拭われる。面倒見がいいのか悪いのか意外と雑だ。
ちゃっちゃと行くで、とまた歩き出す。その先に人影。

「お、財前や」
「越前くんと一緒たい、珍しかねー?」

高身長と熊本弁が特徴的な男と亜麻色の髪を靡かせながら無駄にキラキラと爽やかな笑顔を向ける男と。
1人四天宝寺の人と一緒にいるとほかの部員と出くわす確率が高い気がするなとぼんやり考える。

「ま、偶然っすわ」
「謙也と金ちゃんは居てへんの?自分ら昼まだやったんちゃう?」

部長の白石は謙也と遠山が試合をしていることは知っていたらしい。
ここで漸く彼は遅かれ早かれ彼らを置いてお昼に行くつもりだったのだろうと気づく。
それでもって越前が来てしまったからこれ幸いとさっさと腰をあげたのだ。
道中こんな絡みがあっても言い逃れできるように。
たっぷりと間を開けて財前が口を開く。

「……白石部長回収よろしゅう頼んますわ」
「まさか黙って放ってきたんかいな!?」
「いやぁ越前も腹減ってるちゅーしなぁ?」
「えっ、俺?」
「腹ぁ減った可愛い後輩を放置する謙也さんが悪いと思いません?しかも他校の子やし?そんな子ぉを放って置けるわけないやないですかぁ、むしろ褒められてもええと思います」
「大方待つんメンドくなっただけやろ……、しゃあない行くで千歳」
「金ちゃんも待ってるばいね」
「越前くんもほなな」

白石は包帯の巻かれた左手でくしゃりと越前の髪を撫で、耳と頬をするりと撫でながらそっと離れる。さも自然で流れるような行為だった。不快感を感じさせない触れ方は彼の空気によるものなのだろうか。ぼそりと返す。

「…、ウィっす」


▼▲▼


食堂に着くとそれなりに賑わっていたが、正午からは少しズレた時間のせいか席はまばらに空いている。
越前は焼き魚定食を、財前はざるそばを頼んでいる。

「――何や不機嫌そうやな」
「言い訳に俺を利用しないで欲しいっす」
「あながち嘘でもあれへんやろ」
「まぁお腹は減ってたけど……。ていうかなんで四天の人達って俺の頭撫でるんすか」
「手頃な位置にあるから構いたくなるんやろ……何や、頭撫でられたのそない気に入らんかったんか」
「気に入らないのはそこじゃなくて――」

もの言いたげな越前を財前はじっと見つめ、ふうと溜息を吐く。

「子供扱いせんといて下さいって?それは流石に無理っちゅー話や」
「違うから」
「だったら何やねん」

目の前の子供は言おうか言うまいかときょろきょろ視線をさ迷わせる。嫌な予感がした。
ーーややこいことになるよって。

「財前さん」
「閉店や」
「ちょっ、まだ何も言ってない……」
「面倒そうな相談は受けん性質なんや」
「財前さんに掛れば全部面倒事じゃないの?」
「自分、なかなか分かっとるやないか。面倒なことには関わらん、どうしても関わらなあかん時は最低限で、や」
「分かりやすいモットーっすね」
「せやろ?」
「で、そちらさんの部長さんの事なんすけど、」
「…………部長のことなら謙也さんの方が詳しいんとちゃうか」
「……イヤ、謙也さんは鈍感そうだと思ってあんたに言ってんだけど」
「謙也さんをサラッとディスるのやめたりー?もうその時点で嫌な予感しかせえへんし」
「変な話だから怒らないで欲しいんすけど、白石さんってさ」
「うーわ普通に話し始めるやん自分。こないわかりやすく俺が拒否っとんのに強メンタルすぎひん?許可取る気ないなら初めからそう言いやー?」
「白石さんってモテるでしょ」
「おん、ん?そういう話か?何や他校の部長の弱みを握ったろって?」
「違うってば」
「なんで急に部長の色恋沙汰の話になんねん」
「――本人は無意識なのかも知れないけど、慣れてるなって」
「……ほお?」
「スキンシップの距離の取り方とか絶妙だよね」
「あー……無意識なんが怖いわな」
「あ、やっぱり無意識なんだ」
「多分。意識してやっとったら怖いっすわー」
「で、質問なんだけど、白石さんって別にコッチの気があるわけじゃないんだよね?」
「…………は?」
「いやだから、俺は別にそういうの気にしないんだけど、白石さんって別に」
「それは聞こえとるから!あー……、あかんあかん予想外すぎてツッコミを放棄してもうたやんけ……いつの間にそんな高度なギャグ覚えてん」
「ギャグでも冗談でもなくて、マジっす!」
「部長は至ってノーマルやろ。やないと困る。モーホー軍団はダブルスだけで充分やっちゅうねん……」
「だよね!でもそれだ と余計何を考えてるか分かんなくて怖いんだけど!」
「やかまし。キレやすい若者かって。何や情緒不安定か?」
「さっきの触り方見ました?すっごい自然にボディタッチしたの」
「?頭撫でられたのとは別か?」
「うん。こう……ほっぺをさらって……」

箸を揃えて起き、(しっかりと躾がなされていて関心する)少年特有の柔いてのひらがすっと頬を撫でる。それがまたいやらしさを孕むわけでも無く、あくまでも自然に。こいつ、将来タラシになるわ絶対。

「……自分もなかなか……これが外国仕込みかい、怖いわー」
「え?何のこと?」
「知らん。ま、あん人は基本おかんやし、自分よりちっこい他校の後輩やから優しゅうなるだけやろ」
「……ふーん……」
「……やっぱり子供扱いされるんが嫌っちゅー事やないか」
「別にそういうんじゃないけど」
「気にしてませんーって態度してる時点で気にしとんバレバレやで」
「だから気にしてないってば!テニスは身長でやるものじゃないからね」

ふん、と鼻を鳴らして白米をもぐもぐと咀嚼する。
(――テニスやってる時のあの挑発的な眼差しで射抜かれて、普段のクール気取りの態度、まあ確かに揶揄いたくなるのは分からんでもない)

「そないなところが生意気やって言うんや」
「それこそ財前さんに言われたくないッス」
「なーまーいーきー」
「ちょっ、頭撫でんな!」
「ほーれええ子ええ子」
「ものすっごい棒読みで言うのやめてくんない!やっぱり馬鹿にしてんじゃん!腹立つ!」
「ははははは」

「何や何や楽しそうやな」
「あ、謙也さん」
「……」

財前さんとじゃれあい(?)をしていたらそれを宥めるような財前さんと同じように関西特有の訛りを含む声。聞き覚えのある声だ。ふたりで声のした方を見ると、金髪の先輩が困ったようにこちらを見ていた。

「財前自分そない露骨に嫌そうな顔せんでもええやん?謙也さんも傷つく心は持っとるんやで!?」
「あれ、つかもうゲーム終わったんスか?早くない?遠山は?」
「……途中で集中力を削がれてしもてな……」
「?何かあったんスか?」
「……何でもあれへん。つまらん言うて金ちゃんはそのまま白石と打っとった」
「アイツほんま元気やな……」
「そ、そういえば自分ら結構仲良ええんやな?」
「仲良……?」

仲が良かったのだろうかと1拍。ちらりと財前を見るとにやりと笑い、越前へと目配せをした。彼の言いたいことを咄嗟に理解し、自分もにやりと笑う。

「――そりゃまあ、1晩過ごした仲やし?」
「ひ、1晩!?」

謙也の裏返る声に、内心ぺろりと舌を出す。

「ちょっと、そのことは秘密にしてって言ったじゃん!」
「秘密ぅ!?」
「どーせ遅かれ早かれバレるんちゃう?な、リョーマ」

名前を不意に呼ばれ、どきりとした。知ってたのか。こちらだけからかわれるのは気に食わない。……から俺もそのギャグに乗って名前を呼ぶ。

「ひ、光の馬鹿!」
「っ、」
「なん…ッ!?」

一瞬目を見開いた顔はきっと珍しい表情なのだろう。(名前は合っていたはずだから呼ばれ慣れないのかも)すぐに真顔に戻されてしまったが。
クールな財前とは違い理解出来ないと目を白黒させて口をぱくぱくさせる謙也にふたりでけたけたと笑う。

「はー、謙也さんはからかうとホンマ面白いっすわー」
「謙也さん、金魚みたいだよ」
「あーおもろ。――ほな、行こか」
「あ、俺と打ってくれる?」
「ええで。今日は気分もええからな」
「やった!」

嬉しそうに食器を片しに行く他校のルーキーの背中を目で追いながら、自分の後輩をじっと見る。

「……じょ、冗談やんな?」
「…………さて、どうやと思います?」

片目を瞑り、意地の悪そうなニヒルな笑みを浮かべて後輩も席を立つ。

「うせやん……?」

財前と越前が付き合ってるという噂は暫く合宿所内で話題になり詰め寄られたのは別の話。



「なぁ白石……財前と越前が付き合っとるの知っとった?」
「!やっぱりあの声は聞こえ間違いや無かったんやな……」
「何言うてたん?」
「目ェ瞑りーって財前が言ったり越前が泣いとったんや……」
「あ、あれはやっぱりキッスしてたんとちゃうか……!」
「ちょうどコートから死角になるとこやんな……?」



(――ホンマ、アホばっかりっすわー)

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