許されないモークシャ1



最近、夢を見る。
僕はどこかの大きな屋敷に務めていて、広がる薔薇園を世話する庭師だった。
屋敷の主はとても優しく、僕は、この方のためなら命だって惜しくないと思っていたのだ。
早朝まだ誰も起きぬ間に主の書斎へ赴き、季節ごとに咲く花を飾る。
そして花が変わっているのを見つけた主は変えた本人を目敏く見つけては笑う。
『ふふ、今日もこの花を飾ってくれたのは××か?ありがとう。とても綺麗だ』
そう笑いながら僕の頭を撫でて下さるのだ。
僕は主さまのごつごつして大きな手が大好きで――。


「――?」

パチリ目が覚めて布団から出ぬまま窓をちらりと見る。窓から見える空はまだ薄暗くて我ら6人のニート達が起きるには少し早い時間だ。
階下から母親の包丁の音が微かに聞こえる程にあたりはとても静かだ。
何故か目が冴えてしまって、ひっそりと布団を這い出て階下に降りて顔を洗う。
台所に顔を出すと母親はあら、起きたの?今日は早いわね、と少しだけ驚きつつ静かに笑っていた。
珍しく母と穏やかに朝食を済ませ、片付けを手伝っているとふと目の端に空っぽの花瓶が目に入った。

「母さん、今の季節の花って何?」
「なんでそんな急に…ああ、花瓶ね」

急に花の話をし出す息子を不思議に思ったよう母は空っぽの花瓶を見つけると納得したように今の季節の花を教えてくれた。

「今の季節だと、そうねぇ……アジサイとかクレマチスとかクチナシとかかしら?一松、なんだったら花を飾ってくれてもいいのよ」
「ん、考えておく」

今朝見た夢に出てきたのは紫色の花だった。他の色はモノクロでよく分からなかったが、花の色だけ妙に鮮やかだったのを覚えている。
お前のような花だな、と夢の中の人物が言っていたような気がする。俺みたいってなんだろ。色的な意味で?花の性質について?それとも何か意味あり気な花言葉でもあるのだろうか。
パートのための準備をし始めた母と同じように自分もいつものパーカーを羽織る。
まだ花屋は開いてないだろうから路地裏の猫達に挨拶でもしがてら道端に咲く小さな花でもお土産にしよう。


いつもの集会所、路地裏の客人たちに猫缶をあげて、もふもふを堪能する。あたたかい。
そういえば夢の中の俺もよく猫を撫でていた。
(夢のなかでも猫好きって影響されてるのかな…)
庭で飼っていた黒猫。アイスブルーの瞳が酷く綺麗で震えた。
鋭いアイスブルーの瞳はあの次兄を思い出させて、その瞬間咄嗟にないないと首を振った。
(あいつの青い瞳を綺麗なんて思ったことなんてない筈なのに。)
酷く懐かしいような蟠りを残して路地裏を出ると、ふと、花屋の店先に並んだ紫の花が目に付いた。
角張っていて翼があり、一見すると葉のようにも見えるけれど、あれは茎、だろうか。筒状の花が咲いており、萼は青や紫、白、黄、桃色など多色であるのに対し、白く小さな花弁。
夢の中で見た、あの紫色の花……。
(なんて花だろう…?)

「スターチスだな」
「えっ?」
「花言葉はRememberance、追憶、変わらぬ心、途絶えぬ記憶……誰か忘れられない人でもいるのか?」
「なんでクソ松てめぇがここにいるんだよ……びっくりしたじゃねぇか殺すぞ…」
「ひっ、お、驚かせるつもりは無かったんだが、一松がじっと花屋を見てるから気になってぇ……」

ち。なんだよコイツは。二次創作によく出てくる妙に花言葉に詳しい登場人物か?
「花言葉はよく分からないけど俺みたいだって言ったから……」
「誰が?」
「誰って知らねぇよ……」
「知らない人に言われたのか!?」
「いや違う、俺は知らないけど、夢の中の俺は知ってて……」
「ンン〜?夢の中?実際に言われたわけではないのか?」
「そうだよ、夢見がちですみませんねぇ」
「それはいったいどんな夢だったんだ?」
「なんでお前に俺の夢の話をしなけりゃならねえんだ殺すぞ」
「だって夢って自分の健康状態とかにも左右されるんだろ?一松の潜在意識が何か訴えてるかもしれないじゃないか!」

力説するカラ松に怖気づいたように、ぽつりぽつりと最近よく見る夢の内容を吐露していく。
多分少し前の時代で、そこはおそらく日本ではない。自分は物乞いのような存在だった。しかしある日偶然ぶつかった爵位ある大富豪に見初められ(?)住み込みで働いていること。
最初は胡散臭いと思っていたがだんだんいいやつなのではと思い始めていること。
実際その旦那さまに惹かれていることは伏せておいたが大丈夫だろう。

「な、なんだか随分と具体的だな」
「だろ?だからただの夢って感じがしなくて妙に気になってんの」
「いや…ふふ、そうか…」
「っち。なんでてめぇが嬉しそうなんだよ…なに、お前夢占いとかに詳しいの?」
「いや、知らん!」
「あ”ぁ”!?」
「いやぁすまんすまん!まあ一松も紫だし、これも紫色の花だしな!」
「け。お前はそんなこったろーと思ったよ……」

いつものようにカラ松を蹴るとなにするんだ!と悲鳴が上がった。
俺をおちょくった罰だ。一松はいつもの猫背をさらに丸めてまたどこかの路地裏に向かう。
先を急ぐ一松に、おいて行かれたカラ松の言葉を聞くことは叶わない。
変わらぬ丸い背中をじっと見つめていると、身体の底から歓喜の感情が湧き上がる。
喜びで震える手のひらに力が籠る。ぱき、軽い音がしたと思ったら、手にしていたサングラスが割れていた。
熱い目線の先にはいつまでもあの一松がいた。




――夜。
またあの夢だ。
そしてある日僕は夜の寝室へと誘われる。
誰の女の代わりともしれないが、それでも自分は主に夜伽に誘われるのは天にも登る気持ちだった。
柔らかなベットに包まれて、さあいざ。そう思ったのに、主はただただ寄り添ってくれるだけで、やわらかいものを包むように壊れもののようにそっと触れるだけに留まる。
このまどろむような暖かさはとても心地よいけれど、もう少し乱暴にしてくれったって壊れやしないのに。

主人と従者なんて結ばれないのは分かっているけど、それでも己を拾い、傍に置いてくれている主を愛してやまなかった。
あの夜交わることは叶わなかったけれど、傍に居られればそれでよかったのかもしれない。

しかし。我が主は突然僕の目の前で命を絶つ。どこからか侵入した強盗に背中を刺され、息も絶え絶えなのにも拘らず、僕を探していたというのだ。
刺されたナイフは深くまで体内に沈み蘇生はほぼ不可能であった。

『ああ××、お前を探していたんだ…』
『旦那さま、動いてはいけません!!』
『いいんだ、聞いてくれ……最後に会えてよかった、お前に伝えないといけないんだ、なあ××、私は、私は、お前をずっと自分のものにしたいと思っていたんだよ』
『え、?』
『すまない。お前の前では優しい主人を演じていたかった、ほんとうはあの夜、全部、奪ってしまおうと思っていたんだ……でも、お前が震えていたから』
『は……?』
『ひとめぼれ、だったんだよ』
『……奪ってくださればよかったのに、僕は貴方になら、何をされたって構わなかったのに』
『そうだったのか…嗚呼くそ、悔しいなぁ……』

そして、命を絶する瞬間、我が主はあろうことか来世で会おうと笑ったのだった。もし許されるならば、今度はお前を奪って、絶対に離さないと誓うと。
勝手に拾い勝手に死ぬ主のなんとエゴイスティックなことか。残された者の事など考えもせず何を満足な顔をしているのか。
主が絶した大広間を通る度にあの惨劇を思い出し、涙を零す。
もし本当に来世で会うことがあれば、必ず1発は奴を殴らねばなるまい。我侭が過ぎる主にひとつふたつ文句を言ったっていいだろ。

そして、唐突に物語は終わる。

がばりと起きて周囲を伺う。長い間夢を見ていたはずなのに辺りはまだ真っ暗だった。心臓が熱い。

「意味が分かんない……」

先ほど見た夢が脳内にこびりついて離れない。まっさらなバスローブに滲む鮮血も、頬に添えられる血糊が張り付いた手のひらも、へらりと笑ったあの表情も。ずるりと手のひらから命が消える瞬間も。
(あいつ、俺の事、ひとめぼれだったって言った)
僕を拾ったのも、庭をくれたのも、お茶に誘われるのも、頭を撫ででくれるのも、夜伽に誘われるのも、あの優しくて愛しい思い出たちは全部、全部あいつが僕を好きだったから、下心から来ていたっていうのか!?
両想いだったのを嬉しいと思う瞬間、恋が実ったその瞬間、相手は息を引き取るだって!?
「悲劇にもほどがある……」

あの優しさはひとめぼれからの下心があってのやさしさで、まんまと僕はあいつを愛して。


「――いちまつ?」

思考が沈みかけたその時聞こえた己を呼ぶ声が横から聞こえた。

「どうした?眠れないのか?」

そうか俺が起きてしまったから、掛布団が引っ張られちゃったんだ。
まだ少し眠たそうにまどろみながらも心配そうに眉を寄せて、カラ松は頬に手を伸ばしてくる。その様が先ほどの情景とかぶって体が硬直する。
(うそ、)
(うそだろ、)
こんなシンクロなんてあり得ない。
あの笑い方は。
あのごつごつとした大きな手は。
いちまつ、と呼ぶあのテノールは。あいつは、あの人はまさか。

「旦那さま…?」

吐き出した言葉は風に飛ばされるほどの聞こえるか聞こえないかの小さな音であったのにも関わらず、カラ松は目を見開いて驚きを隠せないようだった。ふるふると震えている。
そ、そりゃそうだよなー、いきなり兄貴を様付けするなんて頭どっかイったと思われるよなー!変なプレイに巻き込むなって言われるよなー!
罵倒のひとつか(頭を)心配するような言葉でも貰うかと思っていたが、件の次兄は花が咲いたようにぱっと顔を綻ばせたのだった。蜂蜜の砂糖漬けのような甘ったるいその笑顔に訳もなく狼狽する。
起き上がって自分と同じ目線になった彼は頬を撫でる手のひらはそのままに未だに固まったままの俺の体をぎゅうと抱きしめた。背骨が痛い。

「ああいちまつ!夢みたいだ!もしかしてぜんぶ思い出してくれたのか?」
「え?」
「ふふ、嬉しいなあイチ、ずっとお前を待っていたんだ」
「あの、カラ松……」
「ンン?さっきみたいに呼んでくれていいんだぜ?なあいちまつ……」
「……っ…!」
「なあ、今度はちゃんと奪ってもいいってことだよな?」

耳元で囁かれてゾクゾクと背筋に電流が走る。
やめて。やめてくれ。愛しいものに触れるように耳を撫でないで。
俺は、僕は、お前が好きなんだ。そんな、急にいろいろ言われても、猥雑な頭の中じゃなにもできない。




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