心躍アフタヌーン
黒子は正直言うと油断していた。油断しすぎていた。ここがあの悪童花宮の部屋だということ。目の前にいたのは下衆の極み、花宮真であるということを忘れていたのだ。
以前花宮は誠凛のバスケ部をからかうために、また黒子を使って誠凛の弱点、穴を見つけるために黒子を利用する、と言っていた。

「……花宮さん、ここに誠凛の人はいませんよ?」
「知ってる」

だから何か仕掛けてくるとしたら誠凛の生徒がいる時だと信じきっていたのだ。混乱する頭のなか、この状況を打破すべく、ひとつ問いを投げてみるものの己の問いは短い言葉で両断される。

(……さて、目の前にはボクが悪戦苦闘していたあの数学のノートではなく、何してやろうかと悪事を企てている、少しだけ楽しそうなその顔だ)
きっと現在もなお彼の頭は黒子にも理解出来ないような早さで回っているのだろう。

「お前、ちょっと油断しすぎなんじゃねぇの」
「そうですね。ボクもこんな簡単にマウント取られるとは思いませんでした」
「そうじゃねぇよ」

バァカと、彼は言う。分かっているのだ。先輩にやったことは忘れていない、忘れてはいけないのだと分かっていたにも関わらず、あろうことかこの極悪非道の悪童の前に安心していたのだ。
本を貸してくれたこと、テスト勉強に付き合ってくれたこと、意味もなくじゃれていたこと、この短い期間で触れたことに絆されていたと言っていい。蜘蛛の巣をあちこちに張り巡らせて、ボクがこうして完全に油断するのを静かに待っていたのだ。そしてボクはあっけなくそれに引っかかったというわけだ。

(さあどうしよう。もしかして明日には表を歩けないようなことされちゃうんでしょうか。何かの漫画みたいに。)

そうは考えてみるけれど、何故か、(これこそ絆されたせいなのかもしれないが)不思議と恐怖はなかった。彼の日常生活に少しだけ触れて、この人がただの下衆だとか非道だとかの人ではないと知ったからだろうか。意外と話しやすいとか、実はノリがいいとかを知ったからだろうか。そうだもしえげつないことをやられたら逆にこのことを利用してみようかなあなんて考えつつじっと相手を見やる。

「お前なんか失礼な事考えてねぇか」
「さぁ」
「なぁ、俺のコレクションを無償で貸してやったこと、まだ報酬もらってねぇよなぁ?」
「最初っから報酬なんて出ないっていったじゃないですか!あなた了承しましたよね!」
「その上に霧崎第一トップの頭脳をもってして家庭教師してやったんだぜ?ちょっとくらいなんか貰ったっていいじゃねぇか」
「そ、それはそうですけど……、アッもしかしてボクにいやらしいことしようとしてます?」
「お前な……まァお前がやりたいんならいいけど?」

えっ、思わず素の声が出る。少しだけ強がり、少しだけ揶揄いたい気持ちで軽口を叩いたのをあっさり同意されて虚を突かれた。

「おい、顔赤らめんな」
「……いえ、冗談でなく、ボク今なら花宮さんになら何されても大丈夫な気がします、多分」

半分冗談で半分本気だったその一言を放ち、覚悟を決めて、オニキスの漆黒の瞳をもう一度見つめ返す。しばらく見つめあったままどちらも何も話せずにいると不意にぱっと花宮は黒子の上から起き上がってつまらなさそうにつぶやいた。

「ほんとお前調子狂う」
「?ええ、よく言われます」

言われた意図が少し良く分からなくて曖昧に返す。花宮が黒子の上から退いたことで天井の蛍光灯の光が直接目に入って少し怯む。こんなに明るかったのかこの部屋。しかし何なんだこの人は。人を押し倒しといてこちらがその気になったらやる気がそがれるってどういうことですか!不感症なんですか!失礼すぎます。

「花宮さんも大概ですよね」

 少しだけ悪意を込めてそう言ったら今度は楽しそうににやりと笑った。なんだ、さっきまで不機嫌だったんじゃないのか。

「……ほーんとかわいくねぇの」
「それはお互い様でしょう?」





 出会った時と同じように互いに毒を吐きつつ、今日も読書好きの二人の一日が今日も過ぎていく。














***
お互い腹黒いのに外面いいの知っている、という悪い意味での秘密の共有っていう関係がすごく好きです。

さてさてこれでデイタイムシリーズは終わりのつもりです。多分!最後なのになんかいいタイトルが思いつきませんでした…ウッ
途中放置というひどい出来でしたが、付き合ってくださってありがとうございました。
閲覧ありがとうございました。
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