不機嫌デイタイム


「げ」
「うわ」

開口一番思わず不快を吐けば、相手もこちらを認識するや否や眉をくっと寄せる。
『悪童』である花宮真が最も嫌う人種であるイイコちゃんに分類する誠凛高校の黒子テツヤ。そいつを見つけたのはストバスでも何でもなく、帰宅途中に寄った小さな古書店だった。
お互い不意に出会ったものだからキャラを被る間もなく本心を隠さず露骨に毒を吐く。

「……なんでいるんですか花宮センパイ?」
「むしろこっちが聞きたいっつうの」
「あんなゲスいプレーしておいてまさか文学少年とかそういう感じなんですか?」
「そういうお前もみんなの夢の邪魔をするな!とか宣ってた割に、みんなの夢をぶち壊す本が並んでる棚見てるじゃねえか」
「本の趣味と性格は合わないってことですよ。センパイの持ってるそれってガチガチの純愛文学でしょう?まさかそういうのがお好みなんです?くそわろ」
「うっせえ俺はオールジャンル読んでるだけだ。むしろ俺がびっくりだわ。お前の持ってるそれ、かなりトラウマもんの内容だよなぁ?」
「こういうのは高尚ミステリっていうんです!」
「読破すると一度は精神に異常をきたすって銘打ってる本だからな?三大マジキチ書のひとつだぜ、それ」
「日本探偵三大奇書です!……なんだかんだ言って
花宮さんもコレ読んでるんでしょう?だから精神がおかしくなってるんじゃ?」
「そーかそーか。だったらそれ読んだらお前も精神がおかしくなるってことかよ?」
「なるわけ無いじゃないですか」
「てめえいちいちムカつくな……おいおいそれ読むなら今度筒井とかも読んでみろよ」
「筒井も知ってるなんて流石ゲス宮さんですよねえ。ぴったりです。」
「ゲス宮言うな。ちっ、試合のときはガチガチの熱血なのに普段は淡々と毒吐くとか扱いづれえ」
「そう安々とあなたに懐柔されてたまるもんですか……っと、」

そうやって話を切ってふと視線を回せば己より少し高い棚に興味を引く本があった。少しだけ高い位置にあるそれを取ろうと背伸びをしてみる。やはり少し高い。くっそ、届かない。
それを見た花宮はにやあと笑って、小さな彼が取ろうとした本をひょいっと掴んだ。ちらりと表紙を見て思わず眉を顰める。
何故ならこれはグロテスクな表現が過多に渡り、それが淡々と描かれている本だったからだ。しかも作者の自己欲求が漏れており、読んだあとの後味もいいとは言えない話だった気がする。
自分より小さな少年が持つ本のなか、自分が見覚えのあるものがいくつかあったが、いずれも暗い印象のある話が多かった。この色の薄い少年はこんなドロドロした話を読んでいるというのか。
花宮の眉が寄ったのに気づかない黒子は花宮の持つ本を受け取ろうとしたが、妙に力が加えられており、なかなか取れない。
ぎりぎりぎり。
黒子が力を込めて奪おうにも、ただでさえ力の弱い自分なのに、自分より1年先輩の握力に勝てるわけがなかった。これ程自分の力の無さを恨んだのははじめてかもしれない。

「……」
「……っ、」
「……」
「……なんなんですか離してくださいよ!」
「いやあなかなかイイセンスをしてるね黒子クン?」
「どういう意味ですか」

いい加減にしろよと、声を掛けてみるも己より大きなそいつは相変わらずその手に持った本を離そうとしない。

「なあ、お前これ本当に読むわけ?なかなかエグイ話だぜ、これ」
「え、これも知ってるんですか?……まさか持ってたり?」
「ああ。ちなみにお前の持ってる本の何冊かは家に――……」
「花宮さん!」
「っ、急にデケェ声出すなバァカ」
「本、貸してください」
「あ?なんで?」
「なんでってそりゃお金節約できるからに決まってるじゃないですか!高校生のお小遣いなめんな。今月もうハードカバーで買ったからちょっと余裕ないんですよね……」
「……俺になんの利益がある」
「いえ?特にありませんが。」
「は!?いやいや普通交渉するなら何かしらエサ持ってこいよ馬鹿じゃねえの?何もなくて動く奴なんていると思ってんのか?」
「まあ強いて言えばボクという友人ができます」
「いらねえし」
「そうですか。この作家さんはなかなかマイナーなので話せる人がいるのは嬉しかったのですが。残念ですね……」

黒子の視線がしょぼん、と下がっていくのを見ながら花宮は柄にもなく複雑な表情をする。
ひねくれた性格のせいか、 ただ単に話したかっただけ、などという純粋な言葉は妙に勘ぐってしまう。花宮の周りに純粋に感情をぶつけてくる人間はいなかった。
反応が予想外すぎて今だよくわかっていない。……が、ここで誠凛のイイコちゃんの弱みを握るのもいいだろう、と無理やり己を納得させて本を取り上げる。
急に奪われた本に反応できなかった黒子はあ、となんとも間抜けな声を出した。

「……おい、携帯よこせ」
「え、なんでですか」
「連絡先知らねえと貸すことできねえだろが。借りパクされても困るし」
「まさか本、貸してくれるんですか!」
「気が向いたらな」
「……素直に俺も話す相手が欲しいんだって言えばいいじゃないですかー」
「ばっ…!ち、違ぇし!」
「あっ、そういうツンデレは緑間くんで間に合ってるんで。」
「ハードカバーお買い上げありがとうございまーす」
「ごめんなさいお金無いんです貸してください」
「ふはっ、お前も素直にありがとうございますって言えよバァカ」
「ア、アリガトウゴザイマス花宮センパイ……」


――かくして、本を貸し借りするだけの妙な関係はこうして始まったのだった。
お互いが本の好みが合うこともあり、二人は度々会ってはこの作者は話が薄いだの、この話は作者の自己投影が激しいだの、シリーズものはこの巻が面白いだのを論争するようになる。

『悪童』と名高い花宮と度々会っている黒子の噂を聞きつけ各地からセコムが発動するのはまた別の話である。


*****

「――……そういえばお前って結構話すんだな。一言多いけど。てっきり無口かしゃべらない奴なのかと思ってた」
「花宮さん、あなたも一言多いですよ。……まあ、普段はそんなに話さないんですけどね。話す必要もありませんし、特に本の話題なんて合わないですし。」
「あの割れ眉は本なんて全く読まなさそうだよな」

(なんか馬鹿っぽそうだし)

「あ、花宮さん今火神くんを馬鹿にしましたね!確かに彼は馬鹿ですけど……火神くんを悪く言うのは許しません!」
「馬鹿なの認めちゃうのかよ」
「だいたい花宮さんから見たらみんな馬鹿でしょうに」
「まぁな」
「そうやってあっさり認めちゃうところがむかつきます……」
「事実だしな。でもお前はただの馬鹿じゃないって認めてるぜ?」
「何故だろう褒められてる気が全くしません」
「まあ、褒めてねえし」
「本当に減らない口ですよねえ」





(扱いづらいね、お互いに)



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