伊達家城主である政宗様側近の肩書を持ち忍の中で唯一主の身の回りを世話することを許されたくの一、与えられた名を名前。

だが今は、主に恋情なんていうおこがましいものを抱いていた愚かな一匹の汚い猫でござい、ました。



「名前!おいっ名前!」



主様が泣いている。
涙は零れていないけれど、いつも鋭く未来を見据えた瞳に涙を溜め、切な気に辛そうに目を細められている。

まるで子供の頃に戻ってしまったような表情ですね、と霞むような、ぼやぼやと浮いているような頭で考えた。




月の綺麗な夜だった。
執務が嫌いな主は月見を理由に小十郎様の小言を振り払い、調度側にいた私を連れて縁側で晩酌をされていた。

本来、人前にでるべきではない私のような忍が城の主である政宗様の隣に並ぶなんてことあってはならない。

例え小十郎様同様、政宗様が梵天丸様だった頃からの付き合いだとしても。

私は忍。汚い存在なのだ。

だがそんな忍の掟などなんのその。政宗様は当たり前のように私を隣に並ばせる。そしていつでも代わらぬ笑顔で自分の夢を、未来を語るのだ。


そんな‥、そんな貴方に恋焦がれるようになったのは。この思いを抱くようになったのは、いつからだったろうか。


体格も身長も、昔と比べなくとも解る程成長なされた主様は女の私など比べものにならない程大きくなり、子供の頃とはまったく逆だなと月を眺めるあなたの横顔に思いをはぜた。



それがいけなかった。





一瞬。ほんの、刹那。

そんな事を思っていた私は反応が遅れ主様を狙う刺客の侵入を許してしまった。

思えば何て失態だろうと思う。
忍失格であろうその思いに胸が軋んだ。


月夜にまぎれる影。それと共に放たれる黒光りをする殺人道具。


その時の私は主を連れて逃げる、なんて思考は皆無に等しくて。

ただ、護らなければと。

未来を見据えるこの若き竜をただただ守り抜くという考えだけが私の全てを支配していた。

それこそが私の、忍としての役割だったから。



「っおい名前!しっかりしやがれっ名前!」

「政宗様っ!ご無事でs‥っ名前!?」

「Shit!すぐ医者を呼べっ小十郎!」



敵は倒した。名もなき武将の名をあげるためだけに行われた暗殺。

この戦国の乱世には珍しくないよくある行為だ。


血の匂いが充満している。これもこの時代にはよくある事。
もっとも、この血が敵のものか私自身のものか、今の私には分からないけれど。



「ゴホっ‥か、はっ‥」

「!!?おいっ名前!」

「‥ま、‥さむね‥さ‥っ‥」

「っ!喋るんじゃねぇっ!今小十郎が医者を呼んで‥っ!」



ドクンドクンと体全体から聞こえる心の臓の音が煩い。
器官を競り上がってくる感覚に何事かと吐き出せば、口の中に鉄の味が広がった。

ヒューヒューと息をする度に洩れる空気にまたわけが分からなくなって。
それでも体中が冷たくなっていく感覚はいやでもわかった。



「‥っ、さ、むね‥、っま‥」

「しゃべるなっつってんだろ!!っ死ぬんじゃねぇぞ‥名前‥っ!」


主様の私を抱える腕に力が入る。

あぁあぁ、奥州筆頭ともあろうものがなんともなさけない。
こんな忍一人にそんな顔をなされては天下など程遠い。また小十郎の小言を聞かされますよ。

貴方様はこの日ノ本を納める気高き竜なのです。
後ろを見てはいけないのです。

後悔をするのもまだまだ早い。



乱世は動き始めたばかりでしょう?貴方がこの世を平和にするのでしょう?
だったらどうぞ私という屍は置いていって下さいませ。私なんかの屍を担いでいてはすぐに貴方の背中は重くなってしまう。

“忍”という“道具”に大切な涙を流してはいけないのですよ。



「ま、さ‥むね‥さ、ま‥」

「っ!!名前!お願いだからしゃべんじゃっ‥!」

「へ、‥いわ‥な‥よ‥」

「‥名前‥?」



次生まれるときにでも見せて下さいな。私が見ることが出来なかった天下の産物を。

笑顔の溢れる、平和な世の中を。



「た‥の‥しみ‥っに‥し、て‥おり‥ま‥」



だから許して下さいな。私が貴方様より早く逝くことを。
天下を見届けられぬまま目をつむる事を。

忍らしかぬ笑顔を浮かべて逝くことを。


どうか、お許し下さい。






貴方の中ではせめて 笑顔でありたいと願うから

(この想いを伝えられなかったことが)(せめてもの)(心残りでございました‥)





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