カコン、と清廉な雰囲気漂うその場所に響く落ち着きのある竹の音。それが響くのは春日山にある一つの居城、その城の奥まった場所へと位置する静かな部屋。
謙信は大切な愛娘にと与えたその部屋で、中央にしかれた布団から少しずれた場所に片足をたて頭をたれる…―所謂服従の姿勢を見せる―一人の異彩の者に目を細める。

彼のすぐ近くにはこの部屋の主、愛娘と称した少女白雪が周りに医療道具を散りばめたまま、敷かれた布団に半身を預けすぅと穏やかな息遣いで眠っている。
中途半端な切れ端となっている白布や所々に散っている薬草の葉などを見ると随分試行錯誤を繰り返したのだろう。薬草を目の前に首を傾げる愛娘の様子が目に浮かび思わずふ、と口元とを小さく緩める。

そんな愛娘から視線をずらし、目の前で未だに頭をたれ微動だにしない異彩の者を見やれば、歪に巻かれた白布や所々からはみ出た薬草が身体を覆いなんとも言えないことに。
結び目にある蝶々たちがお世辞にも可愛いとは言えぬ異彩の者にどこか違和感を与えていた。

「いさいのものよ、そなたはしのび、ですね」
「…、はい」
「そのしせいのいみをりかいしたうえでのことですか」
「…はい」
「…そなたはわたくしをあるじにとおおもいなのですか、それとも」
「…、わ、たくし、は…」
「…」

小さく、それこそまさに蚊のなくようなという言葉の通り小さく弱々しい掠れた声。けれど透き通った無垢な赤子のような印象を受けるソレに謙信はツィ…とその薄い氷のような瞳を細めた。

「…しつもんをかえましょう、まず、あなたはなぜここにいるのですか」
「…死に場所を、求めて…」
「もとめて、ここに?」
「……わ、たくしは決めて…おりました…死ぬ時…は…仏の、懐で、と」
「…」
「、私の見てくれ、は、見た通りに異彩で…ございます。白い肌、に白い髪、赤い目、を…人は恐れ、ます」
「…」
「私、は…忍であり…ながら…自身が人一倍臆病、である…と自覚して、おります」
「…それは」
「、私は…人でない者であり、ながら…人からの拒絶、を…恐れて、いるの…です」

人ならざる者が人からの拒絶を恐れる。それは即ち人ならざる者…忍として生きなければならないものにとっての最大の欠点であり欠陥とも言えること。
忍は感情を持ってはいけない。武士のように忠義や仁義を重んじるよりも先に命令を忠実に守り実行し、影の中に潜み何よりも誰よりも優先的に己に課せられた任務をこなす。
それにはきっと汚いと残酷だと、非情だと言われてしまうかもしれないものや、常人であるなら発狂してしまうかもしれない程に辛く悲しく虚しいものもある。
だからこそ忍は人であってはならないし、なろうと思ってもいけない。何故ならそんな境遇を迎えたものが常人と同じような喜怒哀楽を持っていたのならばそれは戸惑いの切っ掛けにならざるを得ないから。

だがこの目の前にいる忍はそんな人ならざる者でありながら人からの拒絶は怖い、と言った。死ぬときは仏のもとで、とは即ち普通の《人》のように、慈愛と許しを求めたということ。

謙信はス…、と目を細める。この時代には珍しい、自我を持つ忍。意思を持つ、忍。人からの拒絶が怖いと恐ろしいという人間らしい人ならざる者。
なんとも、貴重な存在か。

「それをわたくしにはなし、あなたはどうしたいのですか」
「…」
「あなたはなにをもとめているのですか」
「…、わたし、は…」

ふと、今まで微動だにしなかった異彩のものがその伏し目がちな赤い瞳を傍で穏やかな寝息をたてる白雪へと向ける。
手を伸ばしサラサラと敷布の上に広がる髪に触れようとし、だがどこか戸惑ったように手を引いた。

「…そばに、ありたい」
「…、そば、ですか」
「、この方の、傍にありたい、と…」

厚かましくも、思ってしまった。

「それはなぜ、でしょう」
「、なぜ…」

なぜ…小さくポソポソと言葉を吐き出す異彩の者をただ謙信は待つ。
視線を白雪から離さぬ異彩の者の瞳は細められたまま、また独り言のようにポソポソと言葉を吐き出そうとしては閉じ吐き出そうとしては閉じ、を繰り返した。

「…この方、は…」
「…」
「この方、がおっしゃり、ました…」
「…」
「《うさぎは一人だと、寂しくて死んでしまう》の、だと…」
「…、」
「寂しい、はわかりません…でも確かにその、とき…私、は…穏やか、な気持ちに…なりました」
「…」
「私を真っ直ぐにみるひ、とみを見て《嬉しい》、と思い、ました」
「…」
「うれし、かった…」

嬉しかった、と小さく何度も呟くその表情は成る程その能面のような顔であっても分かる程に穏やかなもの。
謙信自身、この異彩の者の出身も生い立ちも素性さえ一切として知らぬ身。本来ならば大切な大切な愛娘のお願いであってもきっとこの者を傍に置くことに対して首を縦にふるなんてことはあり得ないだろう。
だがそんなことを一通り思うも、心の何処かでこの久方ぶりに見る子供のような《優しき者》を見守りたいと思ってしまったのもまた事実であったから。

「…、へやを、よういしましょう、いさいのものよ」
「…、」
「あなたをやとうのはじょうしゅであるわたくし。ですがあなたにはわたくしのむすめにつかえていただきます」
「…そ、れは…」
「そのこの…しらゆきのそばにあってください」
「…、…はい、っ、はい…このいの、ち、この身、この魂全、てをかけて」
「…」
「このお方、の…白雪、姫さ、まの…お、傍に…」

相変わらず小さくポソポソと話す声音はそれでも、綺麗な音だと、謙信は口元を緩めた。



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