それは庭に咲き誇る一本の鮮やかでキラキラとした桜の木の下で。

「こんにちは、うさぎさん」

白い髪の毛に白雪とは全く正反対の璧のような紅い瞳。
服が汚れるのも構わず座りこんだ白雪の前に同じく力なく座っている初対面の彼。

服は土や煤や枯れ葉などがこびりつきヨレヨレで、足を投げ出した状態でいる体には刃物で切ったかのような切り傷が多数。
身軽さを重視したかのような最低限の鎧というものを身につけ、極めつけは地面に転がっている鋭利な刃物。

これだけで彼が普通の人間ではないということはいくら浮世のことについて無知同然である白雪でもわかることだ。
がしかし、わかると言っても所詮この目の前の人物が周りの人たちとは違う人だ、という程度で元来の性質も手伝ってか常人なら抱くはずの警戒心や疑心なんてものを持つ様子は全くと言っていい程ない。

だからか、初対面の、ましてや上杉謙信の居城である春日山にいとも簡単に侵入し奥まった場所へと位置する白雪の部屋前にいるという危険性にすら疑問を抱くこともなく白雪はふわふわと周りに花でも飛んでいるのではないかというような笑みを浮かべる。

そんな白雪に戸惑うのは当たり前だが白雪の目の前にいる毛色の違う彼で、笑みを浮かべる白雪を見ながらもボンヤリとしたような、だれと言っているような表情でコテン、と首を傾げた。

「うさぎさん、うさぎさんはどうして此処にいるのですか?」
「……」
「もしかして迷ってしまったのですか?お家に帰れないんですか?」
「……」
「それとも…あ、春ですからお昼寝から覚めたばかりなんですか?」

あれ、うさぎさんって冬眠するのかな…と呟く少女、白雪に毛色の違う彼はパチクリと目を瞬かせる。

その見た目よりも幼く見える少女は一言も口を開くことなく木に体を預けている不審極まりない彼に対して特に何か気にした様子もなく、何が嬉しいのか尚もふにゃふにゃとした気の抜けるような笑みをその顔に浮かべ口を開いている。

屋敷の奥まった場所、その綺麗な手足や華奢な体躯を見れば深窓の姫なのであろう、少女がかなりの位の者であることなどすぐにわかる。

が、いくら深窓の姫だとて今の時代ではいつ命を狙われるかもわからないためどんな箱入り娘であっても警戒心の一つや二つ持っているものだ。

だがペタリと子供のように地面に座り込む少女の、不審な者にも疑い無く近付くような無防備さや警戒心、疑心のなさに背を預けくたりとしている無表情な彼は内心驚く。

さらに言うなれば白雪が先程言っているうさぎさん、という言葉。

彼は白雪のうさぎさんという言葉が自身のことを指しているということに気付いていた。
もちろん、その理由としては今この場所に対象となる人は彼しかいないからということであるが、それを抜きにしても彼の外見的な特徴が少女に《うさぎ》と言わせるものであることを彼自身が一番よく知っていたからだ。

「うさぎさんは行く所があるのですか?」

コテン、とまるで幼子がするような動作が当たり前のように似合う白雪が目の前にいる彼へと問い掛ける。

そんな白雪に今まで一切として無反応、無表情だった彼もフルフルとその表情は変わらずも首を横に振り意思を示す。

白雪はその反応にんー…と考えるようなそぶりを見せながら尚もフワフワとした雰囲気は一切崩さずその絹糸のような黒髪を風に遊ばせた。

「うさぎさんは、その…」

そこでふと、少女が表情を替えそわそわと落ち着きのないような様子を見せだしたことに彼は軽く首を傾げる。

「うさぎさんがよろしければ、なんですけどね…」
「……」
「あ、でも父上にも聞かなきゃいけない、でも…」
「……」

むー…と下げた眉の下でパチパチと瞬きをする白雪の低い位置にある頭に何を思ってか、力が抜けていた腕に力をこめゆっくりと触れる。

「うさぎさん…?」

ポン、と軽く手の平をその小さな頭にのせ綺麗な髪をすくようにその頭をなでれば、白雪はキョトン、とその大きな瞳で彼を見たあとへにゃりと嬉しそうに目を細める。

まるで本当の幼子を相手にしているようだと、馴れない行動を起こした自身の行動に疑問を抱きながらも、彼は手に力を込めぬようぎこちない動作で少女の髪をすいた。

「うさぎさん」
「?」
「うさぎさん」
「……」

うさぎさん、と繰り返し繰り返しうさぎという呼称をくり返す少女に返事をするかのように、触れた手を動かす。

「うさぎさんは一人、ですか?」
「……」
「うさぎさんは帰る所がありますか?」
「……」
「うさぎさん」
「…?」
「うさぎさんは…寂しくないですか?」
「!」

少女の考えもしなかった言葉に彼はピクリ、と思わず反応を示してしまう。

白雪はそんな彼にうろうろと目線をさ迷わせるとふわりとその傷一つない手で頭の上に乗せられた彼の、鎧につつまれた手に触れる。

そして至極真面目な顔をして彼を見、口を開いた。

「知っていますか、うさぎさん」
「?」
「うさぎさんは寂しかったら、死んじゃうんですよ」
「…、」

真面目に、それこそ彼の手をキュッと握りながら一生懸命に言う少女に思わずポカン、と目に見えてわかる程に驚き目を見開く。

「お母さんが言っていました、うさぎさんはとってもとっても優しくて暖かい生き物だから」
「……」
「だから一人ぼっちになっちゃうと悲しくて寂しくて死んじゃうんだって」

お母さんが、言ってたんです…とその言葉を疑うことなく信じ手を握りしめる白雪の様子に思わずほわりと優しくなるような、微笑ましいようなそんな思いが生まれてくる。

もちろん白雪が言ったことが彼に当て嵌まるか、と言われればよくはわからない。
というより職業柄寂しいなどと考えることなど一切としてなかったし、何より周りの者たちと一癖も二癖も違う毛色である己という存在。

ほとんどの者はまずこの見た目からして己を敬遠するし、何よりいい目で見られることの方が少ない。

だからだろうか。
はじめから、この少女が目の前に座り話をしだした瞬間から感じた穏やかな気持ちは。

なんとも、心地がいい。

「だ、だからね、うさぎさん」

一生懸命言葉を伝えようとしてくる白雪に彼はゆっくりと目を細める。
体も大きく決してうさぎさんなどという可愛らしい名前が似合うような姿形ではないけれど。

少女がうさぎさんと自身を呼ぶのならもう少しそのままでいいかと、桜の木の下にいる彼は小さく思うのだ。


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