ある日久しぶりに見た外の景色に一本の薄紅色を見つけて。

「見てお母さんっ桜が咲いてー―…」

勢いよく振り向いたその先に


『あら本当、綺麗な桜ね』


「……」

キュ…と、病室のものよりも固く重い布団を無意識に握りしめた。









最初はそう、いつも一緒に寝ているはずのぬいぐるみがなかったこと。
裁縫が苦手なお母さんが一生懸命に作ってくれたぬいぐるみ。
幼いって、思われるかもしれないけれど。
子供みたいだって、笑われるかもしれないけれど。
それでも手放すことが出来なかったいびつなそれは私にとってお母さんの次に大切なもので、かけがえのない宝物で。

それが、なかった。
目が覚めたら、いつもの冷たい真っ白な病室じゃなくて。

目の前にお母さんや私と同じ目をした優しい男の人がいた。

ここはどこだろう。
私はどうしてここにいるの?
貴方は誰?お母さんは、どこ?

そんなことを思って、でもポヤポヤとした意識はそれを口にすることを拒んでいた。

しばらくして、意識がはっきりして思ったのは“あぁ、違うな”なんてこと。

よく、わからないけど。
私は私だけど、ここにいるべき私じゃないのかな、なんて思った。

どうしよう、どうすればいいのかな、わかん、ないな…
そんなことを考えて、でもしばらくしたら結局どうにかなるのかなって思ってしまう。

別に楽観的なわけではないと思う。
ただこんな風になってしまった自分よりもいの一番に考えてしまう人がいるから。
ただ、それだけだから。

「……お母、さん…」

なによりも強くて穏やかで優しい、大好きな人が。

「泣いて、ないかなぁ…」

悲しんでないかな。
またその細い体で、頑張ろうとしてないかな。
ちゃんとご飯、食べてるかな。
一人のご飯は寂しくないかな。

「…会いたい、なぁ…」

今はね、お母さん。春なんだよ。
一緒にお花見に行こうねって約束した春なの。
お母さんが言ってた通りてんとう虫さんが春を連れてきてたんだよ。
小さい体なのに、私びっくりしたんだ。

こっちではね私にお父さんが出来たの。
お母さんや私と同じ色の目をした人でね、凄く綺麗で優しい人。

“びしゃもんてん”っていう神様が大好きでいつもキラキラしてるんだよ。

それから一緒に住んでる兵士さん。
ちょっと顔は怖いけどゆっくりゆっくり優しく話しかけてくれるの。
一生懸命私が楽しくなるような話しをしてくれて、退屈なんてしないんだよ。

ね、皆優しいね。
私何も知らないのに。
何もしてあげられないのに。
凄く凄く恵まれてるなぁって思っちゃう。
幸せなんだなぁって感じる。

でもね。でもね、お母さん。

「…ぬい、ぐるみ…」

ないんだよ。
どんなに恵まれてるんだってわかってても、どんなに幸せだってわかってても。

お母さんにもらったぬいぐるみがないの。
お母さんとの繋がりがないの、それがね。

「寂しい、よぅ…」

凄く寂しいよ。凄く悲しいよ。

ここにはお母さんの写真も、ぬいぐるみも、作ってくれた小物も、何一つない。

私を証明するものとか、私自身のためになるものとか。
前の世界に生きていたことを証明するものとか、そういうものじゃなくて。

ただ、お母さんが。
手を伸ばせば握り返してくれた優しい手が。
怖い夢を見た時に抱きしめてくれたその腕が。

苦しいときに大丈夫だと包みこんでくれたその香りが。

それがないことが凄く、怖い。


『白雪』


抱きしめて、欲しいなぁ。


『白雪』


名前を呼んで、欲しいなぁ。


『ほら見て。桜が風に乗って泳いでるわ。気持ちよさそうね』


「…早く、元気になるから…」


『ね、白雪』


お花見、しようね。お母さん。



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