お母さんと同じキラキラした瞳を持つ人は“けんしん”さんと言った。

けんしんさんは女の人みたいに綺麗でお母さんみたいに優しくて、ぽわぽわしてた。

いっしょにそとにでてみますか?って言われて凄く凄く嬉しかったけど、身体が弱いから外に余りでちゃいけないんだよって言ったらとても哀しそうな顔をして。

あぁ、またやっちゃった。またこんな顔させちゃった、なんて。

お母さんと同じキラキラした瞳を持つ優しくて暖かい人をまたそんな顔にしてしまったことが酷く苦しくて。

思わずごめんなさいって言ったらけんしんさんは外にでて庭に生えている真っ白くて小さなお花を摘んでくれた。


首を傾げてたらふわりと笑って「しらゆきのようでしょう?わたしのすきなはななんですよ」とまた優しく頭を撫でてくれた。


手の中に納まる小さい花は朝露のせいかキラキラしててちょっと冷たくて。

でも花びらや色合いを見て、これけんしんさんの方が似合うなぁって言ったら、けんしんさんはクスクス笑いながらまたあの穏やかで優しい笑顔を浮かべてくれた。


そしてそんな話しをゆっくりとしていた時、けんしんさんは言った。



“わたしのむすめになってくれませんか?”


私は言った。


“どうして?”


けんしんさんは目を細めて


“あなたがいとしいからですよ”



お母さんみたいに。
お母さんが私に“大好きよ”って言ってくれるときと同じ私の大好きで落ち着ける笑顔で。


私にはじめて“お父さん”が出来た。








**一兵士Side

ここ春日山は神の住まう国として、毘沙門天のお遣いである謙信様を先に統治されている。

上杉軍といえば皆軍神とも呼ばれる誇り高く美しい謙信様のもとにと集まった者ばかりであり、仏への信仰は他軍を遥かに凌いでいるといっても過言ではないはずだ。


そしてそんな上杉軍兵全体に広まっている噂。



『謙信様が養子をとられたらしい』



仏門に身を預け毘沙門天を崇拝される謙信様に子はおらず、跡取りを他の兄弟達の子からとると言われていた矢先のこと。

兵や老中たちは皆一様にして戸惑い、困惑した。

直江様などが謙信様に直接噂の真偽を問うたものの、謙信様は口元をゆるくあげ「これもびしゃもんてんのいしです」と、その養子の方のことを考えているのか普段よりも幾分も優しく穏やかな笑みをお浮かべになっていたらしい。


そうなれば俺のような一兵士などただ時を待つのみとなる。

信じて着いて行くと決めた謙信様だからこそ、どこぞの者か分からぬ者を養子にしたという事実に酷く心配になる。

俺のような低い身分の者がそんなことを思うなどおこがましいことだとも思うが、それでもやはり一生忠誠を誓うと決めた主君の身を案じてしまうのは致し方ないことだとも思う。

だが逆に、そんな謙信様がお決めになったことだからこそその養子の方を信じたいとも思う。

謙信様のお目は確かだと確信しているからだ。
でなければ戦以外にこんなにも穏やかな日々を過ごせるわけがない。


謙信様だからこそ城に昇り足軽として前線を行くことを決めた。

家族の暮らしのため、ということもあるがやはり男に生まれたのならば一生のうちにたった一人と決めた主君に仕えたいと思うのは当然のことだろう。

たとえ一生その御目に映ることがなくても俺は俺なりにあの方に仕えたいと思う。



「いいよなぁ上の方々は。謙信様の養子の方のお姿が見れるんだろ?」



羨ましいー俺も見てぇなぁ…なんて言いながら同じように素振りをする同僚にはぁと息をつく。

まったく、この緩い野次馬精神旺盛な男が友だというのだから世の中も不思議なものだ。



「なぁお前も見たいと思わねぇ?謙信様の養子!」

「くだらないな。必要なときには知るようになるだろう。今は次の戦のために自分を鍛えあげるだけだ」

「うっわ、真面目だねぇ。戦なんていって当分ねぇだろうよ、だって見てみ。素振りしてるのだって俺とお前を含めて数える位しかいねぇ」

「それでも俺たちは上杉軍として恥にならないように日々鍛練を…」

「あーあ、見てぇなぁ養子…女かなぁ男かなぁ」

「聞け!」



はぁとさらに息をつきながら、とうとう素振りを止め座りこんだ友を無視し素振りを続ける。

いつ何時として油断なんて許されないこのご時世にこんな奴がいていいのかなんて考えながら、流れる汗もそのままに素振りを続けていれば急に崩れる体制。

いきなりのことにふらつき、何事だと引っ張られた感覚のある場所へ視線を向ければ座りこんだ友の手がおもいっきり俺の袴を握っている。

……っこの男は…!



「…っおいっ何をする「………見ろよ…」……あ…?」



友の方を向けばある一点を見つめ、その顔はまるで夢でも見ているような、信じられないというような表情で。

気付けば周りにいた者たちも皆一点を見つめア然とし、友と同じように狐にでも化かされたような顔をしている。

俺は何が起こったのかと眉を潜め訝しげに皆の視線を集めるその先に目を向けた。



ドクン―…

「……な、んだ…あれ…」



友が目を見張ったまま呟く。

俺はというと、自身の視界に納まったその姿に目を奪われたままただ呆然と動くことが出来なかった。


風に緩やかに遊ばれている肩程の綺麗でいて最高級の糸で出来たような黒髪。

庭に生えている小さな花を優しく摘んでいるであろう手は小さく、だがその肌は透けるように白い。

薄く謙信様を想像させるような色合いをもつ着物に包まれている身体は余りにも華奢で。

髪の合間から見えたその瞳は謙信様と同じ、透き通る程に美しいこの世の至宝のような、空の一番美しい蒼を切り取ったかのような瞳。


そこにいたのは、この春日山にこそ…いや、春日山のように神の加護を受けていなければ存在できるかもわからぬ程に儚く、澄んだ雰囲気を持つ雪のように白い少女。



「……な…んだろうな…」

「……」

「……俺…あんなに綺麗なもの…見たこと…ねぇ…」

「……」

「…な、みだが…でてくる…」

「……」

「……胸がつまるって…こういうことを…いう、のか…」



ボタボタと、拭うことを知らぬように流れている雫。

そんな友の様子に普段なら厳しい一言を言うのだろうが、生憎今の俺にそんな余裕はない。

何故ならその当の俺からも絶えることを知らぬように流れているからだ。

まるで胸の中から、何かが溢れるかのように。



「……だ…」

「……ぇ…」

「…三…度目…だ…」



こんなにも胸が満たされ、つまるような感覚に陥ったのは。



「…一度目は…謙信様を一生の主君にと決めた時…」

「……」

「…二…度目は…」



そう、あれは。
今のような感覚を覚えたのは。



「…毘沙門天を…お目にした時だ…」



あの胸が締め付けられるような感覚。
全てを委ね、この身の全てをさらけ出し、まるで包みこまれるようなあの息苦しくも満たされた感覚。

一流の彫り師によって体現されたその御身は、猛々しい程に美しく、この世の全てを見た気がした。

それが、今の様子に酷似している。余りにも苦しく、余りにも泣きたくなり、余りにも…



「……」

「…なんだろうな…あの子…ただの女の子、なのに…初めて…見た子なのに…」

「……」

「…すっげぇ…護りてぇ…」


よく、わかんねぇけど…


「……あぁ…」



ぐっとくたびれた着物の裾で目元を拭う。



「俺もだ」





『しらゆき…あぁ、ここにいましたか』

『父上!』

『ほら、まださむいですからこれを』

『あ、ありがとうございます』

『いいえ。…おや、それは』

『てんとう虫さんですよ』

『よくみつけましたね』

『春がね来るんです』

『はるですか?』

『はい、てんとう虫さんは春を連れてくる働き者なんですよ』

『おやおや、それは…ふふ』




謙信様とまだ幼さの残る彼の方がまるで日だまりのように微笑む。

彼の方の言葉に、謙信様が養子にされたのは彼の方なのかとまるでそれが当たり前であるように自身の中で自覚する。


謙信様と彼の方が歩き離れていけば、自然と零れる感嘆の息。

もう己の中に彼の方を疑う気持ちなど、ない。

「…俺…強くなるわ…」

「…明日は槍が降るな」

「ひでぇっ!……と、まぁ冗談は置いといて。……本気だよ」

「……」

「なんかさぁ、わかるよなぁそういうの…やっぱ謙信様の側にいるからかなぁ…」

「……」

「…消えちまいそうだよなぁ…仏様みたいに…」

「…仏の…毘沙門天の子みたい、か…」

「……触れる、なんてそれこそ畏れ多い、みたいな?…俺みたいな奴が視界に映ってもいいのかとか、思っちまったよ…」

「…俺もだ…」

「…護り…きりてぇなぁ…」

「……あぁ…」



全身全霊をかけてあの方々を護りたいと。

切に、思った―…


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