お母さんは、魔法使いだった。

細くて小さくて、でも温かくて柔らかい大好きな手で色んなものを作りだすの。

クリスマスのプレゼントには毛糸のマフラーだったね。
私が寒くないようにって言って、冷え症のせいでかじかんだ手を擦り合わせながら、私の好きな色を編みこんだふわふわのマフラーを首に巻いてくれた。

お誕生日には可愛いウサギのぬいぐるみ。
一人でも寂しくないようにって、いっぱい絆創膏のついた手で渡されたウサギはちょっといびつで。
恥ずかしそうに手を隠しながら苦笑するお母さんを見て、お母さんは縫い物が苦手なんだね、なんて初めて知るお母さんの一面に嬉しくなって。
一緒に縫い物したいって言った時のお母さんの嬉しそうな笑顔が凄く温かくてポカポカで。
胸の中のウサギをギュッと抱きしめた。


私の知らないことを知っていて、初めて見るものも知るものも全部全部お母さんが教えてくれた。

あれは何?どうして鳥は空を飛べるの?
どうして雲は空を浮かんでるのかな?

どうして雪は降るの?
どうして虹はかかるのかな?

何も知らない私が口にすればお母さんはそうねぇと微笑みながら教えてくれるの。

あれはね、太陽。
鳥が空を飛べるのは空が大好きだから。

雲が空を浮かんでいるのは…きっとお散歩が好きなのね。

雪が降るのは空が優しい気持ちになるから、それを皆におすそ分けしてるのよ。

虹がかかるのは道しるべ。虹の足跡にはね、幸せが詰まっているのよ。




お母さんは魔法使い。
私の知らないことを知っていて、でもちょっとお裁縫は苦手。
でも頑張り屋さんで私と一緒に笑ってくれるの。

世界で1番、大好きで大切で。
ずっと一緒にいたい、人―…






* * *




社から連れ帰り布団に寝かせたまだ幼さの残る少女。

手足についた多少の汚れを自らが拭いた後傍らに座り、その柔らかく指通りのよい髪を優しく空いてやる。

幼子のような白く柔らかい頬を手の甲で撫でてやればふっ…と気付いたように開かれる瞳。

その瞳はポヤポヤとしていて焦点が定まっておらず、まるで本当の幼子のようだと柔らかく目を細めた。


「きづきましたか?」


ゆっくりと怯えさせないように声を紡げば少女は初めてこちらの存在に気付いたというような緩慢な動きで首を動かし、ポヤポヤとした表情のまま何の警戒もなくこちらを見つめる。薄く開かれた瞼から除いた自身と同じ氷の色をした瞳に、謙信は軽く目を見開いた。


「……だれ…?」


少女の小さく、だが落ち着く声音に再びゆっくりと髪を空いてやりながら目を細めれば、少女は首を傾げながらもその手の感触に気持ちよさそうに頭を預ける。
その何の疑いもない、真っさらな幼子のような反応をする少女に謙信はゆるりと口角をあげた。


「わたくしはけんしん。うえすぎ、けんしん。あなたのなまえは?」

「…けん、しん…?」

「はい」

「…私…私は、白雪…東雲白雪、です」


はじめまして…と覚束ない口乗りでふわふわと名前を口にする少女…白雪。

苗字を名乗ることにも名前を名乗ることにも一切の警戒も抵抗もないような少女に、こちらの方が少し心配になりながらも謙信は優しげな面持ちのまま少女の言葉にはじめまして、と返した。


と、ふと白雪が大きめなとろんとした瞳を自身に向けていることに気付く。
謙信はそんな白雪に目を細め柔らかく口を開いた。


「どうしました?」

「……目が…」

「め?」

「お母さんの目と、同じだ…」


凄く優しくてキラキラしてる…


「貴方もきっと魔法使いなのね」


お母さんと、一緒だもの。
そう言い、小さくゆっくりと蕾が開くように微笑む白雪に謙信は目を見張る。
そしてなおも頭を寄せふわふわと笑みを浮かべている白雪に、謙信は穏やかな風が吹き抜けるかのように胸のあたりがふわりと温かくなる気がした。


「…まほうつかいとはなんですか?」

「魔法使い…?魔法使いはね…、お母さん」

「はは、ですか?」

「そう、私の知らないことをたくさん知っていて…私が寂しくないように、て縫いぐるみをくれたの」


お裁縫がちょっと苦手だから手をいっぱい怪我しちゃうんだ…。
ふわり、ふわりと小さな声で目を細め歌うように言葉を紡ぎながら話す白雪の表情は酷く穏やかで。

謙信は自然とつられるように微笑みその言葉に耳を傾ける。


「お母さんもね、目が黒じゃないの…私とおそろいなんだよ」


貴方も、一緒だね…。
キラキラしてて、まるで…


「お空、みたい」


まるで譫言のように言われているはずの言葉。
だが、その少女の雰囲気のせいか、はたまたただ単に謙信の性格ゆえか。

普通の人が聞いたらよくわからないような会話でも、それはやはりどこか穏やかで。

なんと美しい心を持つ少女だろうかと、謙信は流れるゆるやかな時にしっとりと身を任せた。


「そうですか…。あなたは『はは』がすきなのですね」

「お母、さん…?うん…。好き…でも違う」

「?それは…?」

「お母さんは…大切な人」


「私の1番、大切な人、だよ…」


私の魔法使いで、魔法使いは私のお母さん。

ふふ…と笑う白雪に謙信は軽く目を見開くも、ふ…と口角をあげその瞳に優しさを写す。

何の恥ずかし気もなく素直に、そして心の底から言われたその言葉にまるで自身に言われたような温かさを覚える。


「(まるで…ひとのこころをあつめたようなしょうじょ…びしゃもんてんよ…)」


雪のように儚くけれど優しさを身に纏うようにして微笑む少女はもしかしたら神が自身に預けられた愛子なのかもしれない。


「(あなたはこのしょうじょをあいしているのですね…)」


謙信は目の前でふわりと微笑む少女にゆるりとその瞳に見守るような愛しさを乗せ、その小さな手を包みこんだ。


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