「輿入れ、でございますか…?」

上座に一人、いつもはその相貌に相応しい、威風堂々とした雰囲気をただよわせている《父》が、眉を寄せ不本意だという感情を顕にし、眉間に皺を寄せ手に持つ扇子を開いては閉じ開いては閉じと落ち着かない様子で動かす。
そんな《父》の前で《私》は高価であろう上品な着物に負けぬよう姿勢を正し前を見据える。戸惑いを含んだためか震え躓いたような言葉を吐き出しながらも、ソワソワと落ち着きのない内心を鎮めるようにキュ、と皺一つない着物の裾を握り絞めた。


はじめまして皆さん。《私》の名前は白仁。前世と言われる記憶を持ち転生した普通とはお世辞にも言えない経験をもってこの世に生を受けた者です。
前世の姿であったその人の名は《千春》。《彼》は特別何かに秀でていた、だとか超能力があっただとかそんなことはない、大勢の人の中に紛れてしまえば目立つことのない、何処にでもいそうな普通の学生でした。

ただ《彼》は、先天性の虚弱体質により体が大変弱く、病院と薬が最大のお友達だったというちょっと普通とは違う所もあって。
特に不満などはなかったけれど、欲を言うならば走り回れる位には元気でいたかったと思うことはくあった気がする。
でも優しい母と穏やかな父、下に仲の良い双子の弟を持っていた《彼》は確かにそんな己の人生に満足していたし、虚弱な体に悲観する事なく寧ろ受け入れていて、本当に幸せだななんて思える人生を送っていたのです。

あるとき《彼》は大学の工場見学にて、何の気まぐれかそう簡単に起こる筈でもないであろう稀有な出来事、工場の爆発事故というものに運悪く共に見学に来ていた学生たちと一緒に巻き込まれ惜しくも22年という短い生涯を終えた。
病院の清楚なベッドの上で家族に見守られて穏やかに死に逝くなんていう人生を頭の中で描いていた《彼》にとってその事故はあまりにも予想外のことで、死ぬ瞬間には絶望やら恐怖やらなんていう感情よりただただ驚愕というものが遥かに上回っていたことをよく覚えている。

そして何の因果か、何の必然か。どこかへ引っ張られるような吸い込まれるような奇妙な感覚を《彼》の脳という部分が感じた瞬間にはもう始まっていたのです。
第二の人生。《女》という自分。伊達家なんていう時代錯誤もはなただしい、過去と言われていた時代での姫である白仁という名の人生が。

初めて《外》という世界に投げたされた時は肌に纏わりついていた温かい何かが流れていく感覚がとにかく奇妙で、不安で、息苦しくて。
同時に《肌》が感じた余りにも冷たい物理的な空気に寒い、寒いとただ体を震わせて。
なぜ自分がそんな気持ちになるのか。なぜこんな感覚を味わっているのか、理解をする余裕なんてものは何一つ《俺》の中にはなくて。
生まれ変わってるなんて現実に頭が着いて行かなかったというのもあったけれど、何より死んだという事実さえわかってなかった《俺》にそんなことを理解しろということが無理なことで。

滅茶苦茶に、がむしゃらに。周りなんて関係無しにおもいっきり泣き叫びたいという訳のわからない衝動のままそれをしようとも《俺》の《体》であろうものは何故か動かすことも出来ず。
周りにいる女性達が焦って《私》の体を揺すったり叩いたり(まさかこの歳でお尻を叩かれるなんて…)しているのを混乱で殆ど機能していないぼんやりとした意識で感じていれば、一瞬の大きな衝撃で何かがお尻の辺りから脳天へと駆け抜ける感覚。と同時に途端に何かを吐き出したかと思えば代わりのように勢いよく入りこんでくる大量の空気、と喉がヒリヒリする程に出てくる《俺》の嬌声。
女の人たちがホッと安心したように泣き出すのを感じ、尚も無意識にでてくる喉を痛めつけるかのような嬌声に《俺》息してなかったのか、なんて。
泣き叫びながら、涙を零しながら、恐怖とか不安とか寂しさ、虚しさとか溢れて止まらない感情たちを巻き込みながら。
そんなぐちゃぐちゃな感情を喚き散らしながら、《俺》基《彼》の意識は一度ブチリ、と音を立て途切れた。


それから二年後。再び《私》の中で《彼》の意識が覚醒し、《彼》は《私》になったのだと認識した。
どうやら前世の《彼》の記憶を持ったまま転生なんてものを成し遂げてしまったらしい《私》は記憶と共に虚弱体質というものまで引き連れて来てしまったようで。

人格というか、性格というか。物心が付き周りの環境に触発され始めるなんていう時期に入る前に記憶を蘇らせてしまったためか、周りの影響を受ける前に形成されていた《彼》であったときの性質が変わるということもなく。
そのせいで体質に対して特に悲観することなく、転生しても時代が変わっただけならまだやっていけるのでは?と高を括ってみたのだが、それが悪かったのか意識を取り戻し自身の現状を確認したときそれはもう唖然とした。

まあ簡単に、結論だけを言ってしまうのならば男にあったモノが無くなって、無かったものがついた、ということだろうか。
字のごとく、本当に体から血の気が引くという感覚を覚えたのは《彼》であったときから数えても初めてのことで。

どうせ転生するなら性別も男のままでいいじゃないか…!と無駄に思ってもみたけれどそれももう後の祭。生まれてしまった時点で今更性別が変わるなんてことは有り得ない。

現代だったなら性別を変えるという行為も出来たかもしれないけれど、流石にソレを医学がそれ程発達していないこの時代の医師に言うのも無理な話であるからして。
生まれてしまったものはしょうがない、そういう運命だったのだろうと性別のことは早々に割り切って《私》はただ女体に慣れることだけを目標に幼少期を過ごした。

「姫様今日のお着物は如何ですか?」
「今日の髪型は」
「紅の色は」
「飾りは」


ただ《彼》がふと思いたったのは、自身がいったいどんな外見をしているのだろう、というもの。
生前から薬を多く服用し、太陽の下にもあまりでることのなかった《彼》はとても華奢…はっきりと言えば軟弱であったと自覚していた。色素も薬の副作用のせいか段々と薄くなっていたし、それこそ普通とはかけ離れていたと思う。

けど今は確かに軟弱であろうけれど、薬を服用していないせいか見る限りでは色素や何かに変化はない。
そのことについては《彼》基《俺》は少なからず喜んでいた。

「姫様の御髪はお綺麗ですね」
「姫様は淡い桜色がよく映えますわ」


そして、そこで気になるのはやっぱり容姿というもの。好奇心や関心というものを人並みには持っている《彼》もやはり自分の顔、しかも女性になってしまったという点で少なからず興味があって。

でも実際に女中から手渡された水桶に映った自身を見て思ったのは美しい綺麗だ不細工だという容姿の造形よりも、なんと幸の薄そうな顔なんだろうか、ということ。

「(目、垂れ目だ)」

容姿に関しては此方が唖然としてしまう程に、まるでキラキラ光が周りに見えるような美しい顔をもつ伊達家当主伊達輝宗と最上の義姫を両親に持つこの時代の私。
親からの遺伝子を信じるのならば私の容姿としてもそれなりに見れる顔であるのだろうと余り気にはしていない。

「(…日本人の顔だよね)」

私のなけなしの美的センスは《彼》であったときもそうだったけれど、どこかずれていると言われたことがある。
人並みに地平線に隠れる夕日が美しいだとか、一面のお花畑が綺麗だとか感じることは出来るはずなのだけれど、それはきっと美的センスというより感性なのだろうな、とか。
まあそんなことを考えてみても結局はお化粧も着替えも何もかも、姫となった私は全てきにかけなくても周りがこと細かに世話をしてくれているために気にする必要がない。
もともと容姿や物事に頓着をしない性格のためなんだろうけれど、とりあえずは日本人から逸脱していない黒髪黒目に安心して印象だけにとどまるのだ。



繋がりの中に生まれた私


(男だった俺は)
(お姫様になったのです)




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