side 梅


私は伊達に仕えるしがない女中、名を梅(うめ)と言い、齢(よわい)はもうすぐ8つとなります。
私のお家は他の女中の方々とは違い武家という由緒正しいものではなく、とても卑しい身分と言える程に下位に位置します。
そんな私が今この場にお仕え出来ているのは一重にこの城の主、伊達輝宗様がそれはそれは偉大で素晴らしい方であるからに過ぎません。
だって、こんな私のような卑しい者なぞをお城に召しあげて下さり、奉公させて下さるのですもの!

勿論、女中としての仕事はそれはそれは大変なものです。
朝は鶏よりも早く起きねばいけませんし、かといって夜もそこまで早く寝られるわけではありません。
年が幼いからと贔屓にされることもございませんし、逆に手足の短さは仕事を遅らせ手間取らせる原因となってしまうので早く成長したいくらいです。

だから上手くは言えませんが、私は今のこの生活にとてもとても感謝してもしきれない位に満足していたのです。
家族と離れてしまい寂しいと思うことも勿論ありましたが、女中頭の初子(はつね)様は厳しいものの頑張れば小さく微笑み誉めて下さります。それはまるで離れてしまったおっかさんのようでとても心がポカポカと温かくなるのです。
他の女中の方々も小さくなったお着物を着せて下さいますし、ご飯もとても素晴らしいものを頂けます。
私が頑張れば頑張る程に貯まる些細な銭でもおっかさんやおっとさん、まだ乳飲み子の弟はとても喜んでくれるのです。

そんな私はとてもとても恵まれてて、これ以上幸せだったら罰があたるんじゃないかといつもぶるぶると震えてしまいます。
でも私は今まであった嬉しいことが全てふき飛んでしまう程に幸せなことがこの世にあることを知りました!

「わたくし、ですか…?」

それは女中頭の初子様に呼ばれ私なんぞが立ち入ることすらおこがましい城の奥、離れに位置する場所へお連れ頂いたときのことでした。

この離れという奥まった場所へお住まいになっているのはこのお城の姫様、名を白仁様と申します。
私ごときがお名前を唇にのせることすら戸惑われる程に高貴な方なのですが、実際に姿を見たことがあるのは女中の中でも初子様を含むかなり高位な方々のみです。
ですから私自身姫様のことは先の女中の方々からのお話でしか知らないのですが…。

曰く、姫様はとても儚げな美しい方である。
曰く、姫様はとても慈悲深く春のような方である。
曰く、お嫁ぎされないのはお身体が大変弱くいらっしゃるからだ。

私のような者が一度は憧れる姫様という存在、拝見したこともない姫様のそのお噂はまるで夢をそのまますっぽりと当てはめてしまったように理想のままで私の胸はドキドキと煩く鳴り響いておりました。
そして初子様に導かれ離れのある一室に訪れた際、私自身これが本当に現の出来事なのかと思う程のに衝撃を受けたのです。

「えぇ、是非あなたをどうかと思って」

姫様…白仁様はお噂に違わぬ程に美しいお人でした。
パッと華がある、というような義姫様のような美しさではないのです。(勿論義姫様のご尊顔をはっきりとご拝見させて頂いたわけではありません)
ですがその白磁のような滑らかなお肌も、まるで最高級な絹糸のように流れるお髪も柔らかく細められる優しい色の滲むその瞳も。
まるで春と言ったものを具現したような、そんな雰囲気を持つ美しい人。

「白仁様はお前の普段の働きをよく見かけお声をおかけ下さったのです」
「わ、たくしの働き、を…?」
「そうです、ですからもっとはっきりとお返事をなさい」

白仁様の御前ですよ、と初子様の厳しめの声音にハッと呆然と固まっていた身体を叱咤し背筋をピンっとはる。
私としたことが…!こんな、こんな高貴な方、ましてや私のような者が一生のうちにお目にかかれることすらないであろうお方とお顔どころかお言葉を交わして頂けているというのになんという失態を…!
そんな考えがグルグルと脳内を支配して、けれどまるで言い訳のようにっでも、でも…!と言った言葉が熱くなる頬とともに身体中を駆け巡る。

「そう言わないで初子、私と彼女は初対面なんだもの」

緊張だってするわ、という柔らかく穏やかな声音にまたもやぶわわと顔が赤くなっていく。

「それで…お梅ちゃん、でいいかな」
「!!!お、おおおお梅とお呼びく、くだひゃ…!」

思わず呼ばれた自身の名前に口が回らずなんとも情けない言葉が生まれ恥ずかしさの余りギュッと自身の着物を握りしめる。
初子様にしっかりなさいと言ったようにため息をつかれ余りの情けなさにくっと涙が溢れそうになった。

「…そんなに緊張しなくていいわ」

と、そんな酷い状態の私に対して姫様は呆れることも苛立ちを見せることもなくただその優しく穏やかな声音のままふわり、と固く握りしめている私の拳の上からそのお綺麗なお手を重ねる。
その衝撃的な事実に私の頬にカッと熱がどんどん溜まっていくのがわかった。

「あなたが嫌なら無理は言わないわ。あなたはまだ幼いし、私とともに行くということは二度とご両親に会えないということだもの」
「ひ、めさま…」
「よく考えて。あなたがどんな答えでもあなたのお家が悪くなることもあなた自身の立場が悪くなることもないわ」

だってこれは私の我が儘ですもの。
そう言って優しく私の頭を撫でて下さる白仁様の手になんとも言えぬ暖かさを感じる。まるでおっかさんに撫でられてるときみたいに温かくて、それでいてむず痒いような、気恥ずかしいような。
本当に《美しい人》だ。外見とかそんなんではなくて、ただ本当に《美しい人》。白仁様はまるで仏様みたいに優しい、《美しい人》なんだ。

「わたくし、ついて行きます。行かせて下さいませ、姫様」
「お梅ちゃん…」
「お梅とお呼び下さい、白仁、様」
「!、うん、ありがとう、お梅」

噂で聞いただけの、姫様の輿入れ。何とめでたいことだと皆浮き足だって、勿論私も会ったことはないけれど姫様のことを精一杯祝福していました。
でも姫様の身の回りを世話をする者を連れて行くという話を女中の方々が噂されていたとき、当然のごとく初子様がお共されると思い私自身の可能性なんて万が一つも考えてなんかいなかったのです。
だって私は末端の末端。本当に下位の下位に位置するもので姫様とは月とすっぽんもいい所。

だから本当は一瞬、本当に一瞬ですが断ろうとも思ったんです。私なんかでは能力不足だと。でも――…。

「あなたが嫌なら無理は言わないわ。あなたはまだ幼いし、私とともに行くということは二度とご両親に会えないということだもの」

白仁様の言葉で、思ったんです。
両親に会えないなんて、そんなの白仁様だって同じじゃないですか。白仁様だって輝宗様と義姫様、弟君の梵天丸様とお離れになり単身顔も知らぬ殿方に嫁ぎにいかれるではないですか。

それなのに貴女は、貴女様は私なんぞのご心配をなさるのですか。
それは、それはとてもとても嬉しいことですが同時にとてもとても悲しいことでは、ないですか。

だから私はついていくのです。お城に召しあげられ仕事を与えられ、食事を与えられ銭を与えられ。
こんなに幸せなことのなかにそれ以上に幸せなことを与えられました。

本当に私でいいのでしょうか、本当に年端もいかぬ未熟な私が姫様のお供をしてもいいのでしょうか。
思うことはいっぱいあります。いっぱいいっぱい不安なこともあります。

でもこの優しく穏やかな人を守りたいと私の心が叫ぶのです。
だってこんなに優しい人なんです。こんなに温かくて《美しい人》なんです。

「…――そうと決まればお梅、時間はありません。白仁様の御名に恥じぬよう残された間ビシビシと扱きますよ」
「はい!」

私は、なんて幸せものなのでしょう。



人はそれを安らぎというのです


(私は)
(この方のために生きよう)




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