時というものは無情にも早く、それはもう師走もビックリな速さで過ぎていくもので。

「姉上、このお着物は?」
「これは…持っていきたいけど置いていこうかな」
「置いていっちゃうの?」
「えぇ、そんなに持っていっても馬が疲れるだけだからね」

ふぅん、と鮮やかな青色の着物を眺める小さな頭にふふ、と目を細める。
あの後、二人へと輿入れの話をした後。その日の午後には父上のもとに家臣の皆さんが集められ私の輿入れの話が広められた。
余りにも急なことに殆どの家臣さんは口が塞がらず、呆然とした後各々が大絶叫も大絶叫。

「やっと、やっと子離れをする気になりましたか殿…!」
「姫様の白無垢…!美しいんだろうなぁ」
「うあああ!俺たちの姫様がああ!癒しがあああ!」
「おい誰がお前の白仁だぶった斬るぞコラアアア!!」

…、。暫く阿鼻叫喚の状態が続いたと聞いた。フレンドリーな家臣たちでいまいち緊張にかけていたとも。
よくわからないけれど、普通姫の輿入れ時には家臣と当主が集まって相談し、それから当事者…私のような者に話が流れてくるはずなのだそうだ。
どうやら父上は家臣の皆さんに話をすることも相談をすることもせずに真っ先に私の意思を聞き、私が周りの意見に流されないように取り計らってくれたらしい。
その事実を梵天丸の乳母である喜多に聞いたとき何処までも娘思いで、私の前ではいつでも父親であろうとしてくれる父上に、本当に私は恵まれた方のもとに産まれたのだと改めて感じたのだ。

「ねぇ姉上、このお着物貰ってもいい?」
「え?いいけど…これ女物だよ?梵ちゃん」
「いぇす!大丈夫!」
「そう?」

あの日から梵ちゃん…梵天丸はあの言葉を実行しようとしているのか前に比べ断然逞しくなった。それは肉体的にも精神的にも。
いつもいつも部屋に籠りっぱなしだったことも今では嘘のようで、日がな日がな小十郎に稽古をつけて貰っている毎日である。
最近は刀(もちろん稽古用の木のものだ)一本では小十郎に勝てないと思ったのか刀を二本に。そしてそれでも勝てないと今度は刀を三本にして稽古をしている。
流石に小十郎も本数を増やせば勝てるんじゃないかと思っている梵ちゃんを見て顔がひきつってるように見えた。お姉ちゃんは梵ちゃんの将来がちょっと心配だよ。

「あ!姉上!俺新しい南蛮語を覚えたんだよ!」
「あら、どんなの?」
「えっとね、くーるってやつ!」
「それはどんな意味か姉上に教えて欲しいな」
「えっとね、えっとね!最高にかっこいいって意味なんだよ!」

キラキラとその隻眼を輝かせる梵ちゃんにふっと眉尻を緩める。
あれから変わったことと言えばもう1つ、このように梵ちゃんが南蛮語を覚え始めたことだろうか。
南蛮語、この時代では確か英語よりもオランダ語のようなものの方が南蛮語としては主流だったような気がしないでもないのだがどうなのだろうか。
まぁそれは置いといて、梵ちゃんが話している南蛮語、平成の世では所詮英語と呼ばれていたものである。

元々好奇心旺盛な梵ちゃんはあの後稽古のことも含め父上に南蛮語の勉強をしたいといい出たのだ。もちろんそんな愛息子の今までにない前向きな姿勢に父上は大変喜び手元にあった南蛮書物を梵ちゃんへと託した。
平成の世のものとは違い曖昧なものも多く難しい南蛮書物をそれでも梵ちゃんは楽しそうに読み、覚えたであろうことを先ほどのように嬉しそうに教えてくれる。

勿論前世の記憶の中には最低限の英語力(それでもこの時代にとっては莫大な)というものが備わっているためある程度でなら教えることも出来るのだろう。でも今生きている《私》は今までの人生の中で南蛮語どころか南蛮について詳しく聞いたこともない。父上と軽く雑談をした際軽く聞いた程度だ。
だからわかることであっても《白仁》は知らないままでいなければならない。
まぁそのことを抜きにしても、目の前で一生懸命に新しい知識を教えてくれている梵ちゃんのことを思えば話を聞いてあげたいと思ってしまうのだけれど。

「あら、なら梵ちゃんも大きくなったら《くーる》にならなきゃいけないね」
「うん!俺絶対《くーる》になって姉上に会いに行くから!」
「ふふ、楽しみにしてるね」

ニコニコと青い着物を握りしめ笑顔を見せる梵ちゃんはお世辞抜きで本当に可愛い。だが先程の英語のチョイスや、ちょくちょく会話の途中で単語を挟むのはまだ幼く舌足らずであるからこそ許せるものの、大きくなり発音が頗るよくなった際のことを考えるとちょっと複雑な気分になってしまう。
現に小十郎はことあるごとに単語を挟むようになった梵ちゃんを見て今度は胃の辺りをよく擦るようになった。よくも悪くも小十郎を悩ませるのは今までもこれまでも梵ちゃんだけなのだろう。小十郎の将来のことももちろん心配だ。多分…というよりも確実に梵ちゃんはこれから小十郎に多大な心配をかけてしまうのだろう。
でもそれでもきっと小十郎は梵ちゃんの側を離れることはない。それは梵ちゃんも同じこと。この二人はどんな所にも負けない最高の主従になってくれると思う。

そしてもう一つ。そんな梵ちゃんの成長を見ているとことあるごとに前世の記憶というものの中からあるものが思い出されることに気付いた。
それはゲームと言われていたもので、確か主人公格の人物が梵ちゃんのように南蛮語を話し刀を確か…。

「あ、小十郎との稽古の時間だ」
「あら、じゃあ早く行かないと小十郎が待ちくたびれちゃうね」
「うん、でも…」
「姉上のことは心配しないでいいのよ。梵ちゃんは強くなるって決めたんでしょう?」
「、うん!」
「ふふ、なら早く行かないと。ね?」
「うん!姉上っ稽古終わったらまた来るからね!」
「はいはい、早く行っていらっしゃい」

絶対来るからねーっと元気に道場の方へと駆けていく梵ちゃんに微笑ましいというように頬が緩む。

「小十郎っ早くやるよ!」
「…、梵天丸様、それは…」
「?三本じゃ勝てなかったから今日は四本!」
「……、梵天丸様」
「何してんの小十郎、早くやるよ!れっつぱーりぃー!」
「…、(はぁ…)」


風に乗って流れて来たであろう二人の声に納得、というように苦笑を浮かべる。

「(ここ、BASARAの世界かぁ)」

そうか、これ俗にいう転生トリップだったんだ、とか。そんなことを思いながら、特に乱れも荒れもしない穏やかな心情にふ、と笑みを溢す。

「(きっと大丈夫)」

己の人生を悲観するよりも何より、逞しく美しい真っ直ぐな青年になるであろう可愛い弟の未来を楽しみだと思ってしまう私がいる。きっとそれは姉として家族として、大切なあの子があの子なりに前を見ようとしてくれているということが、何よりも嬉しいのだ。

「っぅあっ」
「、梵天丸様」
「やっぱり四本じゃ無理か…小十郎!明日は五本でやるぞ!」
「(えぇえぇ)」


「…、」

ただ、着々と未来をたどる弟にちょっと心配になることも事実なのだけれど。



花が綻ぶ、それを見るため


(うん)
(楽しそうだなぁ)





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