そしてそれからさらに月日は流れ、私は今21歳。
女性としての仕草や生活、自身の体にも悲しいかな抵抗がない程には慣れ、戦国時代の一国の姫としてこの伊達家で日々を過ごしている。

前世で生きていた頃の体、生物学上男性と判断されていた時もそれ程大きい方ではなかったけれど、今世の女性の体はその時よりも一層小さく華奢で。
虚弱体質という嬉しくない体質も手伝ってか腕は直ぐにでも折れるんじゃないかってぐらい細い今の私。部屋から滅多に出ないために日に焼けるということを知らない真っ白な肌。一言で言えば軟弱、まさにモヤシもいいところ。

同じ女性であるはずの女中さんや侍女さんたちの腕と比べてみても私の腕はひょろんとしていて、筋トレとまではいかなくとも少々力をつけた方がいいのではないかと思う今日この頃。
このままじゃ骨粗鬆症なんて簡単になりそう、いやその前にポックリ逝きそうだなんて冗談ではない冗談を言ってみたり。

「箸より重いものなんて持てないわ〜、だって私か弱いんだもの!」

なんて誰が考えたかわからないようなフレーズもあるけれど、私自身馬鹿に出来ないから深刻だ。
一度庭師の方の手伝いをしようと鋤を手にした際それを持ち運べなかった時、元男として本気でショックを受けたのは記憶に新しい。
ちょっと持ち上げただけでふらついた自身に慌てて庭師の人が駆けつけてくれたものの、その時のショックで精神年齢40代の叔父さんはマジ泣きしそうな内心を慰めるのに必死で。
まぁそのせいでやはり引きこもりはいけないと1日のうちに散歩と称した運動をする時間を確保したのだけれど。

「あちらから是非!ってな…何でも息子の嫁にと当主直々のお話だ」
「直々、ですか…」

この時代の普通の姫といえば皆14、5の頃(早くて10歳程)には直ぐに嫁ぐものだ。
武家の姫という立場では好いた者と一緒になれるなんてことまず皆無に等しく、お家の為ならどんなに歳が離れていようとも同盟の契りの証として、政治の道具として、人質として嫁がされる。
そこに己の意思はなく、どんなに好いた者がいたとしてもお上の決めたことに逆らうなんてことは出来るわけもなくて。
有力な城主に仕え立派な跡取りを残し、子孫を繁栄させるための悪くいえば子を産むための生産道具。優秀で跡取りに相応しい子供を産まなければ一族最大の恥とされる。
今の私は俗にいう結婚適齢期というものを逃したとされる年齢であり、この歳で直々に、という御達しは実に珍しい。
もちろん今までにもそういうお話は上がったこともあったけれど、私自身前世の体質をそのまま受け継いでしまったために、医療の発達していないこの時代ではことあるごとに発作を起こすわ風邪を引くわ床から出られなくなるわなんていう問題持ちの、言うなれば欠陥品。
御世継ぎとしての丈夫な子供を産むことが姫の絶対条件であるこの世の中で、子供を産むことが出来るかすらもわからない私を嫁に欲しいだなんて、なんて奇特な人なのだろうか。

そして何より私自身気にしてしまうのが、私の意識の中に22年間男性として生きていた記憶がきっちりとあるということ。
数字に記してしまえば22年なんて大した年じゃないなんて思うけれど、実際の所その記憶は本当に色んな所で私に抵抗を植え付けていることは確かなことで。
その中でも重要なことがお世継ぎ、これに限る。お世継ぎを作る=子供を産むということは要するにその、他の見知らぬ男性とごにょごにょというか、そういうことをする必要があるわけで。

内心、男性とそういうことをするというのにはやはりかなりの抵抗感を感じてしまう。ましてや自分が受け入れる立場なだけに心情的な悩みは深刻だろう。
しかも今は(いや前世もだけど)普通の女性と比べても力なんてものがまるでない、非力…いや、皆無に等しいと言われても過言ではないのだ。

戦国時代といえば現代の男性なんて目じゃないくらいに力を付けている筈だし、もし無理矢理…はないだろうけれど、政略結婚を目的にしているのなら手痛くされることも可能性としてはあり得なくはない。泣きたい程に貧弱で軟弱で脆弱な今の私のこの体では、小さな事でもいとも簡単に壊れてしまう。

そして悲しいことに同じ女性であるはずの侍女さんたちにでさえ

「姫様は私どもがお守り致しますわ!」
「男衆なんぞに姫様をお任せなど出来るものですか!」
「殿方に触られでもしたら姫様のお綺麗な肌に傷がついてしまわれます!」

なんて守ります宣言をされてしまう始末。この時ももちろん元男として女性に守られてるなんて、と内心号泣だったわけなんだけれど。

何より人は自分より大きく力のあるものには必ずと言っていい程恐怖心というものを持ってしまう。
男であった時の精神を持っている分、普通の女性よりその対象は幾分か和らぐだろうけれど、平和の世界に生きていた現代っ子の肝の大きさなんて知れたこと。
顔見知りだとしても刀を持った人と擦れ違う度にこの世界は自分の以前生きていた時代とは違うのだと認識し、多少ながらも内心ひやひやしながら暮らしていたりするのに、見知らぬ人の前に出ればいったいどうなることか想像にたやすい。

「(けれど…)」

へな、と下がっているであろう眉を自覚しながらもだからこそと自身の言い訳染みた言葉の羅列を払拭しようとする。
だって、でも、だから…、。いつもいつもそんな言い訳がましいものを自分の中で語りながら自分を正当化して、結局この歳までだらだらと婚期を逃し家をでれずに伊達の名に泥を塗って来たのだ。

何の役にもたたない私が何不自由なくこの今の生活を甘受しのうのうと生きていながら、体が弱いというだけでそれこそ腫れ物のように丁寧に丁寧に扱われる。まるでそれは肌触りのいいまっさらで柔らかな綿で包みこまれているかのように。

父上は優しい人だから。いくら私が嫁に出ることが出来なくてもまたあのニヒルな笑みを浮かべて気にするなと頭を撫でてくれるのだろう。
本来ならば婚儀の話など姫の意思など関係なしに決まり姫はただその指示に従うだけであるはずなのに、この目の前にいる優しい人は最後まで私の意思を、姫としてではなく一人の人間としての意思を尊重してくれている。
ここで私が嫌だと答えれば父上はそれこそ容赦なく先方に断りの返事を送りつけるだろう。どんなに大事な相手でも最後まで一人の親として娘の気持ちを聞いてくれる。耳を傾けてくれる。
城主としては世間体的にはダメなのかもしれないけれど。一人の親として、父親として、私はなんて恵まれた人の所へ生まれてきたのだろうか。

「父上…」

だったら。

「そのお話、お受け致します」

だったら私は私を思ってくれる貴方の為に強くなろう。覚悟を決めよう。

「お返事を、お願い致します」

私は伊達の姫だから。体が弱くて、何も役に立てない半端な存在だけれど。
大好きで、大切で。私を心から思ってくれる大切にしてくれる貴方の一人の娘として。後世にまで名を残す程に偉大なこの伊達家の、子を大切にしてくれる優しき貴方の娘だから。

一歩を、踏み出さなきゃいけないんだ。



継がれ行くその名が廃れぬように
(苦とは思わない)
(貴方が笑顔でいてくれるなら)



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