《俺》が死んで感情という混濁する渦の中で喚き嘆きどうしようもない虚無感に襲われていた頃からどの位たったのか。
次に《僕》が《俺》の意識を取り戻したのはやっとのことで物心というモノがつきはじめた頃だったと思う。現代で言えば2歳、3歳の頃くらいのことだろうか。

それまではそれこそ記憶も何もない、正真正銘そこに存在する《清人丸》という一つであったから。
ある時から急に訪れた頭の中の不快感に初めの頃は当然ながら慣れるなんてことは出来なくて。
まるで走馬灯のようにわけのわからない他人とも言える記憶が映像のように流れていくことに小さいながらも少しずつ自我を持っていた《僕》の体は、精神的な負荷がかかりすぎたのか呼吸困難になってみたり高熱を出し何日も寝込んでしまったりと、城中を巻き込み大きな騒ぎをおこすことが多々あった。

そしてそんな事を度々起こし遂には床から出ることを禁止されるようになってしまっていた頃、完全に《過去世》《前世》と言われる時代の記憶を思いだした僕基俺は、初めて自分のいる立場や状況を知ることになった。

はっきりと簡潔に言ってしまえば、んな阿呆なッ!なんて芸人並のテンションとノリで誰彼構わずに突っ込みたいことこの上ない程に、改めて目覚め知った現実という事実にとてつもない目眩を覚えた。
そしてその時はその時でこれまた見事に四日間熱に浮かされ床から出ることが叶わなくなるのだけれど、まあそれは置いておいて。

普通生まれ変わる、だとか転生する、なんていう時は個人的な考えでは自分の生きていた時代よりも未来に行くものだということを安易にも俺は想像していたのだ。
だがそんなことを考えていた《俺》が《僕》として生まれたのは歴史では知らない者はいない、又は名前ならば一度位は聞いたことがあるであろうかの有名な独眼竜、伊達政宗が生まれ育った伊達家。
父に城主である伊達輝宗を、母に最上の義姫を持つ僕は伊達家当主の第一の男子。…うん、兄なんだよね。後に当主となる伊達政宗の。

もちろん可能性として自分が伊達政宗という人物のポジションでは、という大変自意識過剰でいて何よりも重大な考えも万が一を考慮した上で思案したがそれならば歴史的に《梵天丸》という名前が残るのは可笑しいという事実へと辿り着いた。

自身の名前は間違いなく《清人丸》と言いきっとこれからも名前が変わるなどということはまずないだろう。幼名というものを何個か持ち様々な名で呼ばれていたという例もあるけれど、今の所自身にそういう傾向は見られない。
だからきっと両親の年齢からも考えて政宗という人物の兄であろう、と自分の立場を勝手ながら位置づけた。

現代人にとって自分のいる立ち位置が不安定であること以上に恐怖するものはないのでは、とまで考えてしまっている今、そう無理矢理にでもこじつけなければ今の《俺》を《僕》として保つことはなかなかに息苦しいものであったのだ。

そんな普段意識をしないような細かい部分に気を回してしまう程に、あの《死》という経験は俺にとって衝撃的でトラウマになるには充分な威力を持つものだったのだろう。
世界から切り離される、弾きだされる。それは文字にすればたった数文字にしかならないことなのに実際に経験してみるとなると、これ程残酷で重く苦しい言葉はないようにも感じてしまうのだから不思議だ。

そして肝心な伊達政宗という存在。
さすがに彼がいつ生まれてくるかなんて事はよく覚えていないし実際に生まれてくるのかもわからないけれど、それでも確かに僕は彼の兄となるであろう立場の人として生まれてきたようで。

過去に生まれ変わってしまっただとか、歴史的に有名で無くてはならない人の兄であろうポジションで生まれて来てしまっただとか。
たくさんたくさん、現代では考えたことも想像したこともないような今の世界に、驚くだとか煮え切らない焦燥感に駆られるだとかそれはもうごちゃごちゃと有りすぎて吐き出したくて。
でも話すことも出来ない状況にとにかくその感情をどうにか消化しようと頑張って頑張って。

結局消化は出来なくて蟠りばかりが腹の辺りにズクン、ズクンと鼓動するように残り燻り続けるのだけれど。
それでもその意識を何とかしないとこの《僕》の小さく弱い体がいとも簡単に壊れてしまう、それだけはさけなければならないことだと俺の生きていた頃からの経験が悟る。

さらに嬉しくないことに体が子供だからかそれに引っ張られ、感受性が一際敏感になっているため大人な思考を持つ俺の感情に体が着いて来てくれない。
だから、少しだけでも《受け入れる》、今のこの僕のいる状況を。

確かに納得なんて出来ないししたくない、死にたくなかったし家族の皆とせめてもう少し、残りが短いとわかっていてもその少しの時間をめい一杯過ごしたかった。

なんて女々しい、第三者から見たら未練たらたらでみっともなくウザいとまで思ってしまうかもしれないような情けない思考。

俺という人間は切羽詰まって神経質に物事を細かく細かく気にするなんていう性格では確かにないけれど、でも人並みには悩んだりクヨクヨしたり淋しかったら落ち込んだりする普通の人間だ。普通のその辺にいるただの、一人の人間でしかなかったのだ。



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