所々にでている枝が着物を引っ掻き破り、着物からでている肌は全部、また出ていない部分であってもピシピシと勢いとともにその柔らかい肌に赤い線を残して行く。
ガササササっ!!と勢いをつける自身の小さな体は痛みやらなんやらで、無意識に体を強張らせ縮こまらせてしまう。運よく大きな枝に当たらないのはまさに奇跡だと頭の隅で思うも、息をつく間もなく地面に近付いていくという恐怖に本気で声が出ない。
呼吸を忘れてしまう程の衝撃と、落ちた瞬間の驚きにより自身の心臓は警報レベルで激しく脈打ち、このままいけば完全に発作を起こすであろう、ヤバいかも、とズキンズキンと酷くなる頭の痛みと共にギュウゥッと眉を潜める。

そして。

「っ清人丸様ぁっ!!」

誰かの声が間近に聞こえたのと同時になくなる葉や枝が自身を掠める音。瞬間的にふっと力は抜けるも目を開けることは勿論出来なくて。
状況を確認する間もなく、誰かが動くような気配を感じると同時に微かに開いた視界に映ったのは真っ青な色をした人の顔と、眉を寄せ此方に腕を伸ばしている精悍な…?

「清人丸様っ!!」
「っ!」

ドサリ、と。聞こえるのは駆け付けた者の荒い息遣いと、女中たちの泣き啜る音、後は自身の荒い息遣いと頭に鳴り響く心臓の音。

「(あ、れ…)」

グチャッと、とんでもない音を出し固い地面にぶつかるはずであった自身の身体は、何故か暖かいものにきつくきつく抱きしめられていて。ぼんやりとした霞んだ意識で感じるのは肌触りのいい着物の生地と微かに香る優しげな香の薫り。

「(だ、れ…?)」

思わず首を傾げた。

「――っ遠藤様!」

と、息をのみ暫く呆然としていたであろう女中たちは一斉にして涙に濡れた目元をそのままに現れた男性――遠藤基信――に軽くその場で頭をたれる。その様子に基信は片手を上げ苦笑し、崩していた体勢を持ち直した。

「…、大事はありませんか、清人丸様」
「…、」

瞬間的に思ったのは何と優しい声の主であろうか、ということ。低く穏やかでいて決して弱々しいわけでもない男性。霞む視界で見上げれば額に汗を流し酷く安心した表情を浮かべるその人に自身は間一髪の所で受け止められたらしい。緊張の抜けぬらしいその両腕の力強さが酷く落ち着いた。

「清人丸様ご無事で…っ」
「遠藤様、なんとお礼を…っ」
「いや、皆が騒いでるから何事だと思いましてね」

そうすれば小さな幼子が木から落ちてくるではありませんか、と酷く安心した様子で腕の中にいる僕の身体を優しく抱き締め直した。

「清人丸様っ!!」

は、と微睡む意識の中で聞き慣れた声。その声に反応するようにそちらを向けばその瞳に溢れんばかりの涙を溜めヨロヨロと近付いてくる喜多。木に登ろうとしたのだろうか、その綺麗なはずの指先は赤く、軽く血が流れている。

「…き、た…てが…」

血が出て、と力の入らぬ腕を伸ばせば着物が汚れるのも構わず側に膝をつき、伸ばした手を握りしめながらもその眉をさらに寄せ、顔をくしゃりと泣きそうに歪める。普段見ることのないその変化に思わず目を見張った。

「何故…っあんな無茶をなされたのですかっ!」

振り絞るかのように出された喜多の声にビクリ、と小さく身体がはねる。握られた手の力がキュッと強くなった気がした。

「き、た…?」
「助かったからいいものを…っ一歩間違えていれば大怪我ではすまなかったのですよ!?こんなにボロボロになられて…っこんな…っ」

ボロボロと流れる涙はそのままに喜多の視線は僕から外れない。普段笑顔以外余り見ない喜多だからこそ、この泣き顔はとてつもなく衝撃的なことで。

「き、た…っごめ…」
「ひ、なを助けたかったのなら他の者にお申し付け下さい…っ何のために、っ我々がいるとお思いですか…!っ…助かって…本当にっほ、んとに…よかっ、た…っ!」
「…き…た…」

そう言って力の入らぬ僕の身体を受け取りきつくきつく、でも何処までも優しく優しく抱き締める喜多。僕の肩口に顔を埋め、清人丸様よかった、ご無事でよかったと呟き続ける喜多にキュッと肩口の着物を握る。周りを見れば側にいた女中達も顔を手で覆い泣いていたり、座りこんだ喜多を宥めたりと、自身の行動が彼女たちにとてつもない心配かけたものだったのだと悟った。

「…何故、あんな無茶をされたのですか」

そんな中、自身を受け止めてくれた男性――遠藤さんと言ったであろうか――がゆっくりと、けれど何処か厳しい色をその瞳に含めて自身に問い掛ける。

「あ、なたは」
「、あぁ、申し遅れました、私は遠藤基信。伊達家の宿老でございます、若様」

ふ、と父上より年上であろう彼が口角を上げながら微笑みそう自己紹介したのと同時に再び繰り返される問い掛け。
そんな優しくも厳格な雰囲気を感じさせる彼に年甲斐もなくキュウッとほんの少し体を小さくし、軽く俯いた。

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