繰り返し言うけれど、今日は本当に偶然の日だった。何が重なったのか、はたまたそういう日だったのかよくわからないけれど、うん、そういう日だった。

今朝がた来た喜多が言うには、いつもいるはずの綱元は熱を出しこちらにこれないことを知った。そしてその喜多もまた、何やら父上に客人が来るらしくその準備に駆り出されて傍にいることが出来ないとのこと。
母上はお暇らしかったが脱走を試みようとする父上の監視をしなくてはいけないらしく同じくこちらに来ることが出来ない。そしてさらに重なったのが冒頭でもあった昔懐かしい、前世の記憶という名の夢だ。
一人が嫌い苦手というわけではないけれど、夢のせいで何とも言えぬ心境に陥っていた僕は他にすることもない、話すことも出来ないという状況で、どうにも気持ちを切り替えることが出来ず悶々とした時間を過ごしていた。

きっと室内に篭っていたら余計に考えてしまう、と普段は余り一人では出歩かない庭に出ようと思いたったのが最初。玉も玉で勿論僕の側でへばりついていたのだが、暇だったのだろうか。暖かい日差しの中でスピスピと鼻息を鳴らして早々に寝てしまったのだ。

結局玉が寝てしまって構う相手がいなくなってしまった後も、何をするでもなく庭にある木の真下に座り込み、地面を動く蟻の行列を数えるなんていうおかしな行動をして気を紛らわらしていたのだ。
そしてそんな行動にも飽き、庭をぼんやりと眺めていた僕の頭にきっかけとなるソレは落っこちて来たのである。
随分と高い所から落ちて来たのかその衝撃は少々大きく、完全に力のを抜いていた僕は軽く涙目になりながらもそのまま背中へと転げたそれを手にとった。

その鈍い灰色のような色をしたモゾモゾする物体に何じゃこりゃ、とよく見てみれば、それはまだ生まれて間もないであろう小さな小さな雛鳥。
どこから落ちて来たのかと上を見上げれば遥か上空の彼方に見え隠れする巣とも確証が持てぬ程小さな塊が天辺近くにあるではないか。

「おまえ、なんてところからおちてしまったの」

怪我はない?とその小さな命を手で優しく包みこんでゆるりと撫でてみれば、雛はまるで泣いているかのような声で余りにも寂しく寂しくピィピィと声を上げて鳴くものだから。

「そんなに、なかないでおくれよ」

泣きそうに、なったのだ。まるで家に帰りたい、家族と離れたくないとでも言うようにピィピィと声を上げる雛鳥の様子がナイーブになっていた自分の心境と瞬間的にカチッ、とリンクしてしまった。
だからだろう、気付けばその雛を懐に優しくいれ、登ったこともない大きな大きな木に小さな手をかけていたのだ。

普段全くと言っていい程動かない自身の体はなかなか言うことを聞いてくれなくて。一つ一つ上がるごとに腕や足は限界とでもいうかのように震えるし、息切れは最初の2、3本程を上がった瞬間から起こしていた。
布団の中でぼんやりとするだけはいくない、ダメ、絶対…!と木の幹でボロボロに擦り切れた指先のズキズキとした痛みに涙を覚えつつ、久々に流れる冷や汗とはまた違う汗の感覚と、心臓の音に混じって感じる好奇心というか冒険心というか。そんな普段味わえないドキドキ感も入っているような気がして、年甲斐もなくテンションが上がったのは子供特有の、なんて言葉で片付けてもらいたい所だ。

「清人丸様ぁ!」
「大丈夫でございますかーっ!!」

と、いつの間に増えたのか喜多とは別の女中たちが一生懸命大きな声を張り上げている。ただぼんやりと雛たちを見ていた自身に向けて掛けられた言葉のはずなのに何処か遠くに聞こえるのは、先程から喚き続けて治まる様子のないこの心臓と冷や汗のせいだろうか。

「(おりなきゃ…な)」


酷く怠い頭を動かしながら考える。だが久しぶりに動かした体はやはりあまり言うことを聞いてくれず、木の幹に軽く背を預け何とか息を整える。
ヤバいヤバい、何がヤバいってマジヤバい、なんてわけの分からぬ呪文を唱えながら暫く。何処からか聞こえたピィー…!という鳴き声に親鳥が帰って来たのか、と俯かせ気味にしていた顔をあげれば、やはりそこには綺麗な青い羽を持つ親鳥の姿。

「(きれいな、あおだ…)」

悠々と軽やかに、空に溶け込むかのように飛ぶ姿の何と美しいこと。果てしなく続く永遠とも言える空を泳ぐ姿は何と胸を締め付けるものなのだろうか。そしてそんな空に愛されている鳥とは何て素晴らしい運命のもとに生まれた存在なのだろうか。

「(いいな…いい、なぁ…)」

ナイーブな心に侵食する燻る思いに涙が出そうだ。余りの広大さに、余りの焦がれに、なんてその思いを格好のいい言葉で表してみる。
ここまで感傷的になってしまっているのはそう、全ては今朝がたに見た夢のせいだろう。そして反則とも言える程にあるこの時代には必要のない進歩した前世の記憶のせいだ。

誰かがいっていた。どんなに離れていても、どんな場所にいても空は何処までも繋がっているのだと。
月並みの言葉でその言葉自体受け売りなのかもしれないから本当かどうかは全くわからないけど。でもちょっとでもその言葉が真実なのだとしたら。本当に、この空が何処までも何処までも繋がっているのだとしたら。

「(あのせかいに、つながっているの、かなぁ…)」

あぁ、鳥になりたい、なんて。
鳥になって空をとんで、この一面に見える“伊達”という存在の治める奥州の地を飛び越えて、最果てと言われるその先まで飛んで飛んで、何処までも飛んで行けたなら。
この澄みきった果てしない青い空を、空の向こうを、その小さな身体で美しい羽で裂いていけたなら。その想いを会いたい相手の胸まで届けることが出来たなら。どんなに嬉しいことなのだろうか。

「清人丸様!!」

はっ、と。よく聞き慣れた声がしたと思うと同時に飛んでいた意識を慌てて取り戻す。
僅かに流れていた涙を拭い、声の聞こえた場所、遥か遠くに見える地を見下ろせば鮮やかな着物達と共に今朝方見たばかりの喜多の姿が微かに見える。
その様子からかなり心配しているのだろう。後ろから女中たちに止められるようにして羽交い締めにされている。

「(とりあえずおりなきゃな…)」

目的は果たしたし、第一これ以上心配を掛けようものなら喜多が戸惑いもなく登って来てしまいそうな勢いだ、と苦笑しながらも呼吸が治まらず苦しい胸元の着物を握りしめる。
今一度、呼吸を整えはひゅーと息をつき、登って来た時と同じようにゆっくりと木の細い枝を掴むために重心をずらした、瞬間。

「(…っ、…)」

ビュオォっという高い場所特有の突風。悪かったのはそれが吹いたのは身体の重心をずらす最中であったことと、予想以上に自身の身体が軽かったこと。

「きゃぁぁああっ!!」
「清人丸様ぁぁああっ!!」

クン、とまるで下に引っ張られるかのような感覚とともに起きた内臓が移動するような気持ちの悪い浮遊感。バランスを崩した自身の小さな軽い体はいとも簡単に宙へと投げ出された。



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