懐かしい、夢を見た。《僕》が《俺》であった時の最後の出来事。母親と一緒に弟たちにプレゼントとしてあげる予定だった時計を見ながらしていた会話。西陽が輝く夕方、夕食の匂いが広がる室内の優しい雰囲気。鮮明に思い出すことの出来る穏やかであった時間。
そんなことを夢で見てしまった。だからだろうか、胸が詰まったかのように酷く、感傷的になっているのは。








それは偶々だった。色々な偶然が重なる日があるっていうのは人生で何回か経験することだと思う。僕にとってそれはまさに快晴といわれる程に天気のよい本日であったわけだが。
僕は子供である。勿論精神年齢云々を言えばもうすぐ三十路だが身体は間違うことなき子供である。そして子供という生き物はとても好奇心大盛なものでもある。よく子供の事を小さな怪獣やらモンスターやらと表現するのを耳にするけれど、成る程その表現は強ち間違っていない気がする。
自身の場合は幾らか年を重ねた記憶があるためか其処まで大っぴらに子供ですっという行動はないけれど、でもやっぱり身体に魂が釣られるというのかふっ、と思ったことをすぐに実行してしまいそうになることも多々ある。それはやっぱり大人の注意などその場で忘れ、自分の興味を引くものにまさに本能のまま近づこうとする子供という存在の在り方に影響されているためなのだと。中身年齢+22歳のおじさんは言い訳がましくも思うわけなのです。

「ぁ…と、ちょ、っと…」

年齢に対してかなり小さい自身の手、と小柄な身体。それを名一杯に伸ばして上に続くザラザラとした木の枝を握る。前世でも今生でもしたことのない木登りはぶっちゃけると僕自身初体験である。木登りに上手い下手があるかはわからないけれど、とりあえず目標である天辺近くに近付いているのだから少々不恰好でもいいよね、なんて。最も、登っている木は城の塀より遥かに高い大木であって、初めての木登りとしては少々、いやかなり難易度が高いのだけれど。

「清人丸様!?」
「、きた…?」


ふと、聞こえた声に下を見れば自身のお世話係である喜多の姿が見えあれ?と首を傾げる。確か今日喜多は用事があるとかで来ないと言っていたはずなのだが。

「(ようじ、おわったのかな…)」

やっちゃったー…と思いながらも顔をもとに戻しだるくなって来た手足を叱咤して枝をつかむ。喜多はいつもの血色のいい顔色を真っ青にし、滅多に張り上げない声で叫び木の下に駆け寄って来ていた。いつものキリリっとした雰囲気など露程もない、今にも泣きそうな不安で仕方ないというような喜多の表情にそれだけ心配をかけてるんだなぁと申し訳なく思いながら上へと上がる手足は止めないのだから、僕も成る程悪い子だろう。喜多ごめん。

「!そ、そこを動かないで下さいませ!直ぐに誰か殿方を…!っ清人丸様!?」

自身の思っていた以上に弱々しい細く白い手足は中々に厄介なようで、下から叫んでくれている喜多には申し訳ないが、今の状態で返事を返すことは体力的な問題で無理そうだ。現に日頃激しく動かない心臓は爆発しそうな勢いであるし、息切れも酷い。ヒュー、ヒューという肺の音ともとれる呼吸音の合間で詰まるようにケホケホと出てくる咳も辛いものだ。
昔からモノもあまり持たず、怪我さえしない生活をしていた自身の小さな手は酷く柔らかくて、凸凹としている木の幹に触れるだけで柔らかい皮膚にどんどん傷がついていっている気がする。とんだスプラッタかもなぁなんて確認するときの状況を思い描いてちょっと笑った。

「―――…」
「…っ、は、あ、と…少し、だ、から…ね…」

と、懐から聞こえた小さな声に答えるようにふふ、と笑う。モゾモゾと居心地悪そうな様子で動くソレがくすぐったくて、やめろよーなんて声にならなかった声で言い、汗だくになりながらもゆっくりと微笑んだ。

「清人丸様!!」

喜多の心配そうな声が風に吹かれて小さく聞こえる程度になった頃、やっとの思いで目的の場所である天辺付近に着き余りに素晴らしい達成感に思わずガッツポーズをした僕は決して間違っていないだろう。
ゼーハーゼーハーと持久走を完走した時のような血の味の滲む口内に気持ち悪くなりながらも、今にも崩れ落ちそうな重い体を木の枝に落ちないようにひっかけ座り一息つく。暫くは飛び出して来そうな程に動き回っている心臓を落ち着かせるのに専念し、ゆっくりと呼吸を繰り返す。

「(う、わぁ、…つらい)」

酸欠で頭がクラクラするが気力によってなんとかソレを持ち直し、自由になった無駄に力の抜けた両腕を上げてゆっくりと懐から「ソレ」を取り出す。白く清潔な布に包まれモゾモゾと動くソレは精神年齢三十路間近を誇る自身に、人生初体験といえる木登りを挑戦させた強者である。チクショー、肺が痛いぜ。

「さぁ、おうちへおかえり」

そう言って小さな紅葉のような手のひらにのせ巣に近づければまたもやモゾモゾと居心地悪そうに動きながら布から顔を出そうとする生き物。甲高い声を出しながら布に引っ掛かって悶えているソレにクスクスと思わず笑えば、手の平に乗っているソレと同じ姿形をしたものが数匹、小さな巣の中で敷き詰め合い、ピィピィとまたもや甲高い声で鳴き始めるる。

「(元気だなぁ)」

まだ乾ききっていないようなしっとりとした羽、骨張った皮だけの体、そのくせ大きな目はグリグリと零れそうでそのくせ口だけはいっちょ前に大きくて。
黄色いクチバシが大きく大きく、裂けるんじゃないかってぐらいにグパッと開かれる度に釣られるようにしてグラグラ身体を揺らすもんだから思わず笑いも出てしまう。
城の大きな木の天辺近くに作られた巣。
そこに生まれた雛鳥たちは下に落ちてしまった一匹の兄弟をまるでおかえり!何おっこちてんの!とでもいうようにじゃれあい、その小さな飛べない羽をパタパタと慌ただしくはためかせた。


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