「…にいさんのさ」 「…」 「にいさんの遺品、見た…?」 「…、い、ひん…?」 そう、と馨が目線を兄貴の写真に向ける。一卵性の俺と同じ顔。でも僅かに違う顔がほんの少し目を細めた。 「兄さんの大学のロッカーに紙袋があったんだ」 「…紙袋?」 「そう、紙袋」 何だと思う?なんて言いながら泣きそうな顔でくしゃり、と笑む同じ顔。兄貴と同じ色をした柔らかそうな髪の毛が風に揺れた。 「俺たちへのプレゼント、だったんだって」 「……っ、ぇ…」 「…っ驚く、よね。俺たちの誕生日だからって。カ、ドと一緒に、俺と翔用に二つ」 「…、」 「に、いさん最近体調、よ、かっ…たでしょっ…だ、からっ、お、俺たち…の誕生日…、たのしみに…してた、て…っ」 ボロボロとまた涙を零し始めた馨の言葉が頭の中にガンガンと鳴り響く。ジワリ、ジワリと言葉を脳が理解するにつれて胸に何かが詰まっていくような感覚。それが一気に膨れた瞬間、視界がぼやけて涙が溢れ出したのがわかった。 「…だよ、それ」 「…か、ける…」 「な、だよ…それっ…」 なんで、兄貴は最期の最期まで俺達のことなんだ。なんで自分のことじゃないんだ、どうして最期まで人に思いを残すことが出来る、何で、どうして。 「今回のことは誠に申し訳ございませんでした…!」 「亡くなった遺族の方々にも…」 遠くで大学の関係者であろう奴らが必死に頭を下げている。冷や汗を流して、兄貴と同じように事故に巻き込まれたであろう人たちの遺族に向かって必死に必死に。 なぁなんであんたらそんなことしてんだって。そんなことしても兄貴は、あの人は帰ってこないんだぞって。小説みたいな月並みとも言える言い回しで、現実味のない台詞だって思ってたのに。吐き出してやりたい、詰まって詰まって窒息してしまいそうな程のこの衝動を。叫んで叫んで喉から血が出ても喉が潰れても投げつけてやりたいぶつけてやりたい、誰かに。 「…っせ、よ…っ」 「か、けるっ」 「…か、えせよ…っ返せ、返してっ…返してくれよぉっ…!」 心の底から叫ぶから。体内の水が枯れて血の涙が溢れるようになったとしても。 いるかもわからない神様が青春を捧げよというのなら全ての時代を捧げよう。億万の富を捧げよというのならどんなことをしてもかき集めよう。世界一の権力を手に入れよというのなら世界を動かす覇権を手に入れよう。それをして兄貴が返ってくるのならどんな苦労も辛さも労力もい問わない。だからお願いだ、もう一度兄貴にあわせて下さい。兄貴の笑顔に、兄貴の体温に。触れたい、触りたい、離れたくない。 「あ、にき…っあに、きぃ…」 「…か、けるっ…翔…!」 兄貴は幸せだった?俺達みたいなのが弟でよかった?いつも笑顔で疲れなかった?辛く、なかった? 俺は俺達は、あんたが兄貴で幸せだった。兄貴以外の兄貴なんて考えられない位兄貴が大好きで。 もっと一緒にいたかった。俺達の誕生日だけじゃなくて兄貴の誕生日も祝いたかったんだ。家のリビングで母さんの料理が並んでさ、きっと父さんもいつもより早く家に帰ってきて気の抜けた笑顔を向けるんだ。 兄貴がそんな父さんに「おかえり」って言って、その隙に学校帰りの俺と馨が兄貴の両席をすかさず埋めて、出来立ての料理をつまみ食いすんの。 母さんにそれを怒られながら兄貴に抱き着けば兄貴は苦笑しながらも嬉しそうに笑って言うんだ。 「おかえり翔、馨。くっついてないで早く着替えておいで」 幸せだろ、幸せな家族だろ?別に特別じゃなくて、どこでも普通に、そう普通にありそうな食卓の、何気ない風景なんだ。けどそれが俺の幸せだったんだよ。 俺と馨で兄貴をはさんで両席に座って何気ない普通の会話をすることが幸せだったんだ。楽しみ、だったんだ。皆のいう当たり前がさ、俺達にはスッゴい遠くて遠くて、でも兄貴を見たらそんな気持ちが瞬時に無くなるくらい幸せになれるんだ。素敵だろ、無敵だろ、この気持ちは。泣きたくなる位の幸せがあるって、兄貴がいたから知ることが出来たんだ。 なぁ、兄貴は今幸せか?きっと兄貴は笑ってるんだろうな。いつもみたいに優しくて、穏やかで、胸がぐっとするような笑顔で。泣きすぎて顔がグチャグチャな俺と馨をあの時みたいに抱きしめて言ってくれるんだろうな。 「泣くな泣くな。そんなんじゃ兄ちゃん心配でまた舞い戻ってきちゃうじゃんか」 仕方ない弟たちだなぁって泣いてる俺たちの背中を撫でて、くれるんだろうな。 「…、っか、ける…」 「…っ、馨…」 「…に、さんは…っ、幸せ、だったと思う…よ、」 「っ…ひっ……」 「…だ、て…だって…っ俺た、ちが…っひっく…幸せ、だった…んだ…、も…っ」 「…っ!!…ふっ、ぅあ…っ、ぅあぁっ…」 なぁ、兄貴、兄貴。俺、兄貴にもう一回会いたいよ。もう一回会って、喧嘩すんだ。生まれて初めての喧嘩。んで仲直りしたあとに言うんだよ。ごめん、それからありがとうって。 きっとあんたは笑うんだろ?これでお相子だよって、本当に喧嘩なんかしてたのかよって位ニコニコするんだろ。だから俺たちも笑うよ、笑ってやる。その方があんたは喜ぶって、知ってるから。 な、兄貴知ってるか。俺たちあと少しで高校卒業するんだぜ。病院にいてばっかりだったから気づかなかっただろ、小さかった俺達もあと数年で兄貴と同じ歳になるんだ。そんときにな、絶対に兄貴の墓の前で笑ってやるんだ。二人そろって俺達は今幸せなんだよって。絶対に、馨と一緒に行くって約束する。 大学進学が決まったら誰よりも早く兄貴に報告しにいって合格通知見せびらかしてやる。だから誉めてよ兄貴。よくやったね、おめでとうって。 いつまでもさ、その笑顔で待っててくれよ。兄貴のくれたプレゼントに似合うようないい男になって、着けてる姿いの一番に見せに来るから。 「ねぇ母さん、翔と馨の誕生日は俺もケーキ作るよ」 「あら!二人とも喜ぶわ〜」 「はは、…、プレゼント喜んでくれるといいけど」 「ふふ、大丈夫よ。あの子たちは千春ちゃんが大好きだからね、何でも喜んでくれるわ。何より千春ちゃんがいるんですもの!ママも楽しみ〜!」 「、そっか、…そっか。そうだったら、嬉しいなぁ」 大好きだよ、兄貴。いつまでもいつまでも幸せであって下さい。俺達が泣いてるからって戻って来ちゃだめなんだからな。兄貴が幸せであること、それがそれだけが、俺達が兄貴に求めた最高の望み、だから。 |