けれど。けれど、そうけれど。
そんなことを延々と並べていてもこの体に負担をかけるだけだということは少なからず理解しているから。納得していなくても認めたくないと思っていても、無理矢理にでも自分を納得させる、それこそが今俺がするべき最善の方法。

《俺》は《僕》であって《僕》は《俺》で。何よりこの体を大切にしなければならないから。…そう思わなければきっと《俺》はいとも簡単に泣いて、しまうから。

「清人丸様、お体は辛くございませんか?」

清人丸というのは幼名、つまりこの世界での僕の名前というもので、私的にはそんな大層なものを貰うのも何となく恐れ多い感じなのでこの時代の庶民に使われていた与七、だとか田五作なんていう名前の方が好みであるというのは秘密だ。
もちろん前世での千春という名前が何よりも愛着があるのだが、それはそれでこの時代の僕を否定しているようで頂けないのも事実。

清人丸という名前も今の僕の両親が心を込めて付けてくれた名前であるし、何より俺の記憶が蘇る前からずっと呼ばれて来た名前なのだから。この体の僕にとってのとても大切な宝物、多分この世界に存在する何よりも温かいものだと思っています、感謝感謝。

「だいじょうぶ。きょうは、ちょうしがいいから」

子供というのはこんなにもしゃべりにくいものだったのか…!なんて事を含め、転生して初めて実感する事実も実はかなり多かったりする。

意識がないって本当に幸せなことだ神様ありがとう…!と全く検討違いなことを考えるのももはや癖で、その中でも究極の所詮乳児期と呼ばれる頃に記憶が戻らなくて本気でよかったと感じている。

この時代にはもちろん哺乳瓶と言われるモノはないわけであるし、それに下のお世話も…、ね!
…コホン、まあその辺りは置いておくとして、口調で言えば舌は呂律が回らなくてゆっくりとしかしゃべれないし、表記なんて見てよあれ、全部平仮名だよ?子供ってそんな大変な環境の中で一生懸命相手に自分の気持ちを伝えようとしていたんだな、なんて。
本当子供って神秘だよね神秘、もうわけわかんないけど、とか外見子供の僕は自分のことはおもいっきり棚に上げて思うわけなのだけれど。

今僕は数え歳で5つ程になっていて(中身+22)やっと舌足らずな口が軽くふにょふにょと回ってきてくれた所だ。
といっても平仮名表記なのにはかわりないので、流石に聞きづらい事この上ないだろうと他、自分の自尊心を含む下心有な理由を筆頭に人のいない所でひそかに練習はしてみてはいる。が、自分の理想とするしゃべり方にはかなり遠いよう。
歳相応と言われればそれまでだがなんというかいたたまれない、僕の記憶に無駄にある成人した俺の記憶とか大人としての自尊心とかその他諸々を含む色んなものが。

「まあ、昨日もそう申されてお倒れになったではありませぬか、ご無理はいけませぬ」
「むりはしていないよ、ほんとうにきょうはちょうしがいいんだ」
「ですが…」

心配なのでございます、と僕の小さな頭を優しく撫でてくれる彼女は喜多と言う。史実でいえば梵天丸の乳母に当たる結構重要なポジションに立っていらっしゃる女性だ。

気の強そうな吊り目気味な目、キリっとした細い眉、性格もサバサバとしていてどちらかと言えばその辺にいる男性よりも逞しいかもしれない。
見ていて気分がいい性格は傍にいても気を張らなくていいし、容姿も容姿で現代にいれば誰もが一度は凝視してしまう程の正に美人!と言えるとても綺麗な人。
まるで僕を本当の弟のように世話してくれる彼女は床から出られない僕が話しをする数少ない人だ。
そんな話の中で彼女自身にも弟がいることも知った。(1番下はまだ5つになってないんだって、…まさかね)

ああ、そうそう。史実といえば、どうもここは《俺》が知っている歴史の史実とは違うらしい。
何でも武田信玄はまだ元服を済ませてないだとか、史実の中では最も長齢なはずの毛利元就がまだ生まれてないだとか。

戦国三大武将と名高い織田信長やら豊臣やら徳川やらの話も一切聞かない。もちろんそういう家があることは世間話程度で軽く教えては貰ったけれど、でも有名な彼らの父親の名前であったり、酷かったら祖父の時代まで遡ったモノもあった。
記憶が正確かはよくわからないけれど、そこまでくると少なくとも《俺》が知っている歴史の中ではないことに気付く。
僕が何歳の時に政宗が生まれてくるかなんて事はまったく持ってわからないけれど、それもそう遠くない未来なのだとは思う。(だって喜多の弟の話を聞いたら聞き覚えのある単語がちょくちょく…)
それでも《俺》の知る歴史の中では皆年代も生きていた時代も少なからず違っていたはずで。

そこで僕は一つの仮説を立てた。
ここは《俺》の知る史実の中ではなく、色々な時代の人物が錯誤したパラレルワールドではないのかと。

並行世界やら異世界やらそれ何てファンタジー?なんてことを思うこと必須なのはわかるけど、そんなことを考えてしまうような奇特な経験をこの身でしちゃってるのだから仕方ないことだと思うんだ。…だから痛い子なんて思っちゃダメなんですよ、お兄さん泣いちゃうからね。

そもそも史実で伊達政宗に兄がいたっていう文献すらないんだから、清人丸という存在こそがこの時代にはイレギュラー。そんなことを考えても仕方ないって思うわけです。
とても前向きで、ハッピー過ぎるような馬鹿っぽい考えな感じもするけどね。



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