それからの貴方様は成長なされた。
私が見た瞳の輝きを取り戻された。
私はこれ以上ない程の誇りを感じたのです。

そしてある時貴方様は忍という存在である私に一生の宝を下さった。



「なぁ吹野に苗字ってないのか?」

「ありませんよ、寧ろ“吹野”も通称のようなものですし」

「Ah?通称?」

「私は忍ですからね、名はありませんでした。ただ呼び名がなければ不便だろうと頂いただけです」

「…」

「“政宗”様?」



この時の貴方様は数えで12。元服し、異国の言葉に興味を持たれていた時でございました。
目つきも雰囲気も殿に似てきてより一層上に立つものの風格を備えられていて。伸ばされた背筋が大きく見えたのを覚えております。



「Yes!決めたぜ!」

「政宗様?」

「吹野お前に名を与える」

「名、でございますか」

「そう、nameだ。お前は名前」



ニヤリとあくどく、だがしかし子供特有の笑みを浮かべる貴方様を私には珍しく目を見開いて見つめて。



「吹野名前、これからはそう名乗れ」

「――…はい、政宗様」



どれ程嬉しかったかなど貴方様にはわからないかもしれません。
貴方様にとってはただのきまぐれだったり貴方様のもとから一生離れさせぬ鎖の意を持っていたのかもしれません。
ですがその鎖も、鎖は鎖でも最高級の絹糸で出来たような柔らかくむず痒い心地よいもので。

一生を約束しました。改めて貴方様に膝をつき頭を垂れました。
顔を伏せぐっと唇を噛みしめ涙の零れそうな双眸に眉を寄せ。
忍らしかぬことだと、ただ苦しいまでに温かいこの束縛を甘受したのです。


私は幸せでした。
この辛い戦国の世で貴方様に出会えたことが。
人を殺すことで生きてきた私を真っ直ぐ見てくれた貴方様に仕えることが出来たことが。

年甲斐もなく浮かれたのです。
笑って頂いて構いませんよ、大の大人が十以上離れた主君の言葉一つで一喜一憂するなんて、と。

でもだからこそ、貴方様を阻むものから貴方様を護りたかった。
どんなことをしても何をしても、――例えこの命が尽き果ててしまっても。



「っ政宗様っ!!」

「――っ!!」

「―――っ後ろだ小十郎!!」



それはそう、貴方様の初陣時、数えで15になられた時のことだったでしょうか。
慣れぬ鎧を身に纏い「…地味だ」「政宗様」「嘘だ小十郎」なんて緊張感のない会話をし、むくれっ面のまま戦場に出向かれていた時のことです。

当然ながらの勝ち戦、大将の首も政宗様が見事に討ち取られさぁ本陣に、と背を向けた時に。
隠れていたのでしょう、垂れ幕の裏側に見えた大量の鉄砲隊にらしくもなく取り乱しました。


ドドドドン!!と打ち込まれる大量の鉛玉の軌道は一寸の狂いもなく二人を狙っていて。

身体は勝手に動きました。
呆然とする二人を狙う鉛弾、そのすべてが自身の身体を通り抜けることなくずぶずぶと埋まっていく感触に意識が遠くなるのを歯を食いしばり必死にやり過ごして。

痛いやら衝撃が苦しいやらなんやら、わけのわからない感覚に反射的に回避しようとする身体を業と留まらせ土に足を縫い付けて。

背後で息を飲む音が二つ聞こえたかと思えば腕を伸ばそうとしている若い主君の気配が一つ。

それに気付かぬふりをして、鉛の撃ち込まれた身体が崩れ落ちる前に愛刀を構え敵を一掃していく自身をただ貴方様に誓った忠誠心だけが動かしました。

貴方様が通る道を塞ぐ邪魔者を影から廃除すること、それが汚い私の存在理由とも言える大切な指名で、それが本来忍として生きてきた私の仕事で、大事な、…。



「名前…、っ名前っ名前…!!」

「名前殿!!」



ふと、気付けば力の入らない体と瞼を叱咤し目を開けばおやおや、貴方様のまだ幼さの残る顔が上にある。
小十郎のさらに厳つくなった精悍な顔もくしゃりと歪んでいて。



「いや、いやだいやだっやめろ、駄目だ、ダメだ逝くな名前っお願いだ、ヤメ、やめ…っ!!」

「政宗様!余り揺らしてはいけませぬ!っおいてめぇら!!医者を呼べっ至急だ!!」

「へ、へい!」

「名前っ…っ名前…!」



政宗様、どうして泣いているのですか。
約束したはずですよ、あの時、元服し“政宗”の名を頂いた時私たちと一緒に約束したではありませんか。

強くなると。強く強く生きて最後の最後まで泣くことはしないと。
私と小十郎の前で宣言したではないですか。


まだまだここは戦場で、ここからが始まりだというのに。

全く、しょうのないお人ですね、と。
そんなことを思いながらもじんわりと温かくなっていく心のうちがとても愛しいのです。
優しければ優しい程その心は簡単に深く深く傷ついていくというのに。
それでも、貴方様の家族を思うような温かな心がとても嬉しかったのです。



「――、―…」



私の器官は機能を果たしてはくれないのだと感じました。
呼吸もしているのかもわかりませんでした。
何処が痛いかもわかりませんでした。
ただ体がとても重くて冷たくて、それが私のわかる事実でした。

昔のように貴方様の涙を拭って差し上げたいのに。
それも出来ないことがとても寂しく感じられて。


泣き虫だった貴方様は何かある度に忍である私に頼られていたことを覚えていらっしゃるでしょうか。

実は結構緊張していたなどと申したら貴方様は信じて下さりますか?
余りにも小さい頃から人は殺す存在だと叩きこまれていた私にとって子供という存在は未知でしたからね、なかなかに大変だったのですよ。



「ひっ名前、お、ねがいだ、っね、がいだ名前…っお、俺はまだと、うしゅじゃねぇ、っぞヒック、まだ、ま、だっお前にて、天下と、たとこ、っみ、せてねぇ…っぞ、ふ、ぅっ」

「――…」

「み、てぇって、ヒッい、たじゃね、っか…ふっお、おれ、俺の治め、る世っヒック、見て、ぇって…っ名前、名前…!」



泣かないで下さい、泣かないで、泣かないで下さい“梵天丸”様。
立って下さい、踏ん張って、立ち上がって下さい“政宗”様。

私いま、とても駄目な奴なんです。
忍などといういくらでも替えのきく道具だというのに、いくらでも切り捨てられるモノなのに。

貴方様が余りにも涙を流して下さるから。
こんな私に、汚い私に私のために涙を、流して下さるから。

生きたいと、願っているのです。
傍にいて、この身体この魂この“吹野名前”という存在が擦り切れて粉々になくなったとしてまでも、貴方とともにいたいと。
貴方様の為に生きたいと。

どうして私は離れてしまうのでしょう、どうして貴方様の傍にいることが出来ないのでしょう。

私は生きたい、生きて、生きて生きて生き抜いて貴方様と、ともに。


小十郎が貴方様の背を守るのならば私はきっとそんな二人を守るために産まれてきた。
双竜を守るのが私の役目だというのに。


「名前…っ名前!!」



ああ生きたい、生きたいです政宗様、小十郎。

でも可笑しい、私の身体は動かないのですよ、冷たいのですよ。

でもきっと、身体が冷たいのはきっと、貴方様の涙が私に降り懸かっているからだ。
ね、政宗様。

早く、泣き止んで下さいな。


でないと私は。
わた、し…は…――


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