この戦禍のうごめく悲しく寂しい時代で。この人生五十余年と言われる短い《生》を生きる時代で。
命をかけて、魂をかけて、この身体の頭から足の指先、自身の存在全てをかけてでも護りたいと、仕えたいと忠誠を捧げたいと思えるような人と出会えたならば。
それはどんなに幸せなことなのだろう。それはどんなに贅沢なことなのだろう。
歳も性別も関係なく、ただ自身の道具と言われ鍛えあげられてきた最高峰の忍としての技術と頭脳と誇りを、ただ貴方様のためだけに使い働かせ活かせることが出来たなら。
私が生まれて来た理由はこの方に一生を誓い仕えるためであるだなんていうのは、少し都合が良すぎるようなことであるだろうか。

「貴方様に仕えまする《吹野》と申します」

初めてご拝見した貴方様はそれはそれは小さなお子様でございました。
幼くまだ拙い喋り方しか出来ぬままの貴方様。その前で膝をつき頭を垂れる今より少し若い私に貴方様はただヘラリと笑い

「ぼくは《ぼんてんまる》だ」

よろしく!と大きな零れそうな程の両目をパチパチと瞬かせ、殿譲りの茶色がかった猫っ毛の髪をふわふわと揺らして。
忍にあるまじき、気持ちを抱きました。
貴方様の何も知らぬ純粋で輝かしい笑顔。
忍という卑下されても文句など言えないような家畜以下の存在に貴方様はただ笑顔を向けて下さった。

何を疑うこともせず、何を知ることもせず、私という汚い存在にこれほどまでに綺麗な笑顔を向けて下さる方がいることを私は初めて知ったのです。

どれだけ戸惑ったでしょうか、どれだけ気分が高揚したでしょうか。
もちろん、変だと感じたのも確かです、が、貴方様の笑顔はそんな考えを払拭する程に普通だった。余りにも自然だった。

ただ、嬉しかった。



「うっヒック、ヒッは、はうぇっ…はは、うぇぇっ…!!」



数えで五つの時。貴方は右目を失いました。同時に奥方の愛情をも。

悲しかった。
泣いて泣いて、それでも縋り付こうとせずただ膝をかかえガリガリと包帯を引っ掻き毟るだけの貴方が。
貴方様を守れぬ私自身が、憎かった。


冷たい言葉を浴びせる周りの者達が信じられなかった。
どうして、気付かないのだろうか彼らは。

この方以上にこの奥州を治めるに相応しい方などいないだろうと。
何故そんな簡単なことに気付けぬのだろうと。



「私の名は“片倉小十郎景綱”。本日より“梵天丸”様の小姓を務めさせて頂きます」

「私は吹野です、“片倉”殿」

「どうぞ“小十郎”とお呼び下さい」



少々恐面の、礼儀正しい青年だった、片倉小十郎景綱という男は。
私より四つ程年下の青年。私自身の正確な歳がわからないからなんとも言えないが恐らく間違ってはいなかったはずです。

そしてそんな青年を見て私は流れが変わると直感した。
ちょっとずつ、ちょっとずつ、曇っていた空からちょこん、と太陽が恥ずかしそうに顔を出すかのように。



「――っ!!!」


ガシャァアアン!

「…、梵天丸様」

「っうるさいうるさいうるさいっ!!」



はじめのうちは小十郎の用意した食事を梵天丸様はお食べになってくださらなかった。
小十郎は梵天丸様にひっくり返された食べ物をかき集めて何も言うことなく「失礼致しました」と部屋の外に出ていくのが恒例。

もちろん本来は心優しい我らが主のこと。
小十郎が襖を閉めた瞬間に中から聞こえてくる鳴咽に後悔の念が感じられるからこそ小十郎も私も何も言えないのだろうと。

何度声をかけようと心みたことだろうか、だがそんなことをしても今の貴方様が聞くはずがないと思うのですよ私は、なんて。
私は機会を待っていたんです、今となってはなんとも懐かしいことです。



「吹野、殿…」

「小十郎」

「…私は…俺は、やはりあの方のお世話をするに値しないのだろうか」

「…小十郎は梵天丸様から離れたいのかい?」

「まさか!…だが、食事もまともに食して下さらない、何も出来ない俺が情けないんだ」



やはりいい青年だと再確認した瞬間でありましたよ、あの時は。



ガシャンッ!!

「っはぁ、はぁっ」

「梵天丸様、少しでもお食べ下さい」

「吹、野…、っお前も僕を化け物だというのだろう!?あいつらと同じようにっあいつ、らと…っ」

「梵天丸様」

「…っるさいっうるさいうるさい!こんな、こ、んなもの…っ」

「…梵天丸様はこの食事を誰が作っているか知っておりますか?」

「…」

「小十郎が作っているのですよ、梵天丸様」

「!!?な、に…」

「ふ、吹野殿…!」

「梵天丸様が安心して食されるようにと食物も全て小十郎が畑で作ったものなのですよ」

「…!?」



その時の貴方様はまさに絶句!という顔で、お見えになる隻眼を大きく大きくこれでもかという程に開いておりました。

小十郎も何処か気まずそうに、何故知っているのだというようにソワソワとしていました。
なかなかにいい思い出です。



「ほ、んとうか…小十郎…」

「…、は。僭越ながら…」

「…っ!じゃ、あぼく、僕は…っ」



いつもいつも癇癪を起こして御膳ごと全てをひっくり返されていましたから。
酷くうろたえていらっしゃいました。

小十郎の気持ちを考えたとき、御膳をひっくり返された時の気持ちを考えたのでしょう。
大きな目に大粒の涙を溜めて、やはり貴方は優しい優しい温かい方でした。



「梵天丸様」

「吹野…」

「小十郎は律儀な男なのですよ、梵天丸様がいっぱいお食べになって早く元気になられるようにといつも多めに作っているのです」

「…」

「お食べになりますか?」



とうとうボロボロと涙をお流しになった梵天丸様にオロオロとする小十郎。
未来の双竜が生まれた瞬間と言っていい時でした。



「……っぅん、うんっ…た、べる…」

「梵天丸様…、…っただちにご用意致します」


頬が緩みました。


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