狼娘物語 | ナノ



ビチィッ。なにかが斬れる音がした。同時に、炎架の糸が緩んで軽くなったように感じた。そう、感じただけだ。実際は糸が緩んだわけではない。

「どんな、身体してるんだ」
「オレが『触れたい』と思うもの以外、オレはすべてを通過するんだ」

その説明は、僕の求めた答えにならない。だって、通過したわけでない。こいつは、糸が全て巻きつく前に隙間に手をいれ、締め上げると同時に手を無理矢理広げて引きちぎったのだ。限界まで細くして、巻き上げるものを全て切り刻む糸を、アイツは素手で引きちぎったのだ。だからといって、驚いて動きをとめるわけにはいかない。糸が切れたと同時に弾けた炎架の本体をとらなければいけない。飛び込むように走ろうとしたが、あちらのほうが動いたのが早く、蹴り飛ばされた。「かはっ」後ろにはちょうど木があり、叩きつけられる。

「リルが欲しがってるのは、イノセンスをもって戦えるエクソシストの炎狼花火じゃねえ。アンタそのものが手に入ればいいみたいだ。だから、イノセンスを破壊しても怒られねーってわけだ」

ざくざく地面を鳴らして歩く。男は炎架に近づく。彼のやることは、言われなくてもその時点でわかった。「やめろ」小さな声で、唸るように呟く。男は気にせず炎架を手にとる。

「やめろっ!!」

叫びも虚しく、キィンッとガラスが割れるような細い音を鳴らして、男は炎架を砕いた。「ハートでは、ないか」アレンの右腕を確認しながら、残念そうに呟いた。「ま、いっか」すぐに切り替えて、僕のほうに足を進める。僕と目線を合わせるようにしゃがみこみ、それから容赦なく僕の身体を貫いた。

「っ!?」
「花火!!」
「安心しろ。殺しはしねえ」

痛みは、なかった。でも、自分の身体に異物が混ざりこんでいるのを直にみていることが、感触はなくても気持ち悪さでいっぱいだった。

「殺しは、しない……。じゃあ、どうする気?」
「アンタは危険すぎる。そちら側にいて、戦える状態は危険分子を放置しているもんだ。たとえイノセンスがなくてもな。だったら、殺しはしないが、戦えない身体にはしておくってことだ」

つまり、この男は僕の臓器のどこかに傷をつけて、機能障害を起こさせておくのが目的ということだ。下手に動けばどこを傷つけられるか分からないから動けない。大丈夫、こいつはまだ気がついていない。上手くいけばいける……!

「じゃあな、お嬢さん。次会うときは仲間になってくれるのを願うぜ」
「それは、来世に会いましょうということかな」

せめての抵抗として言えば、「いいね、そういう性格好きだぜ」にぃっと笑われた。そして、手を引き抜かれる。同時に身体のどこから、何かが溢れる感覚がした。なにが起きているのか把握できなくて、身体がぐらんぐらんする。上手く動かない。「花火!!」僕の名前を叫ぶアレンの声は聞こえるけど、どこからか上手く感じ取れない。身体がどんどん冷たくなるのを感じる。視界がぐるぐる回る。男は殺さないと言ったが、死の沼に落ちていくようだ。

「死ぬのは、嫌だな」

取り残される側の気持ちは知ってるから。僕が死ねば、悲しむ人がいるくらい知ってるから。できれば死にたくない、な。

沈む
(花火!花火!)
(そんなに名前呼ばないで)
(表情が見えなくても、どんな表情してるかわかるからさ)
(死にたくないな)
(だって、まだ僕には役目があるんだから)


 
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