狼娘物語 | ナノ



船の一室で、椅子に座って頬杖をしながら思いにふける。それは、クロス師匠のことだ。あの人は、八日ほど前の船で出航した。そして……──AKUMAにより船が撃沈した。あの人が、その程度で死ぬわけがない。アレンはそう断言した。僕もそれに賛同する。でも、どれだけ傍若無人でも肉体は人間だ。もし、海に沈んだりしてたら溺死するのだろう。まあ、そんなわけあるはずがないけど。もし、クロス師匠が死んでいたとしたら化けてでるはずだ。霊眼を発動しても姿はみえないから間違えない。あの人は生きている。
結論をだしてからは、ボーッと窓から海をみつめる。ぎぃっとさびれた音がして扉が開いた。視線だけうつせば、そこには煌びやかな衣装とは違って動きやすそうな服を着た彼女がいた。

「……何?」
「本当に、変わったのね」
「っち。あの馬鹿師匠はぺらぺら……」

舌打ちをして毒吐く。そんな僕をみて、彼女はふわりと僕を抱きしめる。甘い香りがふわりと鼻をくすぐった。「はなして」冷たく言えば、逆にぎゅうっと腕にこめる力を強められた。耳をかたむければ、本当にかすかだけど鼻をすする音と涙が見えた。

「……なんで、泣くの」
「なんで、でしょうね……」
「クロス師匠の一件で不安のときに、知り合いの僕に会えて気が緩んだから?これから航海にともにする恐怖から?それとも……──変わり果てた僕を見て心を痛めたから?」

最後を強調して言えば、びくりと肩を震わせた。ああ、彼女はなんて優しいのだろう。繊細なのだろう。アジア支部の前に出会った彼女は、僕のことを知っていた。あれからさらに酷くなれば優しい彼女は心を痛めないわけがない。
村の一件で、クロス師匠以外とは喋らなかった。そんな僕を多少は喋るようにしてくれたのは……アニタだった。彼女を大切だと思っていないはずがない。死なせたくない。彼女を。

「船に、同行するな」
「いいえ、します」
「危険だよ。君の母親もそういうのに関わって亡くなったんだよ」
「それでも、行きます」
「君は来るべきじゃないんだ。死ぬ確率のほうが高い」
「承知の上。覚悟は決めてるわ」

その言葉を聞いた瞬間。頭では何も考えずに、行動した。こぶしを握り、がしゃんと窓ガラスを叩き割り、「覚悟なんてきめんな!!」と、珍しく心から、お腹のそこから声をだして怒鳴った。

「死を承知すんな!死を覚悟すんな!怖がれよ!逃げろよ!経済面では役立つかもしんないけど、戦場じゃ力のないあんたは役立たずなんだよ!いきがってでてくんじゃねえ!犬死にしたいのか!!」

こんなに大声をだしたのはいつぶりだろうか。年単位の気がする。甲板にいる船員が驚いてこちらをみていた。アニタも、驚いて目を見開いていた。いつぶりか分からない勢いで叫んだから、喉が凄く痛い。視界が歪んで見える。それでも、僕は怒鳴り続ける。

「アンタは一般人なんだ!戦う必要なんてないんだ!!こっちは自分の身を守るのに精一杯で、アンタを守ってまで戦える余裕ねーんだ!!だから……っ、だから逃げろよ!自ら死にいくようなことするなよ!!」

途中から、嗚咽が混じった。頬には生暖かいものが流れている。指摘されなくても、わかる。僕は……─泣いているんだ。人前で泣きたくなんかない。この戦争が終るまで、泣きたくなんかなかった。でも、しょうがないじゃんか。この戦争で、大切な人がたくさんいなくなったんだ。もう、嫌なんだよ。大切な人が、大好きな人がいなくなるのは。

「お願いだから、アニタは死なないでよ……」

貴女は、僕が暗闇へ完全に落ちる前に助けてくれた大切な人なんです。
だから、生きてください。
死なないでください。
貴女は、平和なところにいてください。
この戦争に巻き込まれないでください。

「みんな!!アクマが来ます!!」

アニタの返事を聞いている暇はなかった。乱雑にコートの袖で顔をふいて、首にかけていた炎架をとる。
これ以上の犠牲者は、絶対につくりたくない。



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