狼娘物語 | ナノ



神田ユウ side

元帥保護任務に向かっている俺たち。行く先行く先にAKUMAが待ち伏せをしていてうぜぇったらありゃしねぇ。そのうえ任務の対象があの元帥ときたら俺の機嫌は最下層まで下がる。「まったく、オレ等も変な師を持っちまったなあ、神田」と俺に同意を求めてくるデイシャに「俺はあのオヤジが大っ嫌いだ」と呟く。

「ま…クロス元帥よりはマシじゃん…」

"クロス元帥"の言葉に俺はその弟子にあたっていた黒豆のほうを思い出す。確かにそう考えるとマシかもしれない。そのとき、ふと視線を感じたので見てみると、マリが笑いながら俺を見ていた。

「……なんだ」
「お前が機嫌悪い理由はそれだけじゃなさそうだな」
「……」
「どうせ花火が心配なんだろ」

「んなワケねぇ」と答えると「心配ならゴーレムで通信かければいいだろ」と脈絡がない返答が返ってくる。っち、コイツは変なところで核心をついてくるからうぜぇ。そんなことをマリは勝手に俺のゴーレムを取り出して通信を繋げ始めた。

「なにしやがる!」
「お前等は昔から素直じゃないよな」

「もうちょっと素直になれ」そう言いながらマリは通信の繋がったゴーレムを俺の手に置いてデイシャを連れて先に進んだ。残されたのは黒豆に繋がっているだろうゴーレムと、なす術のない俺。しばらく沈黙していると「誰?」と相変わらず冷淡な声が聞こえた。「……よぉ」と声を出すと数秒沈黙が流れてから【は、何?】と少しだけ驚いた色の混じった声が聞こえた。まあ、当然といえば当然の反応だ。その後すぐに【切っていい?】と返ってきたので「アホか」と言っておく。いつもならそれに対して言い返してくるか、無言で切るかのどちらかだが今回はそのどちらでもなかった。それに違和感を感じた俺は「なんかあったのか?」と聞いてみる。

【もし……】
「あ?」
【独りぼっちが怖くてさ、誰かに一緒にいてもらいたいのに周りから忌み嫌われてて独りでいるしかなかったとき、手を差しのばしてくれて自分を救ってくれた幼馴染が敵になったら……どうする?】

もともと小さな声で喋るアイツの声はさらに小さく、そして震えていた。それは今にもアイツの存在が消えてしまいそうなくらいだった。俺は返事をしない。それを感じとったのか、アイツは言葉を続ける。

【初めて、自分に笑いかけてくれた子だったんだ。光を与えてくれた大切な子だったんだ。そんな大切でしかたがない子が、敵になって……殺さなきゃいけない立場になってるなんてさ、どうすればいいの……】

殺さなければいけない立場、それは相手がAKUMAかノアだということだろう。この場合、おそらくノアの方だと考えられる。9年前、アイツがアジア支部に少しの間滞在していたときだ。無表情で誰とも関わろうとしなかったとき、アルマがアイツに引っ付いていた。それに巻き込まれて俺も居た。アイツはそんなアルマを苦手としていて、避けていた。ある日、とうとうキレたアイツが泣き叫びながらその村で起きたことや大切な人を作りたくないことを喋っていた。おそらく、そのときの話に出た奴がノアになったのだろう。

「相手がノアなら倒す以外手がないだろ」
【分かってる……そんなこと分かりきってるんだよ。でも無理なんだよ……】

ゴーレム越しからときどき嗚咽が聞こえる。んだよ、コイツ泣いてるのか。

【僕さぁ、大切な人を失うの嫌なんだよ】
「あぁ」
【アルマとかエドガー博士は僕に必要以上構ってきてさ、あっさりと大切な人になっちゃったんだよね】
「あぁ」
【それなのにあんな出来事が起きて、結局僕の大切な人は死んじゃったんだよ】
「あぁ」

そうだな、知ってる。お前もあの時いたもんな。小さな身体で必死にアイツ等の名前を叫んで言ってたもんな。「いなくならないで、独りにしないで」ってよ。

【絶対に二度と大切な人を作るもんかって決意してたのに、その大切な人だった子が生き返って敵の立場になっててさ…僕どうすればいいんだよ】

コイツは俺が思っている以上に重い過去をもっている。誰かに縋ることもせず、独りでいようとしている。放っておいたら壊れてしまいそうな奴だ。
アジア支部で心を開き始めたアイツはまだそこまで無表情で単語口調じゃなかった。どぎまぎだったけどちゃんと笑って、小さくて短かったけどちゃんと喋っていた。怖い話が大嫌いでアルマやエドガー博士の話でぎゃんぎゃん泣き叫んで、そんな日に暗い廊下が一人じゃ渡れない、でもアルマたちだと怖がらせてくる。つって俺についてくるように言ってきた奴だった。だけどあの一件の後に離れてから数年後、本部で久しぶりに見たときは無口・無表情・無関心。喋るときは単語で常に独りでいる奴になっていた。独りが嫌いなのに無理して独りでいる。そんなことすぐに分かった。

【そのうえアレンはやたらめったら近づいてくるしさ】
「待て、今アイツのこと名前で……」
【名前で呼ばなきゃいけない事態になったんだよ。苗字で呼ぼうにもアイツ、よりにもよってウォーカーとか……】

言葉を濁したということは話したくないのか。とりあえずムカついた。俺のことはあえてのフルネームのくせになんでモヤシは名前なんだ。俺の考えを見透かしたようにアイツは【人のこと黒豆とかいう奴がわがまま言うな】と言った。「チビはチビだろ」と言い返すと【チビ言うなロン毛。だいたいさ、それ願掛けのつもり?男のくせに】とか言ってくる。なんだコイツ、そんだけ無駄口叩ける元気あるんじゃねぇか。

【だいたいなんでこんな不安定のときに連絡してくるんだよ】
「俺じゃねえ、マリがやったんだ」
【は!?じゃあなんで相手はマリじゃないの!?マリがいい!マリに代われ!】

文句を言ってくるアイツに「うるせぇ」と呟くと【なんでバカンダなんだ……。マリー】と繰り返している。なんだかんだでコイツはマリに懐いている。アイツが適度に距離を保っているのが第一の理由だろ。それはそれで面白くねえ。

「で、なんだ。元気になったのか」
【……ん、話してるうちになんとなく考えがまとまった】
「そうか」
【よくよく考えたらさ、あの子一回死んでるんだよね。ノアの超人回復とか言ってるけど死んだものは死んだ。確かに僕はそれを確認している。だとすれば確かに肉体は回復しても一度抜けた魂が同じ肉体に定着するって凄く苦しいと思うんだ】

頼んでもいないのに勝手にまとまった考えを話し出してきた。内容が難しくてさっぱりとわからねえ。それを知ってるくせに話すのは嫌がらせか、それとも話し相手をしたアイツなりの礼なのか。

【そう考えるとね、リルって笑顔でいるけど実は凄く痛いんじゃないかって思う。僕、リルにはそのまま生きてほしいと思うけど、それに伴って苦しい激痛に耐えるということがあるんだったら……やっぱりこの世の真理には逆らっちゃいけないと思う。あの子は確かに一回死んだ。それならやっぱり成仏したほうがあの子のためだと思う。これ、エクソシストとしてじゃなくて陰陽師としての意見ね】
「つまり、エクソシストとしてじゃなくて陰陽師として倒すというわけか?」
【倒すんじゃないよ、成仏してもらうの】

いったいどう違うんだよ。言ったらまた長々と説明がくるだろうから黙っておく。コイツはいったんスイッチが入ると饒舌になるからな。昔からそういう奴だった。そう思ってると【花火ー、汽車きたぞー】と小さいがあの馬鹿兎の声がした。

「兎がいんのか」
【クロス師匠捕獲任務に同行だって】

「保護じゃなくて捕獲かよ」そう突っ込めばわずかだが、アイツから笑い声が聞こえて【クロス師匠だもん】と返ってきた。

【なんか兎煩いから行くよ】
「おう」

通信を切る最後に出てきた名前が兎だったのがムカつくがしかたがないだろう。こっちもデイシャが煩いしな。切ろうとしたとき【あ、そうだ】と何か思い出したように声をあげていた。

【話し、聞いてくれてありがとう。ユウ】

最後に言われた言葉のあと、こっちが返事をする間もなくアイツは通信を切った。は、なんだ。最後にそれはねぇだろ。

「神田ぁ、いい加減においてくじゃん」
「デイシャ、少しは空気を読め」
「あ?あの神田の顔が赤いじゃん。愛しの炎狼ちゃんと通信してたのか?」

デイシャの言葉に「うるせぇ」と返すが、おそらく説得力の欠片もないのだろう。にやにやと笑ってつけ上がるだけだった。

「くそっ」

最後の最後で名前を呼ぶのは反則だ。しかも返事待たずに切りやがった。勝手に人から距離を置いておいて、変なタイミングで近づいては遠くなりやがる……。

「花火の野郎……」
「だから言ったろ。素直になれって」

マリは全て分かってるように言ってくるので余計にムカついた。八つ当たりとしてデイシャに矛先が向かったのは言うまでもない。



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