狼娘物語 | ナノ



大丈夫だって言ってるのに、アレンたちは心配そうに僕をみつめる。心配してくれてるのだから……と我慢しているつもりだったが、三分ももたなかった。視線がうざったく感じて「視線、うっさい」と煩わしそうに言った。ずずうんと空間の崩壊が始まった。それと同時に、僕の空結の中に異物が入り込んだのを感知した。──きた。
感知するなり、僕は立ち上がってクロス師匠の横まで移動する。僕があそこにいろと言われたのは、空結に集中するためであり、アレンたちを守れとは言われていない。同じ戦場に立っているときくらい自分の身は自分で守るだろう。

「花火、わかってるだろうな。憎しみで伯爵と戦うなよ」
「……わかってます。僕がもつのは憎しみじゃなくて怒りです」
「そうか」

怒りも憎しみも変わらないだろ。なんてことは言われなかった。そういうところは優しい。怒りのあまりに飛び込まないように、深く深呼吸をした。それからキッと目の前にいる千年伯爵を睨みつける。対する相手は「こうして対面するのは初めてですネ」と語尾にハートがつくような喋り方で嗤った。

「改めまして初めましテ。我等の戦争を左右する審判者……いエ、巫女と呼んだほうがよろしいですカ?」
「アンタに呼ばれるための名前なんて、ない」
「そう、つれないことを言わないでくださいヨ。我々は貴女を歓迎する準備をいつでも万全にしてるのですかラ」
「誰が……!」

僕を歓迎する。その言葉を聞いた瞬間に怒りで血が沸騰し、熱くなった気がした。思わず飛び出しそうになった。でも、それと同時にぎゅっと狼我を抱きしめる力をこめたおかげで、二人の顔が浮かんで飛び掛ることだけは我慢できた。

「誰がお前等のところに行くか。リルも夢歌も……僕も。お前等がいなければここまで苦しまなかった」
「おやおや、随分なものいいですネェ。貴方たちは……特にリルを除く貴方たち二人は酷い扱いをされていたじゃないですカ。どちらに転んでも苦しみには逃れられてませんヨ」
「お前に僕等の何が分かる!!確かに、僕と夢歌は村人に酷くされた!!でも…それでも苦しみだけなんかじゃなかった!楽しいことも嬉しいこともあった!お前があんなことしなければ、こんなに僕たちは苦しみを味わうことなかった!!酷い戦争に巻き込まれなかった!!戦争の辛さなんて知らずに生きていた!!それを全部……全部お前が台無しにしたんだ!!」
「酷いことを言いますネェ。我輩のおかげでリルと再会できたというのに…むしろ感謝してほしいくらいですヨ」
「そのせいで、リルはずっとずっと苦痛を味わうことになっただろ!!そんなお前に感謝することなんて一つもない!僕は絶対お前等のところに行かない!光闇の巫女として……戦争の審判者として……リルと夢歌の幼馴染である花火として!お前等なんかに勝利の旗は絶対にあげない!!」

それは、悲鳴にも叫びにも近い怒鳴り声だった。それは今までに比べると一番大きかったかもしれない。アニタに怒鳴ったときですら、こんなにも大声で張り上げなかった。我慢する、憎しみでは戦わない。クロス師匠にそう言われた。頭のなかでは分かってる。でも、分かっているから我慢できるほど僕は大人じゃない。だからといってクロス師匠の言いつけを破って飛び掛るほど子供でもない。これでもかというくらい、手を握り締めて耐えてるのだ。アイツに飛び掛ることを。

「伯爵ううう!!!」
「──っアレン!!」

僕の変わりに、アレンが飛び掛った。その瞳には宿るもの、それは…──憎悪。あのアレンが、憎悪だけの瞳で千年伯爵に飛び掛っていったのだ。



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