狼娘物語 | ナノ



リル side

どうして、こんな油断をしたのだろうか。それはきっと、花火ちゃんと戦っているのが楽しかったからだろう。いや、戦うなんて概念も途中から頭のなかからすっぽ抜けた。途中から子供の喧嘩のようにがむしゃらになっていたのだ。昔は、夢歌相手に喧嘩をするのがしょっちゅうだったが、花火ちゃん相手は初めてだった。だから、空間の崩壊なんて忘れていた。あたしが落ちた瞬間に、花火ちゃんは躊躇もせずに飛び込んできてくれた。あたしは飛べるのに、彼女の頭の中にはそんなこと考えていなかった。

「リ……ル……っ」
「花火ちゃんっ!」

花火ちゃんに伸ばされた手をあたしは慌てて掴む。なぜか、花火ちゃんの息が荒く、顔も青白かった。どうして?さっきまで怪我はあったけど元気そうだったのに……!花火ちゃんが楽になれるように抱える。必死に名前を呼べば「そんなに……呼ぶな馬鹿」と返ってきた。

「さすが、方舟……か」
「花火ちゃん!?ねえ、しっかりしてよ!!」

そこで気づいた。花火ちゃんは陰陽師として、炎狼家最大の能力をもっている巫女として、あたしと戦っていたのだ。彼女なりのポリシーで、その間はずっと霊眼を発動させっぱなしだった。そして、今も発動している。ノアの方舟には悪霊や怨霊がうじゃうじゃいるに決まっている。巻き戻しの街で確認したじゃないか、霊眼でロードを視た彼女は相当のダメージを負っていたと。そんな彼女が方舟で……しかも、空間が安定せずに崩壊寸前の空洞な闇の落下中で視る霊にダメージを負わないはずがない。「花火ちゃん!」もう一度彼女の名前を呼ぶ。返事がない……意識を失っている。

「どうして……っ!」

どうしてそんな辛い状況で、霊眼を発動してまであたしと戦ったの?そこまでしてあたしを救おうとしてくれたの?無理矢理繋がれたあたしの魂と肉体は、痛いってだけで表現できるほどの苦痛じゃない。それでも、花火ちゃんがいるから耐えられた。だったら、なにを支えに花火ちゃんは気を失うほどのものを前に耐え続けたの?

「……そんなの、あたしが一番分かってるじゃない」

村からの酷い仕打ちも、自分以外が傷つかないなら大丈夫と微笑んで耐えられるほど優しい子なんだ。そんな子が苦痛の波にもまれていると知ったら意地でも助けようとするに決まっているじゃないか。ましてや魂の姿が視えて、叫び声が聞こえる彼女なら。なのに、あたしは結局自分の私利私欲でしか動かなかった。

「ごめん……ね」

あたしはね、ただ死ぬのが怖かっただけなの。花火ちゃんのためとか響きのいいことだけ言って、言い訳してたの。花火ちゃんを辛い思いさせてまで…万物に逆らって生きようとは思っていない。ただ、怖かったんだ。それだけなのに、ここまで辛い思いさせてごめんね。本当は、あたしを成仏させるという選択をするのも辛かったでしょう。

「あたし、そこまで花火ちゃんに想ってもらえたと実感できたら、もう思い残すことなんてないよ」

ぽたりぽたりと花火ちゃんの頬にあたしの涙が落ちる。ああ、たくさんの人を殺めて手を汚したあたしの涙なんて、花火ちゃんを汚すだけなのに。昔、夢歌が言ったとおりだ。天使の子なんて響き、やっぱりあたしに似合わないよ。それは花火ちゃんのほうがぴったりじゃない。

「リ…ル……」
「いっぱい、辛い思いさせてごめんね。こんなあたしのこと、大切だって言ってくれてありがとう。幼馴染だと想っててくれてありがとう。──命をかけてまで助けようとしてくれてありがとう」

トンッと地に足がついた。次元の狭間にこんな足場があるはずはない。カツンと足音がした。そっと上を見上げると、ああ、だからか。納得をした。

「花火ちゃんに、たくさんのことありがとうって言ってください。あたし、幸せだって」

目の前の者は返事をしない。ただ、ただあたしの腕にいる花火ちゃんを見ている。大丈夫、この人に預ければ花火ちゃんはきっと無事だ。あたしは、花火ちゃんが目を覚ます前にこの戦争から離脱しよう。

「あたし、花火ちゃんも夢歌も本当に大好きだよ」

敵側にいたあたしが言える台詞じゃないけど、どうか勝ってください。別に教団が勝ってほしいわけじゃない。だって、ノアの皆も好きだったから。それ以上に、二人が愛おしいの。だから、二人がいる側が勝ってほしいだけ。

「二人が幸せになれますように」

サヨウナラ
(あたしは本当に幸せ者でした)
(花火ちゃんがいて、夢歌がいて)
(ノアになってもなお……あたしを愛してくれる人がいて幸せです)
(あたしはもう、この世にいれないけど)
(二人が幸せに生きてくれるのを)
(空から見てるね)


 
MENU

「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -