狼娘物語 | ナノ



紫風夢歌 side

ガシャンッともっていた資料を俺は落とした。上司に「馬鹿野郎!さっさと拾え!」と怒鳴られたが俺はざわざわとした嫌な予感でそれどころじゃなかった。「紫風!!」名前を呼ばれてハッと我に返る。「すんません!」と謝りながら急いで資料をかき集める。ざわざわ、嫌な予感はまだとまらない。嫌な予感の正体なんて分かっている。それが重くのしかかってきて、自分に似合わないため息を吐く。
資料を落とした罰として、上司が俺にお使いを押し付けた。とぼとぼ廊下を歩いていると、「おーお、辛気臭ェ顔しやたって」とアジア支部を守護するフォーさんがいた。

「こんにちは……」
「珍しいなあ。お前がそんなに暗いとか」
「ああ、ちょっと……」
「花火のことか」

すぐに悟ったフォーさんは、真剣な顔つきをした。ほんまにあいつは愛されてるなあ。彼女の反応で実感した。村から忌み嫌われていた花火は、自分が好かれないと思い込んでいるが、実は凄く愛される体質なのだ。そりゃあ、無条件というわけではないが。彼女の絶妙な距離の置き方による心地よさとか、不器用だけど凄く優しいところとか。そういうところが周りを惹くのだ。

「大丈夫だろ。アイツは強い」
「強い……やろうか?」

俺はフォーさんに問いかけるように聞いた。その言葉に「強いだろ。マジでやりあえばあたしも負けるかもしれない」と頷いた。それは、戦闘の強さではないだろうか。確かに、花火は強い。戦闘はフォーさんのお墨付なら確かだろう。でも、本当に強いのは戦闘とかじゃなくて、芯があって精神が強いのだ。

「あいつ、怪我とか死とかを恐れないんや」
「そんなの知ってるぜ。だから危なっかしい」
「それで、凄い身内に甘いってのが難点やと俺は思う」

怪我や死を恐れず捨て身で戦うから見ているこちらは怖い。でも、それ以上に怖いのは身内を失うことを心の底から恐れ、身内を守るためなら自分の命なんてかえりみないところだ。

「だからなんだってんだ?アレンも含め、江戸にいるエクソシスとは皆強い。お前が心配することじゃないだろ」
「俺が心配してるのは、花火がエクソシストを庇って傷つくことやない」

俺が本当に心配しているのは、花火がリルを一人にするつもりがないと確信得ているから。昔よりも冷淡になったからって、彼女の優しすぎる性格は変わっていない。人の心配ばかりするのは昔のままなのだ。だから、彼女は戻ってこないのではないかという不安がよぎる。

「あいつの癖、昔のままなんや」
「癖?」
「守れない約束も、頷かないとこっちが心配するから笑って頷く。そりゃあ、俺たちといるときは笑顔が多かったけど、守れないと自覚してるときに浮かべる笑顔は寂しそうなんや」

大事な奴との約束を破るのは心が痛むから。だから、凄く寂しそうに、悲しそうに笑う。小さい頃から見てきたから知ってる。だからあのときの笑顔を見た瞬間に悟ってしまった。
──花火はリルと逝くつもりだ。

「アイツは身内を思うためのあまりに強すぎるで。独りになるのも、相手を悲しませるのも嫌やから。だから、弱点が丸分かりなんや」

このさい傷だらけでもいい。だから生きて帰ってきてほしい。つーぅっと頬に生暖かい水滴が流れた。

「紫風……?」
「なあ、フォーさん。花火も……リルも……無事に帰ってきてほしいと思うのは贅沢やろうか?」

こんな現実、15歳の俺たちにはとって背負うには、重いすぎるわ。



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