紫風夢歌 side
「すごー」ノアの方舟を見上げながら口を半開きにして呟く花火を見て、俺は喉をならした。エクソシストというのは本当に数が少なく、いたるところから噂が流れてくる。花火も例外ではなかった……というより、通常のエクソシストよりも噂はかなり流れていた「家族に売られた」やら「独りで喋ってて気味が悪い」やら「可愛げのない子供」やらよくない噂が多かった。一部では「小さい子供なのに可哀想」という同情の声もあった。風の噂では、花火は単語でしか喋らなかったらしい。そこから『天涯孤独』やら『一匹狼』やら勝手に名づけられていた。そうなる原因もわかっている俺にとっては罪悪やら苛立ちやらでいっぱいだった。でも、十年ぶりの再会を果たして安心した。アジア支部だから、というのもありそうだがあのアレン・ウォーカーという少年にはそこそこ懐いているらしい。本人に言えば否定されるのだろうけど。
「花火、口半開きですよ」 「うわあ、アレンがピアス。不良になった」 「なんですか、そのピアスに対しての偏見は!というか、これピアスじゃありません!」 「これから敵陣の本拠地に乗り込むといっても過言じゃないのにチャラチャラしやがって」 「これ無線機ですってば!」 「知ってる。室長の声するし」 「よく喋るようになったと思ったら嫌味ばっかですね!!」
冷淡に返しているけど、花火。顔、楽しそうやで。本人は気づいていないのだろう。というか、あんな微弱な変化に気づけるのって俺かリル……あと、噂で聞く花火の師匠と神田ユウとかいう奴だけやろう。
「はあ。ちゃっちゃと行ってちゃっちゃと帰ろう」 「そんな簡単にできないでしょうが」 「皆で生還ね」 「話、微妙にずれてますから」
二人は方舟に乗ろうとしていた。そこで「ままっ、まって!ウォーカーさんっ」アレン・ウォーカーに一目惚れしたと聞く蝋花が大声で呼び止めていた。李佳とシィフも一緒だ。彼に渡しているトランプ。たしか、スペードのAがかけてるとか言ってインク複製してたな。
「ありがとう」 「きっ、気をつけて!」 「またな、ウォーカー」 「うん」
四人の会話が終った。花火は一足先に方舟の中にはいろうと足を動かしていた。それを見た俺は反射的に「花火!!」と声を張り上げて呼び止めていた。「……なに?」めんどくさそうにこっちを振り返った花火。俺が声を張り上げたことにより、作業していた者たちの視線も集中していたからますます不機嫌になっていた。やべえ、早くなにか言わなきゃますます機嫌が悪化する。 「がん……っ」言葉をとめた。頑張れよ、それは花火に一番言ってはいけないことではないのだろうか。特に、俺が。これから、江戸に行く。おそらく、そこには千年伯爵やノアがいるだろう。 ──リルも。俺と違って、花火は直接リルに手をかけなくてはならない確率が高い。頑張れ、なんて言えない。 俺にとって悪態ついて喧嘩したリルも、花火と同じくらい大切な奴なんや。三人でまた馬鹿やって笑いたい。そんなの、俺だけじゃなくて花火も思ってることだ。
「ねえ、僕にいうことないの?」
ないならもう行くよ。目が語っていた。これから戦場に行く決意も、リルと戦う覚悟も。神様は意地悪やな。なんで、花火ばっかりそういう悲しい出来事に遭わせるん?もう、ええやないか。そこまで辛い想いをさせんでやってなあ。小さな身体でどれだけの戦火をくぐりぬけたのだろう。あの小さな彼女はどれだけ重いものを背負っているのだろう。自分が泣くのはお門違いなのに、視界がぼやけてきた。
「お土産は、馬鹿一号でいいよね」 「せやな……そうしてくれや」
馬鹿一号……それはリルのことやろう。その台詞で花火のやろうとしていたことがわかった。彼女はリルと戦うときはエクソシストとして戦うつもりじゃない、陰陽師として……幼馴染の炎狼花火として戦うのやろ。だったら、俺もアジア支部科学班としてじゃなく、二人の幼馴染として、紫風夢歌として待とう。
「家に帰って『ただいま』いうまでが遠足やからな」 「こんなギスギスした遠足は嫌だね」 「生きて、帰ってきてな」 「夢歌が生きてくれたのに、死ねないよ」
せやな。花火はそういう奴や。そういうところは変わってなくて安心したんやで。彼女がこれ以上気にすることがないように、俺はニカッと笑って見送ることを決めた。 この戦いでこれ以上花火の心が傷だらけにならないように、リルが戻ってきてくれるように……たくさんの願いをこめて俺は言った。
いってらっしゃい!
(……いってきます) (本当、肝心なときに俺は使えんやつやな) (天使の子やら悪魔の子やら言われてる二人の辛さも、普通だった俺は理解できてなかった) (だから、せめて二人が普通の女の子になれるように普通に接するしかできんかった) (ほんま、力がないって辛いな)
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