猫の手
ある日、友人が猫を買ってきた。
「やる。」
「いらん。」
「まぁ、そういうなって。荒みきったお前の心を癒してくれるだろうよ。」
「余計なお世話だ。」
日本人らしく三毛猫だぞ。と、友人が俺の顔の前まで猫を持ち上げる。
「ミィ…」
まだ子猫なソイツは子供特有の高い声で甘えながら俺の頬に肉球を押し付けてくる。
「ははっ。良い感じに懐いてんじゃん。」
「微塵たりとも嬉しくねぇ。」
最後まで否定的だった俺にほぼ強引に猫を押し付けると、
「早く元気だせよな!」
と言って、帰っていった。
「みゃう…?」
腕に抱いた子猫が不思議そうに俺を見上げてくる。
分かっている。彼奴は彼奴なりに俺を励まそうとしてるんだ。
15年間付き合い続けた婚約者が、10年前から浮気をしていたのが分かった時、俺は柄にもなく泣いた。
無口で無表情で無関心だと自他共に認める俺が泣いたんだ。一番の友人である彼奴は気が気じゃなかったんだろう。
なけなしの気遣いを振り絞って彼奴は俺に若干ズレた励まし方をしたんだ。
「おい、猫。お前は今日からユイ、だ。」
「み゛ゃう…」
「フッ…嫌か?分かってんじゃねぇか。」
俺の心を読んだかのように、猫は元カノの名を拒んだ。
「じゃあ……ケイ。」
「ミィ!」
まるで、言葉が通じてみてるみたいに、先の友人の名を捩った名前を呼べば、ケイは嬉しそうに声を上げた。
「ケイ…ありがとな。」
無邪気に俺の頬に肉球を押し付けてくるケイに自然と笑みが零れる。
猫の手(今度啓太に会ったら礼を言おうか。)
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