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下の小説の続き







あの日以来俺は何度か襲われた。度々そういうことがあってわかったのだが、風介が人間になるときは性欲が満たされていないときであるらしい。何故わかるのか、それは彼が人間であった日にしなかった例しがないからだ。
正直幼稚園で初めて兎の愚痴を聞いた日から大抵のことでは驚かなくなっていたので、別に人間に変身する、なんてことにはそんなに驚かなかった。ただ、彼が欲のはけ口に俺を選んだことは、少し理解し難かった。


話を戻して、彼が人間の姿になった時はすでに辛い朝を迎えることを約束されていたので、正直マンションに帰りたくなかったのだが、それで遅く帰ると次の日遅刻という危険性があることを理解し俺はおとなしく早く帰宅することにした。ソファに白い毛が丸まっていると気分が明るくなって即座に頭を撫でにいったり、コーヒーを啜る音が聞こえるともういっそ朝まで公園にいようかと落胆した。


風介との行為は嫌いじゃない。男と男、というのは世間から見ると不安定だが、割と気持ちは良いものだ。問題は風介としていると思わず言ってしまいそうになる言葉があること。言ったら、絶対戻れない。そしてその言葉を聞いたあとの風介の反応が怖い。



そうだ、と思い切って強く拒否をしたことがある。結果は……まあ、行為が荒々しいものになって終わった。次の日が日曜日でよかったと本当に感謝したものだ。横で安らかな寝息を立てる白い狼を見て、そして激しい腰痛で俺は顔をしかめながら朝を迎えるのだ。あの時の怠惰具合と言ったら……
でも、駄目なのだ。あの整った顔と深い碧の目に見つめられると、動けなくなる。キスをされると、胸が苦しくなる。獣だと分かってても、甘えたくなる。
ただの甘えじゃなくて、もっとキスをしてほしいとねだりたくなるのだ。相手は、人間では、ないのに。



「…………いっそ、普段から人間でいてくれたら」


「何か言ったか?」


「…えっと、明日牛肉と鶏肉どっちがいい」


「鶏」


「わかった」



いっそ、普段から人間でいてくれたら、何の罪悪感も沸かないのに。







カラスがこちらを見てくすくすと笑う。ああ、いいさどうせ狼に振り回されている身なんだから。
なんとなく、なんとなく自分と風介だけ世界から隔離されているような気がした。寧ろそうであればいいと願った。















「南雲先輩、好きです。」



目の前には顔を真っ赤にした、小さな可愛い女の子。黒い長髪をなびかせて俺と目を合わせられないのか、俯いている。ああ、もしや。俺は告白されているのか。




「南雲先輩の、その、自分の世界をちゃんと持っているところとか、」


「俺の、好きなところ?」


「はい」




ぎゅっとスカートを握る姿はとても純粋そうで、切なくなった。どうして俺なんだろう。公園で、堂々と制服でチューハイ飲むような奴だよ。ろくな男でないということくらい、右耳についてるイルカのピアスで分かるだろ。同級生には好奇と憐れみの目を向けられる。一度授業中に小鳥と会話してしまったからだ。だのに、俺を好きだと、そういいたいのか。




「……………見て分かんないかな。俺、変わってるだろ」


「っ、そこも…好きなんです!」


「分かった、考えとく」





なんだか、さっさと決めるのが鬱陶しかったのだ。小顔をぱあっと華やかにしてお辞儀をして去っていく名も知らぬ後輩を見て、心から、憐れに思った。期待して、救われない。







「…………………。」



こっそりと扉からマンションの一室を覗くと、人間の姿でお菓子を食べながらテレビを見る風介が目に映った。その瞬間激しい目眩がした。嫌だ、怠い、今日は寝たい。


俺は大きく深呼吸をすると、扉を開けて入って閉めて、風介に挨拶もなくベッドにダイブした。多分この時間を合わせて十秒も経っていない。素晴らしい荒技だが、制服を着たままなことに気がついた。



しかしこのままベッドに潜り込んでしまえばこちらの勝ちだ。布団をすっぽりとかぶり、寝たふりをする。




「何故、寝たふりをするんだ」



……早速ばれた。
俺は布団をかぶったまま受け答えをする。


「眠りてえから」


「…………。」


「寝る。もう寝るから。晩ご飯はなんとかして。おやすみ」





暫くの沈黙が続いた。そのあと風介は何をするでもなく、ぽつりと呟いた。




「私は」


「……」


「君をあんな女に渡したくない」


「…、何、言って」


「晴矢を人間なんかに渡すなんて、嫌だ」


「どう、いう」


「あんな女、食い殺して、晴矢を」



怒りに犬歯を唇に食い込ませた風介が目に飛び込んできた。布団を剥がされたとようやく気付いたところで何が出来るわけでもなく、俺は風介に押さえ付けられた。



「人間なんて、嘘の塊で面倒な事が大嫌いで命の尊さを知らず馬鹿みたいな口付けを交わし表面上だけの交流をはかり見た目だけを気にして中身だけ汚れていくだけのただのゴミ屑なのにゴミ屑なのに、」



風介は吐き捨てるようにそこまで言って、俺の額にキスをした。何が何だかわからず、黙ってキスを受け取る。



「晴矢だけだ。晴矢だけ違う。こんな汚れた世界で、君だけが輝いて見える。」


「…俺は、あの子を振ろうとしてたぜ」


「それでも私は、あの女豹に晴矢をとられるのではないかと心を痛めた」




指と指の間に、風介の指が入り込んでくる。こんなことだって、情事中にしか出来ない。何度周りのカップルを妬んだことだろう。羨ましかっただろう。
あんな女、もともと眼中にはないというのに。
風介の事は、認めてしまえば好きに違いない。それでも言えなかった。その一歩を踏み出すのがとてつもなく恐ろしくて、俺はずっと躊躇をしていた。



「私は、好きだよ。君が、晴矢が、私を介抱してくれたあの時から。君にならばこの身を捧げていいと感じたから。」


「俺は、何も………。」


「なら何故、君は私の背に腕を回してせがむように甘えた表情をするんだ。」



苦しそうな風介の表情に、俺は初めて風介が我慢していることを知った。今もそうだが、俺の好意に感付きながら、自分の感情をひた隠しにしてきたのだ。
身分の差で苦しんでいるのは俺だけじゃない。何で、そんな簡単なことに気付かなかったのだろう。


気付けば俺の頬は濡れていた。まさか、泣いているなんて思わなかった。





「何故泣くの」


風介が指先で涙を掬う。とても温かかった。



「風介の事が好き、好きだ…。駄目かもしれないけど、ずっと一緒にいたい。風介に傍にいてほしい。」


「大丈夫、私はずっと君の傍にいるよ。」



風介は優しく笑いながらずっと俺を抱き締めてくれていた。人間の姿なのだから、欲が体を渦巻いて辛いはずだ。なのに俺を思ってくれている。



「この人間界で孤独な晴矢を笑顔にする為に、私はいるんだから」



温かさと風介の安堵に満ちた声の中俺は眠りに落ちていく。大丈夫。どんな時も風介は一緒にいてくれたから。だからきっとこの先も、一緒にいてくれる。
あの子と付き合うという選択肢もあった。けれど俺は風介と生きる道を選ぶ。きっと大変だけれど、報われないこともあるだろうけど、それでも頑張れるだろう。




きっと、大丈夫。






















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テーマ「人外ファンタジー」
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