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獣×人間







「ただいま」



高校生でマンション一人暮らしとは、やはり自由にされている感が否めなかった。というよりも手元に置いておきたくなかっただけなのかもしれない。下宿でも寮でもよかった筈なのに、俺が騒ぎを起こす等したら嫌だと考えたのだろうか。つまりは俺のことが気持ち悪かっただけなのだ。
動物の言語がわかる、俺が。




「何かあったの、晴矢」


「別に、何でもない。」


「嘘。だって君、凄く泣きそうな顔してる。」




ソファに横たわっている、白いものがのそりと起き上がった。紛れもない狼。真っ白な毛並みの、狼。碧い瞳の整った顔をした狼だ。狼は俺の近くまで寄ってきて手を舐めた。



「何でもないって。今日は誰にも何も言われてない。動物に会わなかったからさ」



風介はこちらを少しだけじっと見て、再びソファに寝転がった。風介、と初めて会った時そいつは名乗った。どこから来たのかも、どうしてここに来たのかも、何も話さなかった。初めて会った時は真っ白な毛は血に塗れ無惨な姿だった。



俺は馴染めない高校にむしゃくしゃして夜の公園のベンチに腰掛けて、チューハイを飲んでいた。意外とばれないもんだ、とぐびぐび飲んでいると近くの茂みでどさりと何かが倒れる音がした。
人間だったらどうしよう、と思いながら茂みの中に入ると声がしゃくりあげて出ない。血だらけで倒れている獣を見つけたら、誰だってそうなる。



「大丈夫かよ、これ……」


そっと近寄ると途端獣は、カッと目を開き牙を向いて威嚇をしてきた。荒い息を吐く口からはとめどもなくどす黒い血が流れる。



「おい…、そんなことしたら血止まんねえよ」


「いい、煩い、ほっとけ、人間にかかわられても何も良いことはない」


「…人間にだって、血ぐらい止められる」


「お前……言葉が…?」



驚きを隠せていない獣の近くに寄った。まだ警戒をとかない獣の頭を優しく撫でた。獣は何もしなかった。



「うちにこいよ。怪我の手当てくらいしてやっから」


「…………。」



獣は何に惹かれたのか、黙って俺の後をついてきた。そして俺の生活感のない部屋にびくつきながら黙って手当てを受けていた。毛についた血をタオルでとってやると獣はとても綺麗な毛並みを見せた。



「綺麗な毛並みしてんな、お前」


「お前じゃない、風介だ」


「名前あんのか」


「…………。」


「…まあいいや、怪我治るまでうちにいろよ。ここなら誰も来ねえから」




風介は何も言わずうちにいた。話し掛けても言葉が返ってこないことがほとんどだったが、つまらない学校生活を送る俺にとっては大きな出来事だった。餌は何を食べるだとか、色々と調べることはあって暇はしなかった。




「お前は何故、私に構うんだ」



綺麗な毛をブラシで梳かしているときだ。不意に風介が話し掛けてきた。風介から話し掛けてくるのはそのとき初めてだったかもしれない。



「そうだな……お前が一人ぼっちだったからかな」


「一人ぼっちなら、誰でも家に呼ぶのか」


「お前は、俺と境遇が似てたから」


「…お前も、一人ぼっちなのか」


風介は耳の周りの毛を梳かしてもらうのが好きだったらしい。気持ち良さそうに目を閉じている。俺は風介の言葉には返答せず、はい終わり、と梳かすのをやめた。風介は梳かすのをやめたせいか、俺が返答をしなかったせいか、少しだけ機嫌が悪そうだった。






怪我も完治して、そろそろかな、と風介が出ていくのを見計らってみるが風介が動く気配は全くない。本当は聞きたくないのだが、思い切って聞くことにした。



「お前、ここにいていいわけ」


「…いては駄目なのか」


「え、いや、俺は困んねえけど」


「ならいる」




あっさりと会話は終了した。おかしな奴だ。と俺は首をひねる。しかし別にいても困らない事は事実なので、そのまま放っておくことにした。何も部屋の中を荒らすわけではないし(言ってしまえば荒らすものはないのだが)餌もそんなに与えなくても大丈夫なようだ。俺は安心して学校にいくことにした。
これで、風介は何処にも行かないんだ。無性に嬉しくて、バスの中でこっそりと笑った。








毎日が少しだけ幸せになって、そして、今に至る。俺はいつものように学校から風介と自分の夕飯を買って帰宅していた。そこまでは、何も変わらない日常だった。自分の家のソファに腰掛けてテレビを見ている、男を見るまでは。

誰だ、これは。



「おおぉ、お前、誰だ」


「ああ、……おかえり」


「ただいま。…じゃなくて、あれ、声…風介?」



モデルだと見紛うような整った顔に細い長身の体。銀がかった白っぽい髪。風介と同じ碧い瞳。…風介だ。



「よくわからないけれど、たまに人間になるんだ」


「何で?」


「だから、わからない」



高校生になってから急に伸びた俺の身長でも風介の身長にはかなわない。



「え、う、…あっ!?何すんだお前……」


「…うるさい、じっとしてろ」



かぷ、と首を甘噛みされて、半分パニックになるが、そういえばこいつは狼なんだということを思い出し、おとなしく受け入れることにした。…のだが、何だか状況が違ってきている事に気が付いた。
俺、いつ、ベッドに移動したっけ。



ワイシャツを強引に引きちぎられて、あろう事か風介は俺の乳首に舌を這わせてきた。パニックと何とも言えない快感に脳内がぐるぐる回る。これは、動物だから、そう、遊んでいるだけで、決して、そういう事じゃ―――――。


「…うっ、やぁ…」



これ、自分の声か?と疑いたくなるような高い声が耳の奥から聞こえる。
風介は俺の上に馬乗りになってキスをしてきた。いつもするような口を軽く舐めるような感じじゃない。風介の舌が俺の舌と合わさる。俺の口内をまさぐるように、長い舌が蠢く。口の端から二人分の唾液が出ていくのを感じた。息が、出来ない、ああ、死にそうだ。でもいっそこのまま死ねたら。



「晴矢、泣いてる」


「うっうるさい…お前のせいだ馬鹿…」


「晴矢、晴矢」


「……んだよ…」


「挿れて、いいか?」



ここで、何を、と聞くほど俺も野暮ではなかった。よくよく風介を見ると細かい呼吸を繰り返して、顔を赤くして何だか興奮しているように見える。まさか発情期、とも思ったがイヌ科というものは雌のフェロモンに触発されて発情するものではなかっただろうか。――なんて今考えてる場合じゃない。


スラックスのホックが外れる感覚がして、まずい、と本能的に脳が働いて腕を掴んだ。



「まっ…待てって!お前…俺相手にしたって…」


「じゃあ誰を相手にしろというんだ」


「え、ええと……き、近所のハナちゃん…」


「………。」


「わっ…わああぁ待てって!」


その後も攻防戦が続くが、大人の体と高校生の体ではどちらが不利なんて一目瞭然だった。一瞬の不意を突かれて再び首に噛み付かれる。噛まれたり、舐められたり、変な感覚に鳥肌が止まらない。



「ああっ…や、やめ…」


「大丈夫、痛くしないから」



そういう問題じゃない!という叫びはあられもない喘ぎに変わって、もう気絶したかった。意識を失いたかった。


ファスナーを下ろされてボクサーパンツの中に細い指が入ってきた後からほとんど記憶がない。かろうじて覚えていたのは背中に回した腕に伝わる、いつもの体温と違う人の熱さ。
そして何が何だか分からないままとめどもなく出ていた自分の声と、風介の色気のある荒い息遣い。



でもそれが夢じゃないと分かっていたのは、朦朧としていた意識がはっきりしてきたのが風介が俺の体を風呂で洗っていたからだ。
恥ずかし過ぎて風介を風呂から追い出し、一人で体を洗うはめになったが。




「………。」



俺は一人風呂で唇を噛み締めた。別に仕方ないことなのかもしれない。けれども風介の優しい温度を、大きな背中を、深い碧い瞳を忘れることが出来ない。何故忘れられないのかを、俺は考えたくなくて目を閉じて頭を振った。駄目なんだ、きっと。この感情は駄目なんだ。























続きます
















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