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ファンタジー(?)






少年は上流貴族の次男に生まれた。しかし少年は生まれつき体が弱く、人とのお喋りも苦手でいつも自室に引きこもりがちだった。少年は稀に見る美少年でこぞって女は押し掛けた。水色がかった灰色のつやのある髪。碧い目。性格も、病弱な体も見ていない。見てくれだけを気にする女たちを、少年は次第に軽蔑するようになっていった。


友と呼べる者もいない、誰とも話したがらない、女嫌いな息子を母親は大層心配した。しかし自分が話し相手になろう、などという孝行を働く理知的な母親ではなかったので、母親はオーダーメイドで作らせた人形を息子にあげた。息子は女の人形を窓から投げ捨てるので、赤い髪の、息子とは正反対の活発そうな男の子の人形を作らせたのだ。

息子はとてもその人形を気に入って、前よりも自室を出なくなった。半ば諦め気味だった母親は何も構わなくなり、元々仕事の忙しかった父親は元より何も口を出さなかった。元気で頭の良い兄を出世させることが彼の生き甲斐であった。もしかしたら出来の悪い次男を、人間としても意識していなかったかもしれない。



少年は人形にバーンと名前をつけて可愛がった。驚く事に少年はその人形と意志疎通が出来た。人形は少年の望むままに会話をし、時に少年と笑った。少年は嬉しかった。いつの日か、少年はまるで自分の隣にいるような、等身大の彼を意識するようになった。人間が隣にいるような、錯覚とも幻覚ともつかぬような意識に、少年はとり憑かれていった。



「ねえバーン、最近はね、足が動かないんだ。走ろうと思っても足がもつれてしまうんだよ」


「それはあんたがずっと此処にいるからだよ。外を走り回れば、すぐに動くようになるさ」


「でも君は、一緒に走ってくれないだろう。」


「……俺は此処を出られないから。」


バーンは悲しそうに笑った。少年はバーンのいないところに行くのを嫌がった。バーンは部屋を出ることが出来ない。



「外はつまらない」


「そんなことない。それはあんたが外の世界を知らないだけだ」


「バーンのいない世界なんて、私にはいらないもの」



バーンは苦笑をもらした。あんた一生此処から出られねえぞ、と人差し指で少年の額をつつく。それでもいい、と少年は考えていた。

少年は、人形に恋をしていた。












「何故人間は、人間としか恋をしてはいけないのだろう」


母親の部屋に眠っていた恋物語の小説を半分まで読んで、少年は本を放り投げた。本は人形の足元に落ちる。人形はため息をつきながら本を拾い上げ、少年の殆ど使われないぴかぴかの机にそっと置いた。



「読んでみたら」



人形はふるふると首を振った。どうして、と少年が尋ねると、人形は辛そうに本の表紙を撫でた。



「俺は、文字が、読めないから。人形だから、あんまり頭よくないんだ。」


「なら、どんな本だか説明してあげるよ」


途端人形はとても嬉しそうな顔をして、少年の座っているベッドに飛び乗った。はやく、はやくと人形の手が膝の上に乗る。少年には人形の手がとても温かく感じた。



「美しい孔雀がおりました。その孔雀に一人の男が恋をしました。しかし美しい孔雀は雄で、妻がおりました。嫉妬に狂った男は妻を焼いて猟犬の餌にしてしまいました。美しい孔雀は人間を忌み嫌い、次第に羽の色を失っていきました。そんな孔雀に、男は―――。」


「男は?」


「その先は読んでない。きっと、ハッピーエンドじゃないんだろうから」


「なぁ、読んでくれよガゼル。すごく気になるんだ。」


「…バーンがそう言うなら」



少年は数日のうちに小説を読み終わり、人形に結末を言って聞かせた。人形は真剣に聞き入り、一文を聞くたびに大きく反応をした。それが少年にとって心地好く、屋敷の中の本を読み漁って人形にその本の内容を聞かせた。人形もまた、心底楽しそうに少年の話を聞いているのだった。




「ガゼル、一番最初に読んでくれた本の内容覚えてる?」


「あの、孔雀の話だろう?」


「そう。……俺はすごく、あの孔雀じゃなくてよかったと思ったんだ」


「何の話?」


「だって、俺にはガゼルだけで、ガゼルは俺を大切にしてくれるから。妻とか、猟犬とか、何も邪魔するものがないから。」



少年は自分の膝の上の人形の手に触れた。人形は不思議そうに少年を見つめる。少年は人形の白い手を口のところまで持っていき、キスを落とした。



「初めて、キスをしたよ」



人形の長いまつ毛のついた金色の目が大きく見開かれる。そしてふ、と笑って少年の額に軽く唇を押し付けた。



「有り難う、ガゼル、有り難う……。」




人形は少年の手を自分の頬に持っていき、両手で押さえた。目を細めて今にも涙を流しそうな、危うい表情でずっと有り難うと繰り返した。何に対してのお礼かは具体的にはよく分からなかったが、少年はうん、と繰り返した。



「人形でもいい。バーンが好きなんだ。君のいない世界なら、いらない。」


「……うん…こんな人形を好きになってくれて…有り難う…。」



人形はこんな時でさえ涙を流せないと嘆いた。少年はそんな君も好きだから気にしなくていいと笑った。人形は思い切り少年に抱き付く。少年はよろけながらもしっかりと人形を抱いて微笑む。ずっとこんな時が続けばいい、と少年と人形は考えた。



しかしそんな幸せな時間も、少しで終わりを迎えた。少年は重い病気にかかり、一日夢の中にいることも多くなった。極端に起きている時間が少なくなった。
人形はずっと少年を見守っていた。明くる日も明くる日も、愛しい人を見ていた。孔雀の話を描いた小説を手にとって表紙を眺めてみたり、少年の頬に口付けを落としてみたり。少年の容態がよくなるまで、人形はそわそわと落ち着かなかった。



一方で、息子が病に伏したことでやっと構うようになった母親は、息子の異常なまでのあの人形に対しての執着に、恐れを抱いていた。そして、どうにかして人形から意識をそらさなければと思った。







母親は息子が深い眠りについているうちに人形を盗みだし、人形を暖炉に放り込んだ。ばちばちと音をたて、ゴムの溶ける厭な臭いが広がる。母親はいい様だわ、とも思いながら暖炉を見つめていた。







少年は、空の気を裂くような絶叫で目が覚めた。背中にぐっしょりと汗をかいていた。嫌な予感がする。



「…バーン?」



自室を見渡すと笑顔で迎えてくれる人形の姿がない。何処を探してもいない。何故、何処に、どうして。
大急ぎで屋敷の中を捜し回る。すると母親のよく使う談話室の暖炉の前にぼろぼろの人形がいた。



「バーン!」



少年が駆け寄って叫んでも人形は何も発しなかった。白雪のような肌は赤かったり黒ずんだりしていた。綺麗な服も焼け焦げて、見るも無惨だった。少年は怒りに打ち拉がれ、また涙を堪えられず涙を溢した。




「…泣くな、よ…馬鹿…」


「!、バーン!?大丈夫か!?」


「関節のところ溶けたみたいで、動かせないんだ。手も、足も。」



手足をだらりと投げ出した人形を抱いて、少年は泣いた。無力な自分を呪った。泣くなよ、泣くなよと人形は少年を慰め続ける。



扉の影から、母親は冷ややかな目で息子を見ていた。何故そんなに入れ込むのか、全く解らないのだ。買い与えたのは彼女なのに、嫉妬は平静を失わせた。母親はさっと部屋の中に入り、人形を睨み付けながら怒鳴った。




「いつまでその気味の悪い人形を抱えているの?折角燃やしてあげたのに…さっさと捨ててらっしゃいな!」


少年はこの女が人形をこんな目にあわせたのだと気がついた。あまりの激怒に何も考えられなくなり、暖炉の上にかけてあるライフル銃に手をかけた。



母親が金切り声を上げる。人形もやめろやめろと懇願する。母親が急いで部屋を出ようとしたところで、撃った。弾は首を貫通し、扉も通っていった。少しの沈黙の後、どさりと母親は倒れた。


「……。」



人形は何も言わずにただ黙って死体を眺めていた。少年は冷たい目で死体を見下ろしながら、ライフル銃を元の位置に置き、人形を抱えて自室へ戻った。



「…少し…体調が悪い…。休む…………。」



人形を自分の寝ている横に座らせた少年は、ゆっくりと目を閉じた。人形が制止をかける。



「なあ、ガゼル」


「……なんだい…?」


「少しだけでいい。…キスをしてくれないか」



少年はのろのろと起き上がり、人形にキスをした。そういえば唇にするのは初めてだ。人形は嬉しそうに微笑んで、首を傾けた。



「有り難う、俺のガゼル」


「どういたしまして、私のバーン。…じゃあ、お休み。」


「起きたら、また本の続き、聞かせてくれよ」


「ああ」




少年は、二度と目を覚まさなかった。人形はずっと待っていた。本の続きを楽しみにしながら、少年の長いまつ毛を見ていた。何日経っても何日経っても少年は目を覚まさない。剥製のようになった少年を見つめながら、人形は孔雀の話の結末を思い出していた。そして、思い出すままに口に出した。



「孔雀は妻を亡くした悲しさのあまり、自分で羽をむしった。そして、血だらけの身体のままどこかへと消えていった。男が見たのは、色の消えた孔雀の羽だけだった。」



人形は少年に触れることも出来ず、涙を流すことも出来ず、ただ座っていた。少年のベッドの綺麗なシーツが黒ずんでいくのを、じっと見ていた。いつ目を覚ますのだろう。
人形は死という言葉を知らなかったのだ。



屋敷は廃れてゆく。主人も長男も帰らぬ人となっていた。主をなくした家に、人形はただ一人意識をもったまま居た。愛する人の変わり果てた姿を見つめながら、かすれた声を出す。



「目を覚ましてくれよ。キスをしてくれよ。…本の続きを、まだ聞いていないんだよ。なあ。」



少年は何も応えない。原形を無くした体が無言を訴えていた。人形は少年に寄る一匹の蝿も除けられない自分の体に苛立ちながら毎日少年に話し続けた。決まって最後に、愛を呟くのだった。



「俺頑張って、文字を覚える。そしたら、一緒に本を読もうぜ。……愛してる、ガゼル。ずっと、ずっと、ずっと。」



少年は、応えなかった。

















果てなき愛があるという
























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