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オーバーワークの続き







「ヒロト死ね」



事情を聞いた南雲の第一声。流石に場所が悪くトイレに移ったのだが相変わらずOLの視線は痛かった。
でもこんなこと言うけど、何だかんだ南雲もヒロトの事が好きなのだ。あんな奴に妬かなきゃいけないのは凄く不本意だがまあ仕方ないっちゃ仕方ない。南雲は変わった人を好きになる。私が凡人だったら今此処にはいないということだ。




「何であいつああいう所で騒ぐかなぁ…。」


「でも楽しかったぞ」


「そーゆー問題じゃないんだっつーの!!」



ダーン!と洗面台が凄まじい音を発して思わずたじろぐ。今回の南雲は怒るというより苛ついているようだ。本当に怒っていたらこんなことせずに徹底的に無視を決め込む奴なので、その点安心なのだが…。




「…結婚なんて…出来るわけないのに……。」


「……………。」


「馬鹿じゃないのあいつ…勝手に盛り上がって…馬鹿、阿呆、間抜け面…。」


「私は、このままで幸せだよ。今のままで十分だ。」



そう言うと、南雲は酷く傷付いた表情を見せた。その後うん、と顔をそらす。わかる、君の言いたいことはわかるけれども、今のままが一番いいんだ。
伝えたい言葉は出てきても、どうすれば南雲をそこから出してあげられるのか分からない。



「南雲、」


「………………」


「晴矢」


「な、何だよ」


「こっち来て」


「……?」



おとなしく寄ってくる南雲を思い切り抱き締める。びっくりして固まった南雲は我に返ったのか、じたばたと暴れるが無理矢理押さえ付ける。




「ばっ……離せよ!こんなところ誰かに見られたら…!」


「私は、このままが一番いい。」


「……離せよ…!」


「君と一緒に居られれば、それでいいから」


「………。馬鹿だ…何で俺の周りの奴は馬鹿ばっかりなんだよ…」




肩にぎゅうっと顔を押し付けて、小さな嗚咽をもらす姿は遠い昔見た姿と同じ。あの頃から好きだった。ひた隠しした想いが実って、どれだけ嬉しかったことだろう。だから、これ以上は何も望まない。これで、いいんだ。



「君は、嫌なの?」


「嫌じゃない、嫌じゃないけど…。」


「…なに?」


「俺も、ケーキ入刀とかしてみたかったなって……」


「………うん、乙女だね」


「うるせー」



いい加減離せ、と離れていく温もりをしっかりと感じながらぐっと手を握る。ああ、結婚とか、したかったんだね、君は。




















「なんだかパッとしないなぁ」


「君も暇人だな……」


「時間作ってあげてるに決まってるじゃない。俺だってそんなに暇じゃないですぅー」


「嘘をつけ」




またヒロトと飲みに来ているのだが、今度の店はジャズの雰囲気が似合うバーだ。室内は薄暗く淡い青色のライトがいい具合に味を出している。ここなら心配もない。しかしヒロトも私と一緒にいて楽しいのだろうか……。全く理解出来ない。




「何だかさあ、晴矢って重要なところ我が儘言わないからね。困っちゃうよね。」


「大人になってから、何に対しても受け身になったからな」


「風介に対してもねー。最近マンネリでしょ」


「………………!!」


「いひゃいいひゃい、ほっぺつままないひぇー」



その通りだ。その通りなのだ。煙草をやめたらヤる、ってそれただ流しているだけだろう!ケーキ入刀したかったな、なんてもう別れる寸前じゃないか!



「泣かないで、風介」


「泣いてない……。」


「はいこれ、晴矢に貰ったハンカチ」


「…いらない。」


「相当だね………。」


「もう終わりかもしれない」


「結婚かもとか言ってた矢先に………。」


「煩い、君のせいだ、死ね」


「ごめんなさい……」




ひょっとして私と南雲の仲は、ヒロトに左右されているんじゃないのか?考えるだけでぞっとする話だが、なんだかそんな気がする。否そんな気しかしない。




「煙草もやめたのに…少し辛くて指を噛んでいたら血が出たほどなのに…」


「……はは」


「何で…何でだ…どうして…ケーキ入刀しないといけないのかー!」


「ちょっと…声大きいよ!」


「だってかれこれ二週間やらせてもらってない…」


「気の毒だとは思うけど…黙ろう」




二週間は辛いね、と肩を叩かれた。辛い。死にそうだ。この歳でオナニーは嫌だ。だって二週間。されど二週間。仕事が忙しいと気にならないが、ふとむらむらして止まらなくなるのだ。このままだと合意のない行為に走りかねない。



「もうちょっと我慢」


「もう無理、枯れる」


「強姦ダメ、絶対」


「しない…と、思う」


「自信ないんだ……」



そんな目で見るな。私だってそんなことしたくないんだから。というかバーテンダーの方の目が心なしかヒロトと同じ目をしている。だから、しない!…と思う。
というか私はテレビで捕まった強姦魔と同じ目で見られているのか。失敬な。犯罪に走ったことはない。




「気分が悪い、帰る」


「送っていこうか?」


「いい、電車で帰る。じゃ、金置いてくから。」



電車に乗っている最中、酔い潰れて眠っているOLを見た。スカートはずり上がり何とも危ない格好だ。サラリーマンはちらちらとそちらを見るが、矢張りと言うか、私は何の興奮も覚えない。仕方ないのか、私は男という種類でも女という種類でもなく、南雲がいいのだ。
あいつが、あんな格好をしていたら。襲わない自信はない。……あ、まずい。そんなこと考えるんじゃなかった。





悶々としながらマンションの目の前まで来ると見知った人影。あ、まさか。あの赤い髪は。




「おっせーよ、馬鹿。」


「やっぱり南雲か。何でいるんだ」


「は?煙草やめたご褒美やろうと思って、わざわざアパートから出てきてやったんだろ?」



ああ、またあの艶のある笑みだ。こんなところでそんな魅力発揮されても。目を細めて柔らかい笑顔をするときは、大抵厭らしい事を考えているときだ。




「………マンネリ?」


「何だよマンネリって…。別れるとか言うんじゃないだろうな」


「………。」


「お、おい、冗談だろ?」


「嘘だよ」


「…びっくりさせんなあほー!」



よかった。向こうもそんな気はさらさらないようだ。気が昂ぶってなかなか鍵穴に鍵がささらない。やばい、むらむらが止まらない。私ってこんなに抑えられない人間だったっけ…。




がちゃん。開いた瞬間我が物顔で入っていく南雲。まあ、良いんだけど。気を許しているということなんだろう。こう見えて慎重な男だから……。
酒あんの?チューハイならある。じゃあチューハイでいいや。



「よく飲むね」


「飲んでからヤった方が気持ち良いんだよ」


(生々しい……)




つまみをすくい上げる赤い舌にさえ欲情してしまう。その様子をじっと見ていると南雲がこっちを見て笑った。意外と機嫌がいい。



「あんたさぁ、」


「ん」


「我慢してたんだろ?」


「……ヒロトか」


「よく我慢できましたー」



南雲に首に抱き付かれた瞬間いい匂いがした。相も変わらず肌が白い。さっきの電車のOLを思い出して、一気に熱が上がる。本当に、あんな格好をしていただきたいものだ。



「まーた、ろくでもない事考えてんだろ」


「別に…考えていない」


「言ってみろよ、怒んねえから」


「…私に、OLの格好してせまってくれ」


「アホだろ……。」



怒られなかったが、呆れられてしまった。切ない。ぶっちゃけ怒られるより切ない。んー、と額同士をこつんとぶつけてぐりぐりと押してくる。可愛いが、下半身がどうにかしそうなのでやめていただきたい。



「俺さ、会社でさ、あんたにこのままで良いって言われたとき…何か悔しかったんだよ」


「そう……。」


「どう頑張っても今の環境では、俺たちは結婚出来ないわけじゃん?愛は変わらないのに…他の奴らとは違うんだよ、差別だよな」



あ、伏せたまつ毛が近い。たまらず目尻にキスをすると聞いてんのか、と睨まれた。



「でもさ…考えてみたら幸せなんだよな。こんなことも出来るわけだし。結婚できなくたって、愛し合える場所があるならそれでいいんだな」


「そんな今更な……。」


「俺には大発見なんだよ!いちいち交ぜ返すな!」


「……だから、私にはこれでいいんだよ。前から言っているだろう。ずっと。」


「………………うん。」



今度のうんは、満足そうだった。子供がしてほしいことをしてもらった時みたいな優しい笑顔。やっぱり私には南雲しかいない。ヒロトなんて関係ないのだ。(ヒロトは酷い!と泣きそうだが)




「ところで、」


「ん?」


「流石にもう我慢出来なさそうなんだが」


「……………………。」


「何だその長い沈黙」


「いや、……もう吸うなよ、煙草。吸ってないあんたが一番好き」


「ふふ、知ってたよ」



抱き寄せて首筋に軽く噛み付くと甘い吐息が洩れる。好き同士なのに、すれ違うなんて本当におかしくて笑えてしまう。ふーすけぇ、と呼ぶ甘ったるい声につられてもうそろそろ晴矢と呼んでやろうかなと唇にキスを落とした。








(そんな余裕のない風介、初めて見た)


(………黙って集中すれば…)

























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