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「腐るまで」の続き





涼野は愉快そうに、今可愛い猫を飼っている、と話した。



「元は狂犬だったんだけれどね。ちゃんと躾けたら言う事聞くようになったよ」



だって、君それ、兎の耳ついてるけど。俺がそれを指差して言うと、涼野はただ可愛いだろう?と微笑んだ。表情の乏しい彼がこんなにも穏やかな笑みを浮かべるほどに、それは涼野に影響を与えているようだ。


涼野の座っている椅子の横で、這いつくばっているのがそれだ。かろうじて羽織っているだけのワイシャツと、脚には頑丈そうな黒光りする重り。口元は白く濁った液体で汚れていて、潤んだ目は可哀相に、ずっと泣いていたのであろう真っ赤だった。頭から生えているカチューシャの兎の耳は床にだらりと垂れ下がり、彼の口からぽたぽたと白濁が滴り落ちる。彼は何も声を発しなかった。
どこかで見たことのある顔だ。多分ここらで名の通った不良だったのだろう。それを逆手にとられてこんなことをされているんだから、何といったら良いやら。



「……はは、猫でも狂犬でも兎でもない。ただの人間じゃないか」



「私にとってはペットだ。動物でも人間でもない」



「相変わらずの趣味してるね涼野。その子が可哀相だ。放してやりなよ」



「…嫌だよ。私のものなんだからどうしようと勝手だろう?」



私のもの、か。俺はちらりと椅子の横を見る。彼は起き上がって苦しそうに白濁を吐き出していた。首にぽつぽつと鬱血の跡がある。愛されているのか、汚されているのか。どっちにしろ彼の精神がずたずたにされたのは言うまでもないのだろう。





「晴矢」



涼野が彼を呼ぶと、ぴくりと小さな反応をして涼野の方を向く。よろよろ力なく立ち上がって、涼野の椅子のひじ掛けに膝をのせて涼野の肩に白い腕を回す。じゃらじゃらと脚の重りの鎖の、耳障りな音がした。彼の、涼野の首すじに夢中で口づけを落とし続ける姿にぞっとした。だって、これでは、まるで。




ただの、風俗の女じゃないか。








「そういえば、晴矢に似合うと思って首輪を買ったんだ。」



高くて、頑丈なものを。
涼野は赤い革製の首輪をゆっくりと彼の首に回した。彼はずっと涼野の顔を見つめている。かちゃかちゃと金具の音が生徒会室に鳴り響く。

狂ってる。




「ああ、やっぱり…晴矢の白い肌は赤が映えるよ。すごく綺麗だ」



涼野の恍惚とした表情に、彼は嬉しそうだった。本当のところは理解できない。でも金色の目が少しだけ細められたのを見て、何か、そう感じたのだ。
ふと、鬱血と痣だらけの体が目に入った。これが狂気の愛の結果か。



「聞いていいかな。その子は、君の恋人なの?ペットなの?」




涼野は俺を冷たい目で一瞥して、うっとりと彼の白い肌を見ながら腰に腕を回す。その行為に誘われるようにして彼は涼野の頬や唇についばむようにキスをした。傍から見たら、幸せそうな恋人同士なのに。
でも、思った。彼の目に光はない。何か強制的なことでショックを受けて精神崩壊を起こしたのだ。そして涼野に従うという楽な道を選んだ。
躾じゃない、性的暴行だ、こんなの。涼野も愛するものの独占欲の所為で周りが見えていない。





「可愛い、はるや。ああ可愛い、可愛い、可愛い、私の、愛しい。」



「…………ふ、ぅ、す…」



彼が必死に声を出そうとしている。まさか、声が、出ない……?
嫌な予感がする。冷や汗がじんわりとシャツの中を伝った。声が出ないって、相当やばいことなんじゃないのか?




「何でかね、躾の途中で声が殆ど出なくなっちゃったみたいなんだけれど…。」


ペットだし、いいかな。涼野が彼の顎を撫でると気持ち良さそうに目を閉じた。声が出なくなるまで、精神崩壊するまでされたこと。



「君は、もうちょっとまともな奴だと思っていたよ。」



「……さっきの回答をしてやろうか、基山」



にんまりと笑う涼野に、顔を寄せて首に抱き付く彼。彼は初めてこちらを見た。が、何処を映しているのかも分からない虚ろな目。フランス人形の目をしていた。綺麗な水晶体の金色は黄土色に成り下がって、目の中はただの闇だった。





「恋人なんて、いつか離れていく勝手な存在だ。ペットはいつまでも繋いでいられるだろう?」



「……だからペットだって言うのか?最低だな、本人の意見は尊重したの?」



「どっちにしろ、晴矢はもう私無しではいられないさ」




ねえ、晴矢?
涼野は彼の方を向いて頬にキスをすると汚い顔だ、と笑った。彼はというときょとんとしてキスをねだっている。




「…分かったよ、もういい。じゃあ俺行くから」



二度とこないと思うけど。


そう言って生徒会室を出るときに見た、彼の涼野に対する媚びるような表情がずっと忘れられない。




「………す、き。風、介」








あんまりだ、こんなの。















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