ライオコット島にて。
やっとデートまでこぎつけた彼は、あまりにも恋愛に対して淡泊で、これはもしや来るもの拒まずなのか?とすら疑った程だったのだが考えてみたら十回アタックして十回振られた身なのだった。
ただ単に恋愛に慎重なだけなのかもしれない。彼らしい、と言えば彼らしいのかもしれない。しかしその慎重さはせまりにくい事この上ない。
「それで、この街がヴェネツィアを表していてね、」
「あ、魚もいるのか。綺麗な川だなー」
「……………。」
そして慎重なくせに天然過ぎる。これでは俺じゃない別の人に攫われるぞ…。当の本人は話も聞かずに川に顔を覗き込ませて魚を見ようとしている。そして、あ、これは。
「わっ」
「…………うん、そんなことだろうと思った。」
川に落ちそうなところをひょいと足を掴んで阻止をする。引き上げてからありがとう、とふにゃりと笑うマークは凄く可愛くて、後ろを向いて、頑張ってアタックして本当によかったとガッツポーズをしたのだった。
川は危ないんだぞと一応注意をすると、気を付けると素直に従う彼はやっぱり性格はよさそうだ。それからしばらくはひょこひょこと後ろをついてくるだけになってしまった。だって、これはデートじゃないだろう………。
自慢のイタリア料理店に連れていっても美味しいと笑って終わりだし、花束をあげても綺麗と微笑んで終わりだし、色々な場所に行くにつれて焦りが強くなる。どうすれば、どうすれば喜んでくれるんだろう、びっくりしてくれるんだろう。
いつの間にか一人で考え事をしていたようで、後ろを振り向くといるはずのマークはいない。しまっ、た。どこかに置いてきたようだ。最悪だ、最悪だ。デートに誘ったのは自分なのに。慌てて表通りを捜し回るがマークの栗毛色の髪は見当たらない。裏路地に回るが此処にもいない。
「くそっ………!」
誰かに、本当に攫われてしまったのか?よくない未来だけがぐるぐると回って、冷や汗がたらたらと滴れる。と、目の前のお店から見覚えのある顔が出てきた。
「…マーク?」
「あっフィディオ!ごめんな、勝手に離れちゃって」
「………マークぅ!!」
ばっと抱き付くとマークはあわあわとしていたようだが本当にごめん、としおらしい声が降ってきたのでおとなしくしているんだろう。正直役得だな、と下心も抱きつつ名残惜しく離れると、マークはバッグの中をまさぐり何かを出した。手の中にあったのは小さなペアリング。
「安物だけど……こういうのならフィディオもつけてくれるかなって」
恥ずかしそうに片方を渡すマークは、まあ、言わなくてもわかるだろう。そうか、これを買っていたのか。というか、ペアリングということは。
「…これ、マークもつけるの?」
「指には恥ずかしいからネックレスにするよ」
「……て、ことは、さ。マーク、俺と付き合ってくれるの?」
「…え、う、うん……。聞かないでくれよ、こんなのあげたらわかるだろ」
顔を真っ赤にして横を向くマークは以下略。やった!マーク、愛してる!
夕暮れからすっかり真っ暗になったヴェネツィアに似せた川沿いで思い切り抱き付いてキスをする。と、川辺の電灯に明かりがついて、幻想的な空気が漂った。マークがそれを見てため息をつく。
「綺麗だ……別の世界にいるみたいに」
「本当だ……。知らなかった、こんなに此処は綺麗なところだったのか」
「うん……此処に来てよかった。ありがとう、フィディオ………好き。」
ちゅ、と頬にキスを落として、じゃあ俺行かなくちゃ。と風のように去っていくマーク。最後にまたねという言葉を残したのを聞き逃さなかった。俺はというとマークの不意打ちの告白に川沿いから動けないでいたのだった。
またね、か。
マークは淡白なんじゃなくて、奥手なだけなんだなあ。
マークから貰ったペアリングの片割れを握り締めて、マークの数々の笑顔を思い出して、ラブソングの鼻歌を歌いながら幻想的な世界を歩いて宿舎に帰った。
勿論その時の俺は帰ったらマルコあたりにリングのことを延々と聞かれる可能性があることを、全て失念していたのである。
そしてフィディオは全部話しちゃうタイプですね。