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謎の関係だ。
彼とは成り行きか何かで、まあそういう意味で寝た。勿論というか彼は処女だったので大変な思いもしたのだが関係は続いている。


広いベッドで二人横たわっている。事後は決まって彼は隅に体を丸めて一人で眠るのだった。前一度だけ彼の隣へ行って抱き締めながら寝たことがあったが、その時だけ彼は涙を流しながら寝息を立てていた。それ以来彼が寝ている時は全く触れることがない。恋人でもない奴に包まれて寝るのは屈辱だったのだろうか。人の事は言えないが、彼も重いプライドを抱えている。立場上でも許さざることだったのだろう。



起きている時でもオパールの様な綺麗な瞳は殆どこちらを映さず、違うところを見ていた。ベッドにそっと押し倒した時だけ、その瞳は自分を映した。けれどその瞳は酷く濁っていて、「それしかやることがないのか」と非難の色を含んでいた。ああそうさ、と自分も負けじと強く彼の首筋に顔を埋める。彼は拒否もせず、甘い吐息を吐き出すだけだった。情事中だけ素直な彼を凝視することができる。内股に跡を付けるときや、しっとりと汗ばんだ指を絡めるとき、絶頂の波に揉まれながらキスをするときも、まるで恋人のように交わった。恋人ではない。なのに、情事だけが本当の恋人以上に恋人らしい一面だった。それが終わると彼は殻に閉じこもってしまうけれど、気だるい空気とシャンプーの香りが今までの時間を保ってくれる。
愛されたい訳ではない。彼は一生私を愛さないだろう。きっといい人を見つけて幸せな家庭を築くのだ。でも、愛されたくない訳でもない。彼が奇跡的に何かあって、私を愛してくれたのなら、そのときはきっと本物の恋人になっているのだろう。落ち着いた雰囲気のカップル、というだけのレッテルを貼られて、人生を愛で終える。なんとまあ、愚かしくも純粋なラブストーリーなのだろう。人間として、綺麗な終わり方を望むことが出来る。しかし誰もが欲しがる筈の至福に、彼は手を伸ばそうともしない。
簡単な話だ。彼にとって至福ではない。それだけだ。




朝方、久しぶりに私は寝ている彼に触れた。頬にキスを落とすとオパールが私の顔を映す。これは情事中ではない、と自分に言い聞かせた。自分と比べて寝起きの悪くない彼は目をぎゅっと閉じてからぱちぱちとまばたきをすると、すぐに目を覚ました。おはよう、とかすれた声で呟くとすぐ様ベッドから這い出て顔を洗いに向かう。窓の開いているカーテンがからからと動いていた。





「アプリコットでいいか?」



「カフェオレがいい」



「…………。」




どうもここら辺は根本的にすれ違っているようで、流石お国柄とでも言うべきか、厚い隔たりを感じる。そういえば前苦い顔をしながらスコーンを食べていたのを思い出した。好き嫌いのなさそうな感じだが、受け付けないものもあるのだろう。しかし残念ながら此処にコーヒーというものはない。それを素直に口に出すと彼は隠そうともせず眉間に皺を寄せた。ころころ変えるような表情を持っていない男なだけに、何か心にぐさりとくるような感覚を覚える。そんなに紅茶が嫌なのかとため息をつくと、嫌だと即答されてしまった。


「そんな美味しくもない、味のない飲み物は嫌いだ」



悪びれもなく言い放つその顔はいつも通り素っ気ないもので、私は「買っておいで」と市場までの地図を渡し彼を見送る。本当にたまに、彼は市場で見つけた掘り出し物を買ってくる。
安かったから買った、と言って買ってきたティーセットは中世の貴族御用達の物だったり、好きそうだから、と買ってきた紅茶の葉は普段お目にかかれない様な貴重な茶葉だったり。私が顔を出しても何も手に入らないのに、と感心と共に苛つきもする。だって当の本人はティーセットも紅茶の葉も全く興味がないのだ。ティーセットを買ってきたときに「何か欲しいものは?」と聞いたら、彼はゲームをしながら「ハンバーガー」と答えた。その時は流石に何故私はこいつと体を重ねさえしたのだろうと疑問に思った。




「君は……、何というか、何が好きだか分からない」



ソファに横たわる彼を横目に、花瓶の水をかえた。いつ見ても綺麗なバラだ。こんな美しいものでさえ、彼の目には映らないけれど。



「青いバラのバラ園でもプレゼントしたら、君は喜ぶのかい?」



彼はゲームをやめてこちらを見た。その表情があまりにも感情の見えない表情だったから、何を話せばいいのか迷ってしまった。彼は口を開いて、淡々と言葉を吐く。




「俺は、お前の国の貴族のお嬢様じゃないんだ。青いバラも、可愛いアクセサリーも、全くいらない。」



「じゃあ、何が……」



「だって、お前お得意の愛とか、軽いキスだってくれないくせに、俺に何をくれるって言うんだ」



「私と君は恋人ではないだろう?いいから何か、………」




そこまで口にして、私は間違いを犯したことに気が付いた。今までしていたこと、体を重ねて、ディープキスをして、一緒に寝て、一緒に朝を迎えて、浮気をしているわけでもないのに私は彼との関係を一時の気の迷いとしかとらえていなかった。
彼は聡い。一時の気の迷いでこんなことをするような奴ではないのだ。何故そんなことも気付かなかったのだろう。彼が他人には絶対言わないような我が儘を私に言い続けるのも、私が喜ぶような物を買ってきてくれるのも、彼の好意だったに違いないのに。





「だが、お前は私を拒絶するだろう。ベッドでも離れて寝ているのに」



「…人と触れ合ったあとに、その人が離れていく感覚が嫌いなんだ。人に気持ちを伝えるのが苦手な俺に、絶望して離れていくみたいな感覚に陥る。それなら、最初から触れてほしくないんだ。」



「…なら、情事はどうなんだ」



「あ、あれは…。何が何だか分からないうちに離れてるから…。っていうか、言わせるなよこんなこと」




もう知らない、とソファの背もたれに顔を埋めて絶対に口をきくかと言わんばかりの背中に少しばかりの無防備さを垣間見た。


私が彼の耳元で愛を囁けばこの関係も終わる。新たな関係を愛育するために、私はそっと彼に近寄った。








淡泊な関係
このぐらいが丁度いいですね


しかしぐだぐだ










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