text | ナノ
※普通に学校通ってます
※ただの陸上部








水筒の中身はもうほとんど残っていなかった。
さっきから全く伸びないタイムに苛々がつのる。腹が立ってベンチを蹴るとコーチに怒鳴られた。どうしてもむしゃくしゃした気持ちがおさまらなかったので、おとなしく水飲み場に向かう。



「「あ」」



鉢合わせたのは隣のクラスの涼野。なんとなく好きになれないタイプの男子だ。話し掛けづらいし、人を寄せ付けないオーラがある。調子こいた馬鹿な奴と喋っていた方がましだ。
しかしこいつは俺の思考がそこで終わるような奴ではなく、やたらと運動神経がよかった。俺よりもタイムがいいなんて信じたくない。つまりは、追い越したい。それだけのことなのだった。



蛇口を捻って頭から水をかぶる。真夏の日照りの強い日にこれは気持ちいい。さっきまでの頭の中でぐつぐつと煮立っていた苛立ちは、直ぐに冷えてどこかに消えた。




「コーチが、」



「あ?」



「君を贔屓する」



「してねぇだろ……」



「本当に腹が立つ」



水を飲み終えた涼野が敵意むき出しの目でこちらを見ている。会話をしようとしていないようだ。一方的な言葉に多少の苛つきはあるものの、さっきのような怒りはわいてこない。



「あんたの方が走りはいいくせに、な。」



「そうだ、君よりも私の方がタイムは速いし、フォームも綺麗な筈なんだ。なのに、君は可愛がられる。納得がいかない」



「………あれは世話焼き、お節介って言うんだぜ。」



「南雲。走ろう。」




涼野がこちらを向いた。闘志に燃えた瞳は、このかんかん照りな太陽を一層輝かせるのに十分なものだった。どこからか蝉の鳴く音が聞こえてくる。沈黙。首を伝う汗が、背中を駆けた。




「君と走る。君の目の前で勝利を勝ち取ってやる」



爛々とした瞳に気圧されて、俺はスタートラインに涼野と立っていた。コーチと部活の奴らがまじまじとこちらを見ている。まさかこんな異色のコンビが一緒に走るとは思わなかったのだろう。そりゃあそうだ。みんなだって雰囲気で仲が悪いのを感じ取っているだろう。



向こうの地面が陽炎でゆらゆらと揺れていた。すう、と息を吸うと生温かい空気が肺に溢れてくる。身体をゆっくりと下におろすと、地面と一体化したような気がした。




後輩に頼んでホイッスルを鳴らしてもらう。鳴った瞬間に足が浮いて、地面を力一杯蹴り飛ばしていた。耳に入るごう、という風の音。身体に感じる心地好い風。最早涼野との勝負はどうでもよくなっていて、俺はただ風を感じるために走っていた。
それなのに、視界に涼野が入ってくる。何故だかそのことに無性に苛々して表情を険しくしながら涼野の顔を睨み付けると、涼野の顔は真剣そのもので格好良くて、フォームも綺麗で、見惚れた。
つまり、惚れた。






何を考えたのか俺はそのまま足を止めてしまった。涼野がびっくりして後ろを振り向き、そして走るのをやめる。また蝉が鳴きだした。
いやに世界は静かだ。




「どういうつもりだ」




凄い形相の涼野に何も言い返せない。俺は別に、と横を向いた。涼野はずかずかと歩いてきて俺の前で立ち止まると、間髪入れずに俺の頬をぶん殴った。
容赦のない拳に文字通り面食らったが、痛さも相まってすぐに冷静になった。勿論俺が悪いので弁解はしない。



「私はっ…真剣に…!」




涼野は言い掛けて何故か苦しそうな表情をしてから後ろを振り向き、「もういい」と何処かへ行ってしまった。残るのは罪悪感だけ。


ため息をついてタオルをとりにベンチへ戻ると、コーチが(あれは負けず嫌いなだけだ)と慰めに来た。




「慰めるのは、俺じゃなくて涼野にするべきなんじゃないですか」



そんなコーチに目もくれず、俺は涼野を探しに水飲み場まで行く。部員達がおかしな目で俺の姿を追う。





水飲み場で涼野は顔を洗っていた。気配には気付いているようだがこちらを見もしない。とても怒っている。



「さっきは、ごめん」



「…………。」



「なんか、分かんないけど、止まっちゃって…。あんたとの勝負したくなくてあんな事したわけじゃねぇんだ。ごめん。」



きゅ、と蛇口をひねって水が止まる。こちらに振り向いた涼野は何だか格好良くて、怖かった。表情とかではなく、美しさが怖かった。




「君は、馬鹿だ」



「………ばっ」



「どうせコーチは君の不器用さが好きなんだろう。悪趣味だな」



「あく…………」



「もう一度、もう一度だけ走ろう南雲。」



「そんなに俺と走りたいのかよ…。」



「君に勝ちたいから」









また俺はスタートラインに立っている。もう部員達はこちらを見向きもしない。やっと二人だけの勝負だ。


ピィ!
ホイッスルの鳴った瞬間の風が俺はとても好きで、軽やかになれるのだ。
今度は俺は涼野を見なかった。見たら確実に止まってしまうだろう。
風は誰よりも速く、俺の後ろを、前を吹き抜けてゆく。これが、これが好きなんだ。タイムなんて気にしない。俺はただ走っていたいだけだったんだ。










走り終わった時には俺は完全に放心状態で何が何だかわからなかった。タイムは涼野に、ほんのちょっと及ばなかった。


しかし放心状態から抜けた時に涼野が笑顔で手を差し出してきた。



「いい勝負だった。楽しかったよ」



「…あざっす」



少し照れつつ手を握り返すとぐいっと引っ張られて抱き付かれた。ぎゃあ、と短い悲鳴を上げる。耳元でぼそりと呟かれる。
全身に鳥肌が立った。




「あと、あのコーチバイだから。気を付けなよ」



「ば、い……?」



「それとも私が守ってあげようか、不器用さん?」



「…………なっ!」



至近距離の整った笑顔に半ばパニック状態だったが、コーチの「涼野お前何やっているんだ!グラウンド3周!」に全て打ち壊された。
やっぱりか、と涼野が舌打ちをする。



「でも考えてみたらあんな変態に贔屓にされる君が可哀相だよ」



「ほっとけ」





じゃあ走りに行くかな、と走りだした涼野のジャージの裾を掴む。後ろを振り返る涼野に、仕返しとばかりににやっと笑って、「俺も走る」と言ってやった。






そのあと俺達は15周くらいずっと笑いながら走っていた。コーチが険しい顔でこちらを見ているけど気にしない。


ずっと、手を繋ぎながら走っていたのが悪いんだろうけど。













青春真っ盛り









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