text | ナノ




1吹基
2基山と吉良
3バングラ













その夜、何があったわけでもないけれど俺は眠れなかった。部屋の時計は十一時半をさしている。暇だったので昼間ミーティングを行う部屋に行こうとしたのだが、監督とマネージャーの声が聞こえてきたのでやめた。このまま部屋に戻るのも嫌だなあ。俺はふと夜風に当たりたくなって、ふらふらと外に向かった。




白く綺麗な月が、優しく地面を照らしている。眠れないのかときいているかのようだ。どことなく、月の白さが今の仲間とかつて戦ったあの場所の床を連想させた。でもその白さと月の白さは、俺に対しての受け容れ方が違う。以前の俺はきっと空気にさえ嫌われていたのだから。



サッカーコートの近くの芝生に腰掛けると、強く風が吹いた。生温くもなく、冷たくもない風が心地好い。今晩はここにいよう。眠くなる迄、少しだけお邪魔しよう。




そよそよと吹く風にあおられていると、後ろから砂と靴を擦る音が聞こえた。こんな時間に、同じ事を考えている人がいたんだろうか。俺が後ろを見ると、馴染みのある顔が微笑んだ。




「何だ、吹雪君だったのか」


「珍しいね、何してるのこんなところで」


「ちょっと眠れなくてね」


「奇遇だなあ、僕もだよ」



吹雪はよいしょ、と俺の横に腰を下ろした。私服の吹雪というのも中々新鮮だ。だぼっとしたTシャツ、スウェット。ラフな格好するなあ…。俺の視線に気付いたのか、吹雪はこっちを向いて笑った。


「ヒロト君は一旦部屋に入ったら出てこないもんね。寝間着見てびっくりしちゃった」


「俺、そんなおかしい格好してる?」


「違うよ、更に大人っぽいなあと思って。」




上下黒のスウェットで大人っぽいも子供っぽいもあるんだろうか…。
吹雪は相変わらずニコニコしている。甘ったるい雰囲気に慣れることが出来ず、俺は月を見た。




「ヒロト君って、ほんとに綺麗だねえ。見劣りしないよ」


「……え、何と?」


「月と」




…だから、こういう雰囲気は苦手なのに!多分俺は今顔が真っ赤だ。色気もへったくれもない環境で育ったので、こういう時どう対処していいのか分からなくなる。




「あの頃は、本当に君のことを宇宙人だと思ってた」


「……だろうね。」


「君が恐ろしかったよ。強くて、得体が知れなくて。でも今は別の意味で恐いかも。」


「え、なん………、っ!?」



急にバランスが崩れる。吹雪が俺の肩に手をおいて、思い切り下に押したからだ。自然、芝生に寝ている状態になる。わけもわからないまま寝ていると、吹雪が俺に馬乗りになってきた。わけがわからない。非常にまずい展開な事だけはわかる。




「な、な、な………」


「あはっ、ヒロト君の反応って案外可愛いね!」


「何、何で……?」


「…うん?ああ、ヒロト君があんまりにも綺麗で可愛いからさ」



にっこりと、吹雪が厭な感じに笑った。さっきまでの微笑とは全く違う。背中を冷や汗が伝った。




「少しぐらい味見してもいいかなって」


「…………!?」


「そんなに怖がらないでよ。優しくするからさあ」


「何を考えてるんだ!…吹雪ってそういう奴だったのか?」



きょとんと、吹雪は意味がわからないという顔をした。それから俺の頬に手をそえて、耳元に顔を寄せた。



「……可愛い子は、スキだよ。」



耳に直接入る吐息。背筋を駆け抜ける悪寒。俺は起き上がり吹雪の肩を押した。芝生を転がる吹雪を見ながら、荒い息を繰り返した。



「……可愛い、とか、君に言われたくないんだけど…!」


「そうかなぁ…可愛いよ?」


「うるさい!」


「ふふ…可愛いっ…」


「…っもう!戻るよ俺!」


「…眠れないんでしょ?」



びくり、と肩が震える。戻っても、どうせ吹雪が来るんだ。寧ろ袋の鼠になってしまう。うわあ、どうしようもない。





難しい
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ピ、ピ、ピ、ピ



と、音が鳴り止まない。俺の目覚まし時計の音ではなかった。もっと機械じみた音。不吉な、不快感な音。


「こんにちは」


と機械が言った、訳ではなく機械の管が繋がれて、白い病院のベッドに寝ている少年が言った。機械の管は少年の腕、首、頭、色々なところに埋め込まれている。俺は吐き気がしたが気丈にこんにちはと返した。


俺はこの少年に会ったことがない。が、知っている。よく知っている。リクライニング型のベッドでは少年の顔はよく見えた。



「俺の名前は、」


「いい、知ってる、から」


「そう?嬉しいな、俺の名前を知っている人がまだいたんだ。」


少年は柔らかく微笑んで、そして、

腕に繋がっている管を勢い良く引き抜いた。



「―――――!」


俺はびっくりして立ちすくむ。どくどくと、片方の腕からは血がとめどもなく溢れる。気が付くと俺はやめてくれと悲願しながら頭を抱えて座り込んでいた。少年が狼狽えた声を出す。



「え、ごめん、ごめんね」



少年の声は少し聞き取りづらい。首の管の所為なんだろうが、それを抜いたら彼はきっと、



「…ごめんね、驚いたよね?でもこんな管苦しくてつけていたくない。外したいんだ。」


「わかった。わかったよ。抜いてもいい。でも俺のことを聞いてからにしてほしいんだ」


「いいよ。退屈してたし、久しぶりのお客さんだから」



少年は綺麗な笑みを浮かべる。俺は上等な鏡に向かって話し掛けている気分だった。




「俺は、劣化版なんだ」


「劣化…版?」


「そう、俺は、ずっと、貴方になりたかった。吉良ヒロト。」


少年、もとい吉良は元々大きな瞳を更に大きくしてこちらをまじまじと見た。そして、くすくすと笑う。



「大丈夫、君、俺にそっくりだよ。髪とか。」


「そういう事じゃない。俺はあらゆる場面で貴方に成らなければいけなかった。」


「……………本当はね、俺、君のこと知っているよ」


吉良は切なそうに笑った。俺はそうだろうねと泣いた。



「君に非がないことも、知っているよ。」


吉良は目を細めて泣き笑いした。俺はそこで、声を荒げて泣き喚いた。誰かに言ってほしかった。俺は悪くないのだと、認めてほしかった。吉良は、知っていた。



「お父さんが迷惑をかけて、本当にごめんなさい」


ぼんやりと水に濡れた膜の向こうに、頭を下げる吉良の姿が見えた。





俺は一生貴方に成れそうもない
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「もういやだ父さんは俺を見てくれないし愛してくれないし誰も、何も、ウルビダ、…違う、本当の名前は何だっけ?俺は何をしたいんだっけ?」



守!
泣きながらグランが叫ぶ。悲痛な声を捉える暗い暗い大部屋。おいガゼル助けてくれよ。こいつどうにかなっちまったみたいだ。こんなに錯乱したこいつは初めて見た。荒い息で俺を見るその目はヒロトの目とまるっきり違った、気がする。俺はぎょっとして顔をそらした。



「ねぇバーンはさぁ、寂しくないの苦しくないの。こんなことしてさぁ。友達も愛してくれる人もいなくてさぁ。守を傷付ける存在でさぁ。何やってるんだろ俺。父さんの事大好きなのに父さんは俺を見ないし、俺は父さんの息子じゃなくてただの人間兵器だし。…ああもう、嫌になっちゃった。」



はらり、とグランの目から涙が零れた。勿論俺にはその涙を拭う資格なんてない。汚い涙だ。そんな涙流したって何も変わらないし、何も変えられない。俺はすまして下を見た。座の下は真っ暗で何も見えない。此処に飛び込んだら、どうなるんだろうか。



「ねぇバーン、聞いてってば。俺悲しいのわからないの。こんなに態度に出てるのに」


「知ったこっちゃねえな」


「…冷たいね」




どうしてだろうな。グランに魅力を感じない。ヒロトが好きだった。柔らかい笑顔のヒロトが、一番魅力的だった。立って歩いていけば触れ合える距離。関係。なのにもかかわらず俺はそれを拒んでいる。俺は、こいつを、好きになれない。







「俺は、ヒロトのことが好きだ」



ぴたりとグランが動きを止める。そのまま俺に振り返ると、目を見開いた。のも束の間泣き叫んだ。あらんかぎりの悲鳴だ。俺は遂にこいつがおかしくなったのではないかと考えた。それにしても煩い。




「いつだって誰だってそうだ!!!!俺だって愛されたいヒロトのままでいたらみんな一緒にいてくれたし父さんも頭を撫でてくれたし俺を!!!嫌いだなんて言う人はいなかったよ…」



ああ、ウルビダに言われたのか。くたりと背もたれに寄り掛かるグランを見つめる。形は一緒。姿は違う。



「ねえ、抱いてよバーン」




苦しいから抱いて。グランはこっちを見ない。何だよ、結局は俺のことなんて好きでも何でもないんじゃん。馬鹿じゃねえの。





「答えは?」


「あんたが今そこから歩いてこっちまでくるなら、抱いてやってもいいぜ」


「…………無理。」



グランが悔しそうに笑った。
だろうな。だってこっちにくる途中で、この深い闇の底にまっ逆さまに落ちることになるんだから。
あんたが落ちたら、俺も落ちてやろうと思っていたのに。



落ちた先に、ヒロトがいてくれることを信じて。
















俺だって、あんたに南雲の姿を見てほしい
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ヒロト大好きけっこんけっこん







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