text | ナノ
少しだけ※





事の発端は俺の受け持つクラスの涼野の一言だった。



「先生、もし私が今回のテストで全教科満点をとったら、」



何でも一つ、言うことをきいてくれませんか。
涼野は勉強が出来るが、流石に満点をとれるほどではなかった。しかし勉強を頑張るいいきっかけになるのではと思い、俺はわかったと承諾をした。体育教師の俺には何も教えてあげることが出来ない。せめてやる気を引き出す力になれればと思ったのだ。元々自己主張のない涼野は珍しく微笑みながらありがとうございます、と頭を下げた。







「へえ、あの涼野が」



俺の机の向かいの机は基山先生のスペースだ。同い年という事もあって、ちょくちょく他愛の無い話をしたりする。数学の教師で女子には人気なようだが、さあ、男子にはどうだかわからない。見た目は男子に好かれるタイプでは無いが話をしてみると結構楽しい。ミステリアスでいておちゃらけている、というのが学校で一年付き合ってみての印象だ。




「そうなんですよね、大した事言ってこなけりゃなあって思うんですけど」


「南雲先生、覚悟しておいた方がいいと思いますよ」


「へ?何で」


「あの涼野が、気紛れで貴方にそんなこと言うと思いますか」



基山先生の射抜くような瞳が俺を見た。俺は職員会議のプリントに目を落とした。確かに、気紛れで俺にそんな事言うわけ無い。ましてや全教科満点という難題を、俺が一つ言うことをきくという願いと引き換えにこなさなければいけないのだ。それだけの価値があるとも思えないのに。




「…いえ、単なる遊びかもしれませんし。満点だったら超ラッキー、満点じゃなかったらまあ当然だね、みたいな」


「ふふ、南雲先生って相変わらず自分のクラスの子達に甘いですね」


「なっ…ちゃんとみんな平等に扱ってますよ!」


「どうだかなあ」



終始のんびりとした雰囲気だったが、基山先生はきつい表情を崩さなかった。考えるのも面倒になり、俺はまた目の前のプリントに目を落とした。

















「…………全教科満点でした…。」


「あらあら」



俺は机に突っ伏しながら現実を見ないようにする。基山先生の明るい声がどっしりと頭に響く。何でだ、何で満点なんだよ。もっと早くから本気出しとけよ。




「じゃあ後は覚悟するしかないですね。南雲先生が生徒とした約束をやぶるなんて出来ないでしょうし」


「俺にも基山先生みたいに軽く躱すというスキルがあったらいいんですけどね…」


「そんなの南雲先生らしくないと思いますけど」




俺らしくない、か。まあ確かに俺が基山先生みたいな仕草をしていたら生徒はドン引きだろうな。はいはい、どうせ基山先生みたいに格好良くないですよ。あー顔面偏差値の格差ってやつ?アホらし。



「…ちょっと、行ってきます」


「これからですか?テストの採点も終わったことですし、夜飲みにでも行きませんか?」


「多分、教室にいるんですよ。涼野」


「……ああ。成る程。じゃあ用事が済んだらどうですか。一度南雲先生と飲んでみたかったんだ」


「ええ喜んで。頑張って夜までに仕事終わらせます」




俺は基山先生の返事も待たず職員室を出た。既に時計も六時を回っていて、廊下にさす影も長い。もうちょっと早くに来ればよかったのかもしれないが、教室に他の誰かがいては涼野も話しづらいだろう。がらがら、と教室のドア特有の音を立てる。教室には涼野しかいなかった。




「先生、来てくれたんですか」


「まあな。約束やぶるような人間じゃねーからな」



頭の中に基山先生を思い描く。頭の中の基山先生はひどいよーと言いながら半泣きだった。




「まずは、まあ満点おめでとう。その調子だったらお前のいきたい大学にも入れるだろうよ。」


「…私は、大学にはいりたいから今回のテストを頑張ったんじゃないんです。」


「…………は?」



思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。涼野は全く表情を変えないまま、俺を見ている。夕日を浴びる涼野が画になっていて悔しくて、少し目をそらした。




「来て下さい」



すたすたと歩いていく涼野に、俺は話し掛ける。




「…それがお前の“言うこと”かよ?」


「いいえ」



涼野はけろっとしてドアを開いた。俺の方を向いて、にやりと笑う。



「けれど、着いてきてもらわないと私の“言うこと”をきいてもらえないので強制連行です。」




俺は何も言えないまま、涼野に着いていった。





















わけがわからない。
どうして、こうなったんだ、っけ。



何故か俺は体育倉庫の奥で倒れていた。頭が思うように働かない。上半身を起こすと体が熱を帯びているのを感じた。何だ、これ、熱い。自然と息が荒くなる。そうだ、涼野は。





「…すず、の?」


「目、覚めましたか」


「…なんで、俺。」


「私の“言うこと”きいてもらえますか」




熱い、熱い、熱い。よくわからないけど涙まで出てきた。そういや俺なんで寝てたんだよ、なんでこんなに体が熱い、んだよ。
…………まさ、か。






「ずっと貴方が好きでした。抱かせてください、南雲先生。」



一服、盛られた。



















抵抗出来ない。逃げられない。立とうとしても足に力が入らず、すぐに上半身が床に倒れてしまう。容赦なく涼野が近付いてくる。




「やめ、ろ…くんな…っ涼野、こんなこと、する…なんて…間違、」


「何でですか。貴方は約束したじゃないですか。私の言うことを一つ、きいてくれるって。」


「…そう、だけど…俺を抱きたい、だなんて…」


「貴方だから、良いんですが。」


「………………。」





涼野が俺の前でしゃがんだ。クラスにいるときと何ら変わり無い表情。その表情に恐怖すら覚える。涼野はじっと俺を見ていたが、はっとしたように俺に話し掛けた。




「きいても、いいですか」


「………?」


「先生は基山先生とは、できているんですか」


「…んなわけ、っねえだろ…絶対彼女いるよ、基山先生なら」


「………そう、ですか」




涼野が俺のジャージを脱がす。思うように体が動かないのでされるがままだ。涼野の安堵したような表情が、何となく俺を安心させた。するり、とTシャツに入ってくる冷たい指先。思わず体が跳ねた。




「先生の体、熱い」


「誰が、っ…熱くして、」


「私では、不十分な気がして」


「何だ、よ…、それっ…!」


「私が抱きたいと言っても、貴方はきっと嫌がるでしょう?だから薬に頼った」




途端、自分に対してか涼野は嘲笑をした。何故か突然ころころと変わる涼野の表情に愛しさを覚えて涼野の頭を引き寄せキスをした。柔らかな唇が、幼さを感じさせる。俺を今から抱こうとしているのはまだ子供なんだと思うと急に背徳感が押し寄せてきた。涼野の歯の裏側を舌でなぞる。舌を絡める。背徳感が気持ちを昂ぶらせ、行為を押しやる。

涼野の顔は、真っ赤だった。



「………嫌がらない、」


「…え…、…?」


「お前、と、やる事になっても…嫌がらなかった、きっと…」




俺は嘘を言っている。はっきりわかる。きっと嫌だった。生徒と関係を持つなんて危なっかしいこと、出来ればしたくなかった。けれど俺は嫌がらない、なんてそんなことを言っている。多分自分に好意を寄せてくれる涼野を、喜ばせたかったのだ。案の定涼野は顔を明るくして、俺にキスの雨を浴びせた。




「先生、好きだ。貴方しか見えない。大学にいけなくてもいい、貴方といられるなら留年したって、」


「やめ、…そんなこと、したらっ…俺が辞めさせ、られるんだから…」


「…そしたら、私が働いて貴方を養います。」


「かっこ、わりぃ…俺…、」




今も十分格好悪いのだが。教え子に養ってもらう立場になるくらいだったら自殺してやる。涼野は愛しげに俺の頬を撫でた。涼野が年上なような錯覚に陥って、目を閉じた。




「…ごめん、な…俺、涼野の気持ち…には応えられない。でも、お前の“言うこと”には応えてやれ、る、から」


「え…それじゃ、」


「いい。だ、抱いても、いい。…見つかっ、たら…っ只じゃすまない、だろうけど」


約束、したから。いい。



涼野は涙ながらにありがとうを繰り返した。俺にしたら高校生のときの恋なんて一時の気の迷いで、すぐに忘れてくれるようなものだと思っていた。否、今もそう思っている。願っている。俺が涼野の足枷になっていては、俺は教師としても人間としてもどうしようもない存在になってしまう。それだけは避けたかった。俺よりもずっと未来のあるこいつを、地に落とすような真似をするわけにはいかない。はばたかせなくてはならない。





涼野の綺麗な指が体を撫でると、どうしようもないくらい意識がとびそうになってどうでもよくなって。このルックスだ、初めてなわけない。女と一緒にいたのを何度見かけただろう。世界が反転して、暗転して、男二人の荒い息遣い。まさかゴムを使われる立場になるとは思ってもみなかったわけで。好きなわけじゃない、嫌いなわけじゃない、昨日まで普通に接してた男と、こんなことをしている。しかも体育倉庫なんて、ベタすぎる。

ふと俺は涼野が生徒である以前に男であることを思い出した。




「…せんせ、そんなに力まれると、はいらないです」


「り、きむに決まってんっ…だろ…初めてなんだから…!」


「……、無意識に人を興奮させるのやめてください」


「え、そんっ……―――うあぁっや、」




衝撃が大き過ぎて頭がついていかない。苦しい。痛い。男を受け入れることがこんなに苦しいことだっただなんて。もう少し女生徒に優しくしてやろう、なんて。



「…苦しいですよね。やっぱり。」


「ったりまえ…だろ、はぁ、」



ゆるゆると抜き差しされる熱いそれが内襞をめくるたび不思議な気持ちになった。ローションがあまり効果をなしていない。摩擦が熱くて、擦れて、痛くて、気持ち良い、のか悪いのか。




「私はきっとずっと貴方が好きだ。六歳七歳差があっても気にしない程度には。だから、先生が振り向いてくれなくても私は先生を抱けたこと、凄く幸せに感じるんです。」



泣きながら、喋りながら、こめかみに汗を流しながら腰を振る涼野を、直視することが出来なかった。同時にキスもしてあげられなかった。




「私は、確かに貴方を好きになってよかったと言える。」




涼野が短い息を吐いたあと、俺は疲労と射精で意識を失った。

意識がとぶ直前、ごめんなさいと小さな声が聞こえたような気がした。
結局俺は、涼野とセックスをしている間一度もキスをしなかった。
あのキスは俺の同情でしかなかったのだとわかった。















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基南エンドだったはずなんですが
つまずいて諦めました



















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