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学パロ






フォンダンショコラは出来た。頑張った。ラッピングもした。シンプルな袋を探すのに手間取った。見た目は完璧。味も申し分ない。筈。バレンタインデーで色めき立っている電車の中。只今俺は登校中。学生鞄に一つだけ袋を忍ばせて、電車を降りた。朝から凛とした声が響く。




「おはよう、晴矢」



涼野風介。またの名を学校の騎士(王子は基山らしい。ちなみにどちらも女子しか言っていない)。
風介が朝からこんな、女が腰砕けになりそうなほどに微笑んでくれる相手は俺しかいないだろうと自負している。別にいいじゃねえの、恋人なんだし。駅を出て一緒に歩いて高校まで向かう時間が何より好きで、ずっとこんな時が続けばいいのにとさえ思う。たまににやけを隠すのに必死になってしまう幸せ絶頂期。俺の性格はとうに丸くなってしまったようだ。



「うー、二月とはいえまだまだ寒いよなぁ」


「私の手袋使うかい?」


「ええ?いいよお前冷え性だろ、お前が使わないと」


「…ちょっと、手貸して」



ひたり、と指に触れたのは存外温かな手。握り締められた手が熱くて、じっとりしてきて、なんだか恥ずかしい。ほら、これで二人ともあったかいでしょ、などと微笑をもらす風介を直視することが出来なかった。




「なあ、こんなところ誰かに見られたらどーするわけ」


「見せ付けてあげればいいじゃない」


「…それはまずい、だろ」




控えめに手を放すと、風介は不服そうな顔をした。風介はこういう背徳的な事をところ構わずするので、俺がストッパーにならなければいけない。風介の事は言わずもがな、だけれどこういうところはどうしても好きになれない。だって見られたら、お互い容易に近づくことも出来なくなるのに。一緒にいたいから我慢しなければいけない。仕方のないこと。


だから、人目を気にせずチョコレートをあげる事さえ俺には難しいことだった。






















クラスが違うだけで全く会わないし話さない。部活も一緒だけれどサッカーのことしか話さない。行き帰りだけが俺たちの心を満たしてくれる。

自分の教室に入り、鞄を開けたとき俺は愕然とした。丁寧にしまった筈の袋が逆さまの状態で鞄に収まっている。そして袋に激突したペンケース。…やって、しまった。これは安否が気になるところだが、まず重傷であることに間違いはないだろう。多分風介と歩いていたとき、落ち着かなくて思わず鞄を振り回してしまったせいだ。風介にさっさと渡していればこんなことにはならなかったのに。今更悔やんでも後の祭りというものだ。しょうがない、渡すのは諦めよう。帰りコンビニでチョコを買って、誤魔化しながら渡してしまおう。



休み時間の度に聞こえてくるチョコの単語に苛々が止まらない。どうせ俺の作ったフォンダンショコラは丸つぶれなんだろう、ああ馬鹿馬鹿しい。綺麗に出来ていたのにな。フォンダンショコラ作るのほんと大変だったのに。移動教室だったのでチャイムの鳴るギリギリに教室を飛び出した。頭のなかには悲惨なフォンダンショコラのことしか無くて、今日覚えた数式なんてすぐに抜けていった。だって、折角、なあ。記念日を指摘ばかりして、特別なことをするなんて俺たちは滅多にない。風介も俺も、多分いつから付き合ってるかなんて正確には覚えていないだろう。男同士だし、そんなものだ。だけど付き合って初めてのバレンタインくらい、チョコをあげてもいいじゃないか。風介の喜ぶ顔が見たいじゃないか。ありがとうって微笑んでほしいじゃないか。大好きってキスしてほしいじゃないか。…最後はやっぱりいい。
兎に角女々しいかもしれないけれど、成功させたかったのだ。それがまさか、こんなに早く夢が潰えるだなんて。しかもみみっちい事件で。
潰れたフォンダンショコラだなんて、誰が欲しがるだろう。










部活もチョコの話題で持ちきりで(まあサッカー部なんて男しかいないから当たり前だけれど)、誰がチョコ貰っただ自分の好きな女子が誰にチョコをあげただ、練習にまで私事を持ち込んできた奴はこっぴどくコーチに叱られてた。俺だってな、チョコが欲しいぞ!?でもな、今大切なのは目先の宝じゃなくて遥か遠い優勝への地図だろ!なんて説教をしている。あ、コーチチョコ欲しかったんだ。潰れたフォンダンショコラでよろしければ差し上げますよ。




部活が終わり着替えを済ませて、熱気の籠もった部室から逃げるように外に出る。星が瞬いていた。早いなあ、まだ七時だというのに。狭い着替えするスペースしかない部室からぎゃいぎゃいと騒ぎ声が聞こえる。うるせえ、少しは落ち着いて着替えられねえのか。
しかし誰かの一言で、その喧騒が止んだ。




「なあなあ、涼野はチョコいくつ貰った?」




どきりとした。部室にいなくともはっきりと聞こえたその言葉は、俺にぐっさりと刺さる。他の奴らも聞きたいんだろう、誰も会話をしていない。風介の静かだけれどはっきりとした声が響いた。



「………0個」


「……は?」



俺も心のなかで皆と同じ反応をする。0個?まさか。去年なんて二十個三十個(義理もあると思うが)貰っていたじゃないか。有り得ない。



「オイオイ涼野、嘘だろ?」


「嘘じゃない」


「だって俺のクラスの女子、今年こそお前に渡すんだって張り切ってたぜ」


「…チョコ差し出されたけど、いらないから断ってたんだよ」


「はあああああぁぁ!?」



部室から悲鳴のような叫び声が聞こえた。まあそうなるわな。普通の男子なら泣いて喜ぶ女子からのチョコを、風介はいらないと言っているのだから。…風介ってチョコ苦手だったのかな。渡さなくてよかったかも。



「酷い」


「最低だ」


「女子の気持ちを冒涜した」


「これだから顔の良い奴は……」



様々な罵詈雑言が飛びかう中、一人の奴が最もな疑問をぶつける。



「何で断るわけ?いーじゃん、チョコ食べれるし得じゃん」


「…だから、いらないんだよ」


「わっかんねえなぁ…お前別に甘いもの嫌いじゃねえだろ?」


「だって、好きな人から欲しいじゃないか」




空気が凍り付いた。次の瞬間部室からは好きな奴って誰だよ!やら言えよ!やら俺の好きな奴だったら只じゃおかないやら告白しちまえよ!やら大騒ぎになる。

俺は俯くしかない。顔が熱い。そして俺は涼野の次の言葉に泣きそうになった。



「多分貰えないだろうね。…全くそういう素振りなかったし。」


「…そうか。お前も片思いなのか。顔いい奴も意外と苦労してんのな」






風介もそんな素振り見せなかった。何で、どうして。何で沈んだ声してんだよ。俺が、チョコとか渡すような奴に見えんのかよ。勝手にそんな期待して、勝手に落ち込んで、勝手に。
…ごめんな、渡せねえよ。あんなの。




一人で感傷に浸っていたせいか、部室のドアが開いたことに気付かなかった。出てきたのは紛れもない風介で、目を丸くしている。聞かれた、という目だった。

笑ってチョコなんてねえよ、と言えればよかったのだが、多分俺は今凄く酷い表情をしている。笑顔なんて作れそうもない。気まずい空気が嫌で、俺は逃げ出した。付き合ってから一回も一緒に帰らない日はなかったのに。闇雲に駅までの道のりを走って、走って、走った。クールダウンした筈の体がまた熱くなる。



プラットホームまでの階段を駆け上がると、丁度電車が来ていたところだった。乗り込もうとした時に、俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。



振り向くと俺を追い掛けて走ってきたのだろう、息を切らした風介がいる。風介の表情は険しくない。怒ってはいないようだ。
後ろで電車のドアの閉まる音がした。




「……ごめん、私、君を傷つけたくて言ったわけじゃないんだ。…まさか、聞いていたとは思わなくて」


「…違うんだよ」


「え?何が?」


「謝らなきゃいけないのは俺なんだ。…俺、作ってきたんだよ。でも、潰れちゃって、だから」



チョコがあるのを知った途端、風介は目の色を変えた。



「今もそのチョコあるの?」


「え………?うん、」


「じゃあ食べる」


「え?いやいや、だから」


「潰れたくらいで何言ってるの」




ベンチで渋々よれよれの箱を渡すと、風介は目を輝かせた。箱を開けると予想通りの光景が広がっていて、思わず目を瞑った。だって、中身出てるよこのフォンダンショコラ。




「いただきます」



これで不味いって言われたら俺線路に飛び降りよう。風介は無言で咀嚼を続ける。一つ食べ終わると、俺の方を向いた。




「不味いね」


「!」


「…なんて、ね。すっごく美味しいよ、有難う」


「何だよ…びっくりさせんな!馬鹿!」


「ごめんね?」


「……許す」



二つ目のフォンダンショコラを食べる風介から目を反らし、時計を見る。次の電車が来るまであと二十分。皆帰る方向が違うので、プラットホームには全く人がいなかった。



「…本当に美味しい。また作ってね。」


「さあな、大変だったし、もう作んねぇかも」


「ねえ晴矢、お願い」


「………………。」




ぷい、と外方を向くと横からはるやーはるやーと聞こえる。俺が風介の頼みに弱いことを知ってて風介はあんな頼み方をするんだ。ずるい、ずる過ぎる。



「ねえ晴矢、こっち向いて」


「何だよ作んねえぞっ……ふ、」


チョコの味がした。何度も味見したフォンダンショコラの。風介がキスをしていると気付くまで間があった。




「チョコのお礼」


「……………」


「来年も、よろしくね」


「…………いいぜ、作ってやっても」


「本当?」


「ただし、また崩したらやだから、家こいよ」


「……ふふ、お返しは何にしようか」


「別に、何でも。風介がくれるんだったら」



最後は小さく言った。ちょっと恥ずかしかったから。隣を見ると俺から顔をそらし顔を赤くして口元を押さえる風介の姿。風介につられてこちらも顔が熱くなる。何だよ、クール気取ってるくせに何顔赤くしてんだよ!




「ちょ、ごめん…駄目だ、顔がにやける」


「な、ば、え、ちょっ…」


「今話し掛けるな!」


「えっ…、はい」


「幸せ過ぎて死にそうだ…」



誰かの尻があったであろうベンチに顔をつけたまま動かない風介。そして唐突に起き上がる。何だこいつ、わけわかんねえ。



「…はあ、落ち着いた。…駄目だ。」


「何がだよ」


「こんなに可愛い奴と付き合っているんだと思うと駄目だ」


「…っストレートに言ってんじゃねえよ畜生!」


「ねえ晴矢」


「こ、今度は何だよ……」


「もう一回、キス」


「……………。」




何だかんだ言う事聞いちゃう俺って何なんだ。ああ、キスしてる時も格好良いよお前。あ、薄く目開くなよ。今俺すっげえだらしない表情してるから。お願いだから。



こんなやり取りを電車が来るまで繰り返したことを、帰ってから物凄く後悔した。
ただのバカップルじゃねえか俺達。






























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(今度のバレンタインはチョコがかかった君がいい)
(あー…考えとく)
(え、)
(なんて、な。さっきのお返しだよばーか)
(……ホワイトチョコかけてやる…)














バレンタインでした。


















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