text | ナノ






ホテルの朝食のバイキングってもっとこう、いくらでも食べたくなるような魅力があった気がする。目の前のこいつが俺がパンを口に運ぶ度にちらちらとこちらを見るので落ち着いて食べることすら出来ない。遂に我慢出来なくなりきつく睨み付けると、こいつはきょとんとして話し掛けてきた。



「……………何?」


「いや、こっちのセリフ」


「腰痛くないのかなってさ」




こいつ本当最悪死ねばいいとさえ思ってる。実際痛いの我慢して起きてんだよこっちは。慣れないことはするもんじゃない。
寝不足だし頭痛いし腰痛いしケツも痛い。ああ嫌だ、これから仕事が待っているのかと思うと憂鬱だ。俺はパンを手にしたまま、深いため息を吐いた。




「…私が悪いかの様な仕草、やめてくれないかな」


「実際そうじゃねえか」


「はあ?君がのってこなければ、私はそこまでしなかったよ。とんだ女豹だ」


「…俺さ…疲れてんだよ…あんまり怒らせないでくれねえかな…」




こいつと喋るの、しんどい怠い。作業のようにパンを口に運び、サラダのフォークを野菜に突き刺しながら、意識を飛ばしそうになる。目の前の奴は黙々と味噌汁を啜る。朝は軽食派かと思っていたのだが、目の前に広がる和食の山を見るとがっつり食べるタイプのようだった。うええ気持ち悪い。ご飯四杯目とか…お前の胃はブラックホールか。全く早さの衰えない飯の減りように、俺はまたため息を吐いた。


こいつは人気モデルだから部屋を出たらもっとファンだとか押し寄せるかと思ったのに、高級ホテルだからかこいつをちらりと見る人程度だった。しかも、こいつには何か凄い人みたいなオーラがあるからこそで、実際人気モデルだからちらちら見られているのかは不明だ。
まあきゃあきゃあ騒いでた奴も見たから、ファンもいるんだろうけど。顔がいい奴は得だよなー。人間に好かれても嬉しくも何ともないから羨ましくは無いけど、な。



「鍵寄越せよ。俺もう戻る」


「殆ど手つけてないじゃないか」


「調子悪くて食えないの。…いーから早く!」



カードキーを貰って、椅子を立つとふらふらと地面に足がつかなかった。慌ててテーブルに手をついたが目の前ががくんと揺れる。馬鹿、こんなところで倒れたら洒落になんねえぞ。何とかプライドで持ち直し、俺はその場を去った。
去りぎわ、目の前の奴の射るような視線を感じたがそれどころではなかった。








窓際のローテーブルの前の椅子に腰掛け、深呼吸をする。起きてすぐ動いたのがいけなかった。つーかあいつ俺のベッドで寝てんじゃねえよ。目が覚めたらマネキンみたいなつくりのいい顔がドアップでうつってました、びっくりして飛び起きてベッドヘッドに頭ぶつけました。なんて言えません。畜生。裸で俺に腕枕してて、めっちゃ動揺しました。なんて言えません。畜生。…恋人かって。それから何の余裕もないままバイキングなんて行ったって、胃がものを受けつけてくれるわけがない。そしてコンディションも最悪。あー、仕事したくねえ。





ぐったりと椅子の背もたれに体を預けていると、チャイムが鳴った。ドアが自動ロック式なので、いちいち開けに行かなければいけない。面倒だ。どうにかして開けて入ってこい馬鹿、と無理難題を頭の中で押し付けつつドアを開けた。何食わぬ顔でどかどかと入ってくる馬鹿。いや馬鹿じゃないけど。こいつの部屋だけど。



「支度して。もうすぐ出るから」


「……えー」


「無駄口叩くな。早くしてくれるかな、ルーズな奴は嫌いなんだ」




じゃあ俺の事も大嫌いなんですね、と無駄口を叩こうとしてやめた。否、やめざるをえなかった。胃から何かが逆流するのを感じる。口を押さえてその場にしゃがみ込んだ。



「…………………」


「…床汚すのだけはやめてね」



うわ助けようともしない。慰みの言葉もない。最低。外道畜生。つくづく見た目だけな男。



……でも、こういう奴は嫌いじゃない。俺の趣味も最悪。





























「……はい、こっち向いてー伏し目がちに。…こっち向けっつってんだろ」


「………この体の向きでそんなことさせるなんて、骨折させたいんだとしか思えないんだけど」




縷縷と続く文句の言い合いにスタッフ達も苦笑いを始めた。おいお前等知ってるかよ、俺達キスもしたし、いけない事もしたぜ。笑えるだろ。つーか笑え。俺は泣きてえ。
段々と自分の眉間に皺が寄っていくのが分かった。駄目だ、集中出来ねえ。




「すいません、休憩もらってもいいですか」



納得のいかない表情のモデルを置き去りにし、トイレへと駆け込んだ。清潔なトイレで誰もいない。鏡を見ると自分の顔が酷くやつれていて、あいつの所為だと頭を振る。とっても楽な責任転嫁。俺のお得意技。ホント、どっちもどっちだ。

俺が鏡に向かってさっきのスタッフ達のように苦笑をしていると誰かがトイレに入ってきた。すずの(残念ながら名字があやふやだ)だと思い咄嗟に振り向くが、全くの別人だった。
しかしあいつと似ていた。雰囲気、人を寄せ付けないオーラ、マネキンのようなガラス細工みたいな顔。


格好を見てすぐ分かった。こいつも、あいつと同じ職業なのだと。




「はーあ、嫌なカメラマンに当たっちゃったなー…ん?」



ぱちくりと目を点にしてこちらを見るモデル(らしき人)。え、俺何かした?と狼狽えていると、目の前の奴はにっこりと笑った。あいつみたいに含みのある笑いではなく、カブト虫を見つけた少年みたいな屈託のない笑顔。初対面の奴に満面の笑みを見せられるほど俺は出来た人間ではないので曖昧に笑って流しておく。それにしても…こいつ見たことあるような…。




「南雲君、だっけか」


「…あんた、誰ですか」


「やだなー警戒しないでよ。ほら笑って笑って。話には聞いてるよ」



誰の話だよ。俺は更に距離を置こうとするが相手はにこにこと近付いてくる。壁の横に手を置かれた時、苛々が爆発して手を横に振り払い手を退けた。




「俺、あんたみたいな得体の知れない奴は嫌いなんだよ。」


「わあ、気強いなあ。…ふぅん、でも風介のことはお気に入りなんだ?」


「あ?」



ふうすけって誰。




「…鏡見て分かんなかった?此処、…鎖骨の下ね、分かりにくいけど鬱血してる。…もうちょっとちゃんとパーカー着て、隠した方がいいよ」


「!」


「風介もさー初対面の子気に入ったらすぐ落としちゃうからね。…でもヤったらすぐ興味無くしちゃう人なんだけど」


「なあ、ふうすけって…まさか…」


「あれぇ?昨夜楽しんだ相手の名前すら知らないの?…さては風介落としきれなかったなぁ?」



…………あいつの事か!



「君相当気に入られたんだねー頑張ってね。生温い目で見守っておくよ。」


「…てかお前…何で…知ってんだよ…」


「俺の情報網なめちゃいけないよ。…ってのは冗談で。一応風介とは腐れ縁の基山ヒロトです!よろしくね」



こいつ強引に自己紹介に持っていったぞ。しかも腐れ縁って…あいつにも知り合いはいるのか。何か拍子抜けした。



「隣の第二スタジオで撮影してるんだ。…因みに、別に直接君の事聞いたわけじゃないよ。風介に電話したときに君の喘ぎ声が漏れててさあ」



………あいついつの間に電話出てやがったんだああぁ!てかそんな状況で普通電話に出るか!?最悪!最低!でも嫌いじゃない!くそ!



「………。」


「あ、気にしないでよ。俺も全く気にしないタイプだから。……あれ?」



基山の疑問符のついた声に顔を上げると、ドアの前にあいつが立っていた。やたらと険しい顔つきをしている。俺が戻るのが遅い所為だろうか。…つーか電話ってどういうことだ。俺の意識が霞んでる時にてめーは…。



何も言わず歩いてくるあいつ。基山が風介久しぶり!と挨拶をするが無視。あ、怒られる。だって体がこっち向いてる。アウト。よし怒られる前に怒る。俺は思い切り怒鳴った。




「てめー電話ってどういうむぐっ!!」



…何かよく分からないが、キスされた。いや待て。此処はホテルじゃない。そこに基山いる基山基山基山!!基山のうわぁ…という感心しているような引かれているような声が聞こえた。肩を掴んで離そうとすると後頭部を押さえられた。角度を変えてより深いものにしていく。苦しい、数時間前に味わった苦しさだ。何で俺がこんな辛い思いしなきゃいけないんだよ。




「……ふぐっ…、…ちょ、うあ…」


「………あの、風介さん?」



やっと解放されたと思ったら手首を掴まれて強引に引っ張られた。バランスを崩して転びそうになる。俺の事考えろ。体調不良で死にそうだよこっちは。




「阿呆ヒロト、もうこいつにちょっかい出すなよ」


「…別にちょっかいは出してないんだけどなぁ」


「いいから手ぇ放せよ馬鹿!」



基山には何も返さず相も変わらず俺の腕を掴んだままトイレを出る。トイレから出る直前後ろを見ると、基山が手を振っていた。
スタジオの廊下で放せ、放せよ!と喚いているとそいつは鋭い目で振り向いた。腕を掴む手に力が籠もる。思わず顔をしかめた。





「金輪際、あいつとは話をするな」


「…何でお前にそんなこと言われなきゃいけねえんだよ。俺の勝手だろ」


「………」




分かりやすい独占欲の塊。俺の心のなかにじわじわと黒い靄がかかっていく。だって、こんなに悪戯に使えそうなものは無い。


俺の悪い癖が出てしまった。




「…俺、基山のこと気に入っちゃったかも」





急ぎ足だった足が止まった。振り向いたこいつの顔が恐ろしいったら。それでも俺の口から虚言は止まらない。ぺらぺらと、こいつの神経を逆撫でするように、止まらない。楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい愉快



「格好良いし、性格も良さそうだし、笑顔綺麗だったなあ。お前よりも優しそうだし、俺の望むことは何だってしてくれそうだし」


「………へ、え」


「裏表なさそうだし趣味も合いそうだ。…あーあいつとセックスしたかったか、も」



血管が潰れるのではないかというくらいの強さで握られている腕を見ると、手が真っ白だった。血が頭までいかないのか頭痛が酷い。痛みの強さが笑いの大きさとイコールになる。服を引き寄せ片腕で首を抱き締めて、キスをしてやった。



「冗談」



してやったり、という顔をして笑ってやれば、こいつは悔しそうに目を逸らした。今回は俺の方が一枚上手。ざまぁ見ろ。



「……本当に、君は、最低最悪だ」



そう言ってまだ腕を引っ張る。さっきよりも力の緩んだ手が何だか熱かった。…こいつも人間なんだなと思った。







スタジオに戻ると、一斉にスタッフがこっちを見る。そしてぎょっとする。あんなに仲の悪そうな二人が、端から見たら手を繋いでいるというわけのわからないことをしている。
そして俺の腕を掴んでいるこいつは、スタッフに向かって大声で叫んだのだ。楽しそうに、基山とは正反対の笑顔で。





「今日からこいつが、私の専属カメラマンだ。」







…………勘弁してくれもう…。





































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独占感情刺激した結果がこれだよ!











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