text | ナノ
モデルさん×カメラマン








だからさぁ、俺は風景だけ撮っていたいわけ。

だから、彼がたまにはカメラマンを替えてほしいっていうから…

他当たってくれよ!

君くらいしか頼れないんだよ…この前君は新人で初めて大賞をとったんだろう?そういう大物を使わないと、彼の面目が丸つぶれなんだ。

………………。

頼む、一回だけでいいんだ!

………ホント、だな?

ああ、これっきりだ。

……わかった。









そんなこんなで俺は今スタジオにいる。風景しか撮ってこなかった俺が、まさか人気モデルの写真集のカメラマンに抜擢されるとは思わなかった。正直言うと人気モデルは名前さえ知らない。…どうでもいいからだ。杏にこの仕事を言ったらサイン貰ってきてと言われるんだろうなと思う。面倒臭いから言わなかったけど。
ていうかさっさと済まして帰りてえ。




「南雲さん…でしたね。よろしく」


すらっとしたスタイルのいい男がいきなり目の前に現れる。俺はびっくりしてカメラを落としそうになった。営業スマイルをびっかびかに貼りつけた今日担当のモデルが俺の目の前にいた。その作った笑顔に、何とも言えない不快感を覚え差し出された手を軽く払った。



「無理して笑顔作らなくていいですよ。馴れ合う気は無いんで」


「…………へえ」



途端モデルは透き通るような水色の髪を揺らして、嘲笑をした。清々しいほどにさっきとまるで違う態度。ああ、こいつあれだ。性悪ってやつ。




「…初対面で私の性格を見破ったのは君が初めてかもね。」


「…同じにおいが、したもんでね」


「……………。」


モデルは薄い笑みを貼りつけたまま振り向いて何処かに行ってしまった。まあいいや、別に。生憎こちらも性格はよろしくないと自負している。元より人となかよしこよしをするつもりもない。






撮影が始まると、流石に相手もプロだ、真剣な表情になる。指示をしなければ自由にフラッシュを浴びて、ポーズを指定しても自身を煌びやかに曝け出して。思わず感嘆してしまう。性格は悪くてもプロはプロだ。人物を撮るのも中々楽しいと思ってしまったことに、少し苛々した。










「…………明日も、撮影?」



二日続けての仕事なんて聞いていない。俺が敵意剥き出しの感情を露にすると、スタッフは言葉を濁らせた。でも、ですが、すみませんが。もういい、仕事の事に関しては何も言うまい。しかしスタジオは俺の住むマンションからは程遠い場所にあった。今の時間から帰るとなると夜中の二時三時辺りにマンションに到着することになり、翌日のスタジオ入りは九時半だ。つまりは六時迄にはマンションを発たなければならない。補足をいれると、俺は新幹線でスタジオに来ていた。つまりこんな夜更けに新幹線もへったくれもあったもんじゃない。馬鹿か。どう考えてもホテルを借りた方がいいに決まってる。しかしだ、こんな時間からホテルをとらなければいけないだなんて恥曝しもいいところだ。




「……なら、私のホテルの部屋に泊まっていくかい」


「はあ?」


「行くところないんでしょう?」



先程のモデルが俺に話を振ってきた。ええ、と…すずのくん、とスタッフに呼ばれていたような。すっかりラフなスタイルになったモデルは、来るの、来ないのと不機嫌になりながら返答を促す。予約も面倒なので、俺はおとなしくそいつについていくことにした。





……外車に乗らされた。



「……お前さ、普通スタッフの車に乗ってこねえ?ぶつけたらとか考えねえわけ」


「残念だけれどあんな窮屈で汚らしい車に乗る趣味は無い。」


「中古車でさえ買おうか迷ってる俺に謝れ」




こいつ…やっぱり口が悪い。丁寧ではあるが、他人の事を考えて物事を喋るということをしないので結果的に毒舌だ。
後ろをちらりと見ると、都会の郊外だからか車一つ走っていなかった。スタッフの車も来ない。




「…誰もこねえんだけど」


「当たり前だ。スタッフはスタジオの宿舎に泊まるんだから。」


「はあ!?聞いてねえし!俺もそこでよかったのに……!」


「わざわざ戻って君をおろしてあげる程、私はお人好しじゃないよ」


「………あそこにいる奴ら、不親切過ぎるだろ…」




俺は肩を落として助手席の窓から身を乗り出した。涼しい風が俺に猛攻撃を仕掛ける。今日一日の疲れを攫うように、俺の心を洗った。



「子供みたいな事をするな。こっ恥ずかしい」


「誰も見てないんだからいーじゃねえか」


「…少なくとも、君の育ちの悪さが私に露見するから止めた方がいいんじゃないかな」


「………………。」




涼しげな顔で隣で運転するこいつ、本当に腹立つ。
友達いねえだろとか心のなかで悪態を吐いていると落ち着いて、それでいて豪華なホテルが見えてきた。




「もうすぐ着くから、…ちょっと、手退けて」


「お、おう」




折角気持ち良く風に当たってたのに窓を閉められた。近付けば近付くほどホテルはその存在を色濃く大きなものにしていく。駐車場に入ると、赤い光が弧の字を描き車を誘導していた。





「…ほら、着いたよ。荷物持って早く出て。シャワー浴びたい。」



有無を言わせない態度。こいつは他人という言葉を知らないのか…。ホテルに入ると、まず目に入ったのは高い天井から吊された馬鹿でかいシャンデリア。これが落ちたら即死だな。…そんなミステリー漫画あったな。
ホテルのロビーにいるのは品のよさそうなボーイや客だった。自分の格好がどう見ても浮いていて、早歩きであいつのところに行く。



「…ええ、予約していた涼野です。一人追加で」



フロント係の女は頬を赤らめながら応対している。…この女にこいつは顔だけだと言ってやりたくなった。そんな俺の心の内を知ってか知らずか、涼野がちらりとこちらを見た。何だよ、と睨むとふいと目を逸らされた。は、わけわかんねえ。




















「……………あーっ疲れた!」



ベッドにダイブする。ベッドが自分を受け入れるときの感覚がたまらなく好きだ。部屋に入って間もないのに、もうシャワーの音が聞こえる。そんなにシャワーを浴びたかったのか。

こんな豪勢な部屋に泊まれるとは思わなかった。ただ一つ不満があるとすれば、ベッドが近い。何だこれ、夫婦用か、恋人用か。身を乗り出して腕を伸ばせば簡単に向こうのベッドの枕に触れるくらい、距離が近い。空気を読んでか読まずかベッドは二つしかないし。…俺が壁側を向いて寝れば全て解決。

俺は早々と歯みがきを済まし、パーカーを脱いでTシャツでまたベッドにダイブした。何度してもこの感覚はいい。そんなことを考えているうちに、布団の気持ち良さと仕事の疲労に誘われて、俺は眠りに落ちていった。














「………んん、」




何だか、息苦しい。頭の奥が口からの酸素を要求している。苦しい。息が出来ない。寝呆けながら目の前にあるものに咄嗟にしがみ付く。するともっと苦しくなった。こんな辛い夢みていたくない。起きたい。…いい加減目え覚めろ馬鹿!!



「……ん、ん?……!!?!」



俺はパニックに陥って目の前にある、今しがた俺がしがみ付いていたものを突き飛ばした。だって、そりゃあ、目が覚めた時にキスされていたら誰だって驚くだろう。しかもあろうことかあのモデルにだ。絶対好印象を持たれていなかったであろうこいつに、俺は。




「………てめえ、何、…」


「やっぱり寝てた方が可愛いから寝ててよ」


「、何なんだよ気持ち悪い…!寄るなよ、こっちくんな!」


「…寝呆けている君に言ってあげるよ。私基本的に人間嫌いだから…気に入ったら、男でも女でも食らうよ?」



まさか……。
身を翻してベッドから飛び降りようとしたが、モデルに引っ張られて組み敷かれたせいで失敗に終わった。モデルは綺麗な顔で嫌味たらしく笑った。黒いブイネックのシャツからちらちらと十字架のシルバーアクセサリーがのぞく。何だこいつ!目一杯睨んでやった。




「…そういう顔が、歪んだ時が好きなんだけどさ」


「悪趣味悪趣味!離せへんたっ………!!」



首を甘噛みされて絶叫。直ぐ様キスをされた。口を離されると不機嫌最高潮の顔をしていた。


「…今何時だと思ってるの」


部屋の時計を見ると短針が二時を過ぎた頃をさしていた。つまりは、俺二時間も寝てない。貴重な睡眠時間を……!



「くそぉ…寝かせてくれよ…」


「そう言われると色々したくなるね」


「お前さ!まじでその性格の悪さどうにかした方がいいと思う!」


「君も似たようなものじゃないか」


「お前ほどじゃない。」


「…よく言い切れるもんだ…。」




いやそこ感心するところじゃねえし。いいから退けよ。俺は寝る。もうどうでもよくなって、上にこいつがいる状況で横を向いて目を閉じた。眠いんだよ。寝かせてくれ。しかし尚もこいつは首筋を舐めたり、耳の裏に息を吹き掛けたり、仕舞いには耳に直接言葉を投げ掛けてきた。




「ねえ、南雲」


「ひゃわああぁっ!お前ホントいい加減にしろよ!」

「私、南雲としたいなあ」


「俺がお前になってほしいのは死体かなあ」



ギャラ貰えなくていいから、帰らせてくれ。お願い。俺の精神が爆ぜる。こいつはふぅん、と興味も無さげに俺の頬を撫でた。冷たい。寝たい。やっぱりあいつの言うことなんて聞かず風景だけを撮ってればよかった。



「南雲、ちょっと南雲」


「今度は何だよ……」


「割と真剣な話かな」




俺は横目でちらりとこいつを見た。笑ってない。さっきみたいな悪戯もしてこない。俺は少し起き上がってこいつと至近距離で目を合わせた。今ならキスもしないだろうという予想の元の行動だ。



「私の専属になる気はないかなって」


「即刻お断り申す」




専属という単語が聞こえた瞬間また俺はごろ寝していた。人間の専属カメラマンなんてとんでもない。何があっても嫌だ。




「私の撮った写真見させてもらったけど、凄かったよ。是非なってもらえないかな」


「やだったらやだ」


「人物でもやっていけると思うよ」


「しつけえな…俺は人物の専属だとか、そんなものになる気は毛頭全く絶対無いんだよ。残念だったな、人気モデルさん」


「…そう、本当に君にとっては残念な話なんだけど。私、しつこくて粘って諦め悪いから。」


「悪性」


「君もね」


「どのへんが」


「……君、私に迫られてから一度も本気で拒んでないでしょ」


「………………」



はは、と俺は挑戦的にせせら笑った。それを見てこいつも笑う。






「言っちゃうと、私よりも君の方が“悪い”よ」


「ほざけよ、お前よりはずっとタチがいい」


「……。酷い男に引っ掛かったな…」




そのまま倒れこんでくる肢体の背中に、俺は手を回した。はああ。気持ち悪い。自分も相手もこの空間も。寝てえなあ。でもなんか昂ぶってきたし、どうでもいいかも。
さて、ここからどうやって振り回そうか。俺の口元にあった形のよい耳に思い切りピアスごと噛み付いて、耳元で囁いてやった。





「俺の性格見破ったの、お前が初めてだよ」


































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