text | ナノ
医師×患者









私の患者には南雲晴矢、という大学生がいた。大学生一年生、という少しだけ高校生の幼さを残した顔は、この前病院を訪れた時よりは幾分明るかった。

私は医者だが体の病気を診る医者ではなく心の病気を診る医者だ。人間好きでもないのによく君はこの職業に就けるね、と感心されるが大きなお世話だと言いたい。ただ単に私も精神が強いわけではないから、助けてやりたいと思っただけなのだ。



南雲晴矢は少し特殊だった。私のところにやってくる患者は気の毒そうな程病んで、それが性格にまで影響してしまう人が多い。いきなり泣きだしたり、喚いたり。此処は精神科なのだからそれは仕方ないことなのだが、南雲晴矢はそんなことは全くなかった。顔はやつれて疲れが見えていたが、一応笑ってくれる。普通に会話が出来る。自分の体が精神不安定な所為で危険信号を出している事も理解出来ているようだった。



しかし、一向に何故そんなに疲れてしまっているのか話してくれない。途端に南雲晴矢は黙り込んでしまって、無口になってしまう。いいよ、無理に話してくれなくても。と肩を叩こうとして手を肩に置いた。南雲晴矢はびくりと震え上がり私の手を払い除けた。



「――――触るなっ!!」



私を害虫でも見るような目付きで吠える。そしてはっと正気を取り戻したようにすまなそうに私に謝った。



「……ちが、…ごめんなさい」


「南雲君、だったね。今の態度は尋常じゃない。…もしかして、今のことに関係性があったりするのか?」



南雲晴矢は目を伏せたままだった。…これでは埒があかないな。本来こういう患者を相手にする場合、辛抱というのは必要不可欠なのだが。目の前で縮んでいるかのような錯覚を与える男に、私は努めて優しく話し掛ける。



「何も君を脅すようなことをするわけじゃない。私は君に協力したいだけだ。…だから、話してくれないかな。」


「…話しても、先生、ひかないか?」


「ひかない。絶対に。約束するよ」



南雲晴矢は少し安心したようにため息を吐いて私の方を見た。私も応えるようにじっと見つめる。決心したのか、南雲晴矢は静かに話し始めた。




「…俺、あの…。…金には恵まれてたんだけど、親の品が良くなくて。だからネオン街とかよく出入りしてて。たまたま一人だったんだ。近道しようかな、って思って裏路地入ったら、若い、男の集団に捕まって。苛々したから一人殴ったら押さえられて、」


「…………うん。」


「殴られたり、蹴られたり。それはまだ良かった。そしたら、一人の奴が、こいつまわしたら、どうすかって…」


「……………まわす?」


「俺も最初意味わかんなくて…そしたら古い廃墟に連れ込まれて、また殴られて。まわす、ってなんだろうって考えてて。……そしたら、一人、自分のズボンの、チャック開けて…」


「…………!」


「………信じられ、なくて、男の俺にそんなこと、させるの、だって」


「わかったわかった。その先も理解出来る。それ以上言わなくていい。」




成る程。そういうパターンか…。だから私に触られた時あんな反応をしたのか。まわす。輪姦す。…えぐい。しかもこんな、これからという年齢の子に。
犯罪なので捜し出して訴えてもいいとは思う。でも内容が内容だし、この子も傷付くだろう。




「…男友達に触られただけで思い出すんだ…だから…辛くて…」


「…そうか。………一応聞くよ。無理して答えてくれなくていい。…君は」


「………?」


「最後まで、されたのかい?」


「…最後?」



南雲晴矢は首を傾げる。意味がわからないらしい。仕方ない。踏み込むか。



「……挿れられて、出されたか。と聞いているんだ」



その瞬間、南雲晴矢はぽろ、と涙をこぼした。私はぎょっとしてハンカチを渡す。しまった、ティッシュにすればよかった…。いやそこじゃない。踏み込みすぎたか。ハンカチを目に当てながら、南雲晴矢は苦しそうに笑った。




「…家のシャワー浴びながらさ、洗ってたんだよ。可笑しいよな。女のアソコみたいに、白いモンが溢れてきたんだよ」


「……いい、わかった。言わなくていい。辛いだろう」



思ったより傷は深そうだ。表面に中々感情が出てこない分、どこに一番トラウマを抱いているのか判断しづらい。挿れられた、ということよりも男に抱かれたという事実の方が本人には辛いことのようだった。よく分からないな…。

まあいい。これから解決していこう。
これが南雲晴矢との初対面というやつだった。白過ぎる肌が、印象的だった。




























冒頭に戻り、南雲晴矢は前よりも元気そうだった。話せてすっきりしたのだろうか。しかしやはりまだ人との関わりは怖いらしい。…人間不信、対人恐怖症のおそれ有り。私は南雲晴矢にばれないようこっそりメモをした。

また、私は南雲晴矢の元々の性格は人懐こいものだと判断した。先生!と院内で話し掛けてきたときのあの笑顔。とても病みがあるとは思えない。少し手を上げて返すと、彼は満足そうに笑う。あんな子が汚されたのだ、と思うと心苦しかった。何とかしてあげたい。精神安定剤を調べながら、私は無意識のうちに患者としてではなく、一個人として南雲晴矢を意識するようになっていた。












そして何回目かの診察。…まあカウンセリングに近いのだが、南雲晴矢は元気を取り戻していた。本来の彼がそこにいるようだった。薬が効いているのだろうか。



「薬、いい具合かな」


「うーん…気分が悪くなることは少なくなった。ありがとう先生」



彼が嬉しそうだと、私も嬉しい。そこでやっと私は自分が彼の事ばかり考えていたのだと知る。私は少し賭けてみる事にした。南雲晴矢に触れてみよう。これで駄目ならまた色々考え直してみよう。薬の量、種類、接し方。




「よく頑張った」



出来るだけ優しく、彼の頭を撫でた。南雲晴矢は何も言わずされるがままになっている。ゆっくりと手を離すと、南雲晴矢は先生のお陰だ、と笑った。どうやら大丈夫なようだ。私はホッとため息を吐いた。



「先生に触られるのは大丈夫なんだと思うんだ。…なんか知らねー…けど…」


「他のひとは駄目なの?」


「うーん…」



分からない、と彼は呟いた。不安なのだろう。ならまだ危険だ。薬は続けさせよう。依存させてしまうのは嫌なのだが…仕方あるまい。



「でもほら、触ってももう何ともないんだぜ」


「…良くなったね」


「ふふ、」



私の手を握りながら微笑む彼を見て、私は一瞬何も考えられなくなり机の上にペンを落とした。きょとん、と彼がこっちを見る。ごくりと喉が鳴った。彼のあどけなさが、白い肌が、何か禁忌じみたもののような気がした。




「南雲君。」


「……晴矢でいい」


「……晴矢、」




晴矢の顔が近付く。何を考えているんだ私は。やめろ、馬鹿!頭では駄目だと分かっていても体が言うことをきかない。晴矢も抵抗をしない。晴矢の肩を掴んでゆっくりと引き寄せて、柔らかそうな唇に触れようとしたその時。




「涼野先生、お電話です!」



遠くから看護師の声。
がたたっと椅子を引いて二人して離れる。そうだ。此処は診察室だった。何を血迷っているんだ私は………!晴矢を見ると顔を真っ赤にして俯いていた。私はすぐ戻ると言ってその場を後にした。






電話は私の担当している患者の母親からだった。患者がヒステリーを起こして手がつけられないらしい。何とか連れてきてください、と私は言い残し電話を切る。
心臓がまだ煩い。忙しない鼓動の音が少しだけ心地好かった。


戻ってくると彼は大袈裟に反応を示した。そんなに意識をされたら、何だかこちらまで恥ずかしくなってしまう。まだ顔を赤くしている彼を見ないようにしながらカルテを片付ける。




「急用が入った。今日はこのくらいかな。…良くなってよかったよ」


「……えっと、」


「なんだ?」


「…今度いつ来たらいいのか、聞いとく」



彼は一瞬こっちを向いたがやはり恥ずかしいのかすぐに目をそらしてしまった。私は手帳のメモに自分の住所を書き、それを破り取る。住所のメモを晴矢に渡した。
晴矢は疑問符を向ける。




「空いてるのは火曜日の午後と日曜日。…大抵家にいるから、これるものならおいで」


「……これ、先生の…?」


「君だけ名前呼びなんてずるいよ」


「えっ……あ……」



晴矢は焦りながら、小さくふうすけ、と呼んだ。なあに、と返すと何でもない!と怒鳴られた。


メモを握り締め診察室をあとにする晴矢を見て、仕事が手に付かなさそうな気がした。自分に腹が立ったので髪をわしゃわしゃと掻き毟る。

頑張れ自分。…あ、晴矢の薬を出さないと。
思わぬことになってしまったと後悔しながら、何故だか私の口元は緩んでいるのだった。


























‐‐‐‐‐‐‐

白衣の涼野さんを想像したら耐えられませんでした




title:晝









「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -